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 僕の実家は代々大きな病院をやっている。

 兄弟は長男の僕の三つ下に弟、そのまた二つしたにも弟がいた。僕らは優秀な三兄弟として、地元でも有名だった。

 僕を筆頭に、地元の医者の子息御用達と言われる中高一貫の有名私立に通っていた。

 将来は当然医者になって家業を継ぐつもりだった。そしてその学力も僕には備わっていた。

 しかし! 

 順風満帆にいっていた僕の人生は高校三年の一番大事な時に狂ってしまった。

 当時僕は塾に通っていた。そこに勤めていた受付のお姉さんと恋に落ち、相手の事ばかり考えて勉強どころではなくなってしまったのだ。

 当然、成績は駄々下がり。父や祖父の母校であり、僕の第一志望である国立大の医学部など合格圏内には到底及びもしなくなった。

 あろうことか、初恋に溺れた僕は、相手の家に出入りするようになって益々勉強しなくなった。

 受験の結果は…私立の一番レベルの低い医大にも落ちてしまった。

 親戚一同超高学歴の家庭に於いて、このような事はあったためしがない。

 両親は僕が受験に失敗したことに、落胆というよりも理解が出来ないでいた。

 問い詰められ、僕は白状した。彼女の事を。

 両親は烈火の如く怒り狂い、相手を訴えると言い出した。僕は必死に彼らを止め、泣きながら根性を入れ替えると詫びた。


 高校卒業後は物理的に彼女に会えなくなるよう、地元では監獄と呼ばれている予備校の寮に入った。

 そこでは自由など在りはしない。

 ケータイ所持も禁止で、家に電話をかけるのすら監視の前でしか出来ない。

 まさに監獄だ。

 僕はひたすら勉強した。一年後、今度こそは受かると思い受験した。

 結果…また落ちた。

 第二志望の私立にも落ちた。

 立ち直れなかった。

 彼女と別れて監獄にまで入って頑張ったのに…。


 自分なりに敗因を分析してみた。一浪したプライドもあって、高望みしたのが悪かったのだと思った。父や祖父の母校を受けたのだ。

 一応合格圏内にはいたから油断してしまった。その油断のせいで第二志望も落ちてしまったのだ。

 プライドなんか捨ててワンランク下げておけば良かったのだ。


 立ち直るのには時間がかかったが、もう一年浪人することにした。

 浪人生活二年目ともなれば、厳しい寮生活の抜け道も分かってきた。

 監視がいない時間も把握できたし、チェックの無い出入口があるのも分かった。

 僕はたまに抜け出して、すでに大学生になっている友達と酒を飲んだりタバコを吸ったりしてストレスを発散した。

 そして案の定、次の年の受験も全滅した…。

 浪人三年目、今回は弟の受験と重なってしまう。もう後が無い! 

 僕は焦って必死に勉強した。その焦りが良くなかった。

 次の春、弟は見事、父や祖父の母校の門をくぐった。家族や親戚一同から賞賛された。

 僕はというと、また失敗してしまった。もう立ち直れそうになかった。


 結局四浪した挙句、東京の私立の上位大学に入学した。もちろん医学部では無い。

 翌年、末っ子の弟も父や弟の母校である国立の医学部に合格した。

 家族で医者では無いのは僕だけとなった。


 名誉を挽回しようと、大学時代は勉学に励んだ。

 留学もして語学も堪能になり、誰もが知っている企業にも就職した。

 しかし我家では、医者にあらずは人にあらず…僕は一人前の人間と認められる事は無かった。そうして僕の自己肯定感は駄々下がりになった。

 人間、心に穴があると、それを埋めようと無意識にあがき悶えるものだ。

 結婚相手に沙也加を選んだのもそういう僕の心の弱さがあったのかもしれない。

 沙也加とは友人の紹介で出会った。

 彼女はとにかく顔が可愛かった。男ウケを狙ったファッションやメイクも完璧だった。外見だけみたら、当時の彼女になびかない男などいなかったと思う。

 彼女の方も最初から僕を気に入ってくれたようで、かなり強いアピールをしてきた。

 実家も裕福で、地方の有名お嬢様高校を卒業した後、横浜のミッション系お嬢様短大に入学し、卒業後は大手商社の受付をしていた。

 結婚相手として文句を付けようがない。

 僕らは付き合って間もなく結婚した。

 沙也加は友達や家族や親戚に、僕の事を自慢してくれていた。「一流大卒で大企業に勤めている」だの、「夫の実家は地元でも有名な家柄」だの、彼女は行く先々で鼻高々だった。

 しかし、結婚後、僕の実家に帰省する度、僕と弟たちとの格差が分かるようになって、次第に自分は貧乏くじを引いたんじゃないかと思いだしたようだ。

 それから約10数年が経ち…今では僕の事をすっかり見下している。

 息子の前でも「努力しないとパパみたいになるわよ!」…と、父親を見下す始末だ…。


 完璧な妻だと思っていたのに… 


 結婚前から沙也加の性格の悪さには薄々気が付いていた。

 しかし僕は自分の劣等感を彼女の存在でカバーしたいという潜在意識があったのだと思う。

 誰もが羨む女性を妻に出来る自分、その新たな武器を持って弟たちや父や祖父たちに認めてもらいたいと、心の底ではそんな気持ちがあったんだ…。

 見かけなんかに惑わされるべきじゃ無かった。

 肩書に左右されない、ありのままの自分を見てくれる、一緒にいて癒される女性と結婚すべきだった…。

 俺の人生って…ハァ…溜息しか出てこない。

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