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しおりを挟む私の母は、その当時当たり前だったように、短大を卒業後、2年間会社勤めをし、父と結婚した。
結婚してからは専業主婦となり、私と弟を育てた。母は一生懸命家族の為に尽くしてきた。父の為に手の込んだ料理を作って、いくら帰りが遅くなっても待っていた。完璧な妻と母の役割をこなしていた。
しかし、父の性格が悪いのか、完璧な母の存在が父にとって重すぎたのか、父は次第に母を疎ましく思うようになっていった。それがやがてネグレクトやDVにまで発展した。
父にはどうやら愛人がいるようだった。家も頻繁に空けるようになっていった。
私たちが成長して手がかからなくなると、母は時間を持て余すようになった。趣味も仕事も持ってなかった母は体調を崩すことが多くなった。たまに父が家に帰ると、症状は悪化した。このままでは母は死んでしまうのではないかと思うことさえあった。
事態が好転したのは、父の死だった。会社の健康診断で癌が見つかって、分かりにくい場所にあったせいか、詳しく調べたらもう手遅れ状態だったのだ。それから半年後、あっという間に父は逝ってしまった。棺桶に横たわる父を、母は静かに見つめていた。頬に涙が伝っていた。
父からあれほど精神的、肉体的に痛めつけられていたにも関わらず、夫婦というのは片割れが亡くなると悲しいのかと、娘でありながらも不思議に気持ちになった。そんな時、母が小さく呟いた。
「私は自分が臆病者で、決して自分から動こうとしなかった言い訳を、全てこの人に擦り付けていたの…」
母は頬を濡らす涙を白いハンカチで覆った。
「…自分から動かないって…お母さんは家事や育児を一生懸命やってきて、それは誇るべきことだと思うんだけど…。なんか最近、女の人に求めすぎじゃない? 仕事してください。子供産んでください。子供産んだらまた働いてください。年とっても若々しく美しくいてください。高齢になっても働き続けてください。…挙げたらキリないよ。子供産んで、立派に育てるだけでもすごくない? …まあ、私は立派に育ったとは言い難いかもしれないけど…」
「まあ、そういう風潮あるよね…。お母さんの言いたかったのは、そういうのではなくて、お母さん自身、いろんなことに挑戦してみたかったんじゃないかな? でも勇気が無くて、結局やりたい事をしなくて、でも自分が臆病で出来なかったって思いたくなくて、私は家族の為にやりたい事を我慢して良い母や妻をやってますって、ちょっと言いすぎかもしれないけど、こうなったのは父さん、あなたのせいですって。父さんがああなったのも、そういう無言の重圧からだったのかもって、母さんは思ってたのかも…」
「お母さんのこと思い出すときって、いつも優しくて、柔らかいイメージあったけど、そういう事を考えてたなんて知らなかったな…。それで…お母さん今は自分のしたいことやってるの? 趣味とか見つけたのかな?」
「姉ちゃん家にあまり帰ってこないから知らないんだな。母さん今、家政婦の仕事してるよ。」
「え! そうなの? せっかく自由な時間出来たんだから好きな趣味とかすればいいのに!」
「俺もそう思ったんだ。母さんも初めは何か趣味を始めようと思ったらしいんだけど、何個か手を出して思ったんだって。でもやっぱり自分は今まで一生懸命やってきた家事が好きなんだって。でもさ、親父もういないし、俺も大人だし、姉ちゃん一人暮らしだし、家事っていってもそんなにすること多くないだろ。それなら人に喜んでもらえてる方がいいし、お金までもらえるんだったらなおさらいいって、家政婦の派遣会社に登録したんだよ。母さん仕事が丁寧だし、評判いいらしいよ。」
「そっかぁ…。よかった。」
「母さん、姉ちゃんの事言ってた。適齢期とか年齢に惑わされないで、相手にすがってしか生きられないような生き方はしてほしくないって…」
「…お母さんの人生の重みをズッシリ感じるお言葉だね…」
「それな。」
「久しぶりに実家帰るかな。」
「たまには帰ってきなよ。」
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