67 / 71
67
しおりを挟む「それは、澄ちゃんとよく行ってたジャズ喫茶のマッチ箱だな。」
「こんな物まで澄子さん大事に取ってたんだな。」
俺は感心してしまった。
「あのジャズ喫茶はな…、澄ちゃんを連れて行ったら本当に喜んでくれて、何度も二人で一緒に行ったんだ。あの店は、澄ちゃんとセットになってるようなもので、一人で行くと多分ものすごく違和感を感じただろうと思う。澄ちゃんが横にいるのが当たり前だったからな。だから、別れた後は一度も行ってないんだ。良子が…ばーちゃんがな、自分もあの店に連れて行って欲しいって、すごく行きたがってたんだけど、一度も連れて行かなかった。いや、連れて行けなかったんだ。あの店に行く道すら通るのが辛くて、ましてやあの店に行ったら澄ちゃんの事を思い出して、きっと耐えられなくなると思ったんだ。今思うと、良子には本当にすまない事をしたな…。」
「そっか…。」
もしかするとばーちゃんは、一緒に住んでいるうちにじーちゃんは澄子さんの事を忘れるかもしれないと思って、それを試すためにわざと二人の思い出のジャズ喫茶に連れて行って欲しいって聞いたのかな?
結局連れて行ってもらえなかったから、じーちゃんが澄子さんを忘れることは無いと悟ったんだろう…。
夫の心の中に忘れられない人がいるって知りながらも一緒に暮らすのって、さぞかし辛いよな。
俺だったら無理かも。
ばーちゃんは、本当に強い人だったんだと思う。
というか…自分が辛い事より、じーちゃんと暮らす事の方を守りたかったんだろう。
ばーちゃんが、いつも底抜けに明るかったのは、そういう暗い気持ちを振り払いたくて、必要以上に明るく振舞っていたのかもしれない。
小さい頃からずっと一緒にいたのに、家族でも知らない一面ってあるんだな…。
思い出の中のばーちゃんが、すごく悲しく見えた。
「じーちゃん、自分の人生を後悔してる?」
俺はじーちゃんに聞いてみた。
じーちゃんはしばらく考え込んでいた。
「…後悔してない。」
「そっか。」
「きっと…澄ちゃんだって、自分の人生、やりきったんだと思う。」
「…そうだね。」
「…でもな…、残りの人生がだんだん少なくなってきて過去を振り返ると…、もっと自分に正直に生きてきても良かったんじゃないかって…そう思うんだ。周りに迷惑かけるわけにはいかないとか、あの人の為に自分は我慢しようとか、そう思って取った行動が、結局人を傷つけていることもあるなってな…。」
「乃海、おまえは自分の気持ちを大事にしろよ!」
俺はそう言ったじーちゃんの顔が目に焼きついて頭から離れなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
虐待と闇と幸福
千夜 すう
ライト文芸
暴力ではない、生きるだけの必要最低限の生活費は払ってくれる。
それでも、経済と精神の虐待を受けた女の子が努力をして、縁にも恵まれて幸せになるお話です。
第4回ライト文芸大賞に参加で優秀短編賞を狙ってます。
5月内に完結予定です。←雲行き怪しい
感想を頂けたらモチベーションに繋がります
過去の作品のリメイクして連載版にしました!
以前の作品よりも、過筆&分かりやすくなってます。
ママはバケモノ
ひろり
現代文学
〜母は理解不能のバケモノのような人だった…それでも心から愛していたよ〜
《あらすじ》
母親は子供を無条件に愛するものではないらしい。
気まぐれに可愛がったり嫌ったり、母は幼いオレには理解不能のバケモノだった。
そんなオレが独り立ちしていくかも知れない物語。
表紙はPicrew「のぞきこみメーカー」で作成しました。
本文中のイラストはPicrew「あまあま男子メーカー」「オーダーメイド少年」で作成しました。
***
「沈丁花」サイドストーリー。
「沈丁花」に当初は名前もない「先輩」としてワンシーン出るだけのはずが、名前「綾野健(あやのつよし)」を付けたら思いのほか出番が増え、気が付けば、物語の主要人物になってました(^◇^;)
再婚した母親から拒否されたと、つよし君が学校の屋上で語っていた話を元に書いた彼の幼少期の話です。
なので、「沈丁花」サイドストーリーですが、「沈丁花」とは全く別のお話です。
草壁直也との出会いの物語でもあります。
唐突に草壁直也という人物を登場させましたが、まさか「早翔」の主要人物になるとは。ホント行き当たりばったりです。
かわいい猛毒の子
蓮恭
ミステリー
看護師の伊織はハードな仕事と並行して、姉の子である姪っ子『カナちゃん』の世話を実家の母親と協力して行っていた。
伊織の姉は娘が赤ん坊の頃から殆ど面倒を見る事はなく、子育ては二人に任せっきり。
自由奔放に育てられた姉に比べて厳しく育てられた伊織は、反抗する術を持たず、姉と母親に従うしかなかった。
ある時、姉の同僚看護師が突然の自殺をしてしまう。
その後様子がおかしくなった姉は、精神科に入院したのだった。
一方、姪っ子の父親である新一は子育てに関心がなく、入院中は伊織が恋人の勇太と共にカナちゃんを預かる事になる。
伊織は姉の入院に違和感を覚え、理由を探る為、姉の勤めていた職場へ潜入する。
そこで知るおぞましい真実と、意外な結末は……?
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる