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 トカゲ君はそう思っていた。

 トカゲ君の意識が体の奥底に入っていくと、どこからか声が聞こえた。

「待っていたよ。入っていいかい?」

 トカゲ君はそこにドアがあることに気付いた。

 声は暖かい感じがした。トカゲ君はドアを開けた。

 ドアを開くと生暖かい空気に包まれて、人型の黒い影のようなものが入ってきた。

 影は大きくなったり小さくなったり、所々形を変えたりしていた。

「あなたは、どなたですか?」
トカゲ君は聞いた。

「私は、そうですねぇ…名前はありません。あったようにも思えますが、もう思い出すこともできません。」
影は言った。

「あなたはとても傷ついていますね。心がボロボロになっています。ここには私とあなただけです。あなたを傷つける者は誰もいません。あなたの苦しみを吐き出してみませんか?楽になりますよ。」
影はトカゲ君の肩を抱いて言った。

トカゲ君は今まで誰かに相談したり、本心を打ち明けたりしたことなど無かった。打ち明けられる相手もいなかった。

 ずっと一人で耐えてきた。トカゲ君の目に涙が浮かんだ。

「苦しかったでしょう。辛かったでしょう。よく一人で耐えました。あなたはこの不幸な境遇を、もしかして自分のせいだと思っていませんか?」
影がそう聞くと、トカゲ君は肩を震わせ泣き出した。

「そう思っていたのですね。かわいそうに。あなたのせいではありません。全て回りの人間のせいです。まず、あなたの父親は、あなたの体を傷つけた。そして母親に暴力を奮うことによって、あなたの心まで痛めつけた。母親は、自分が楽になりたいばかりにあなたに嫌な感情を吐き出して、あなたのエネルギーを奪っていた。自分のエネルギーはすでに使い果たしていた母親が今まで生き延びられてこられたのは、あなたのエネルギーを奪っていたからなのですよ。そして父親もあなたからエネルギーを吸い取っていました。あなたにはもう、エネルギーがほとんど残っていない。生きているのが不思議なくらいです。」
影はトカゲ君をいたわるように言った。

「エネルギーが無くなるという事は、僕はもう死ぬという事ですか?」
トカゲ君は聞いた。

「このままでは残念ながら死んでしまうでしょう。しかし、助かる道はあります。どうでしょう、ここは私にまかせてみませんか? 決して悪いようにはいたしません。誰にもあなたを傷つけたりさせません。私はあなたが哀れでならないのです。」
影は言った。

「あなたにまかせるって、何をです? 僕はどうしたらいいのでしょう?」
トカゲ君は影に聞いた。

 影は優しくささやくように言った。
「私が全て導きます。いいえ、ご心配には及びません。難しいことでは無いのです。私が全て教えるから、あなたはその通りに従えばいいだけなのです。」
影はトカゲ君を抱きしめた。

「そうすれば私は死にませんか? 今のような苦しみから逃れられますか?」
トカゲ君は影に縋り付くように聞いた。

「死にません。もう、苦しみもないでしょう。」
影は優しく答えた。

「わかりました。僕はあなたに全てを委ねます。」
トカゲ君は言った。

「承りました。」
影はそう答えると、トカゲ君の口に両手を入れ、彼の口を大きくこじ開けた。

 人が一人余裕で入れるくらいの大きさにトカゲ君の口は広がった。しかし彼は何も苦痛を感じていない用だった。

 そして影はスルスルとトカゲ君の体の中に入っていった。

 影がトカゲ君の体の中に入ると、トカゲ君の顔つきが別人のように変わった。

 さっきまでの気弱で貧弱な男はもういない。

 トカゲ君の目は吊り上がり、口は片方がねじりあがり、貧弱だった体は全身の筋肉が増強され一回りも二回りも大きくなった。

 そしてトカゲ君の心の中に溜まっていた悲しみや恐怖の感情は、激しい憎しみの感情に変わった。

「すごくいい気分だ。体中から力が沸いてくる。この手で全てを破壊してやる。」
トカゲ君は、クックックと笑った。

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