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しおりを挟む家に帰ると、さっきの同級生の親が怒鳴り込んできていた。「子供がキヨから暴力を受けた、どうしてくれる!」と叫んでいる。
キヨが家に入ると皆の視線が一斉に彼女に注がれた。
キヨは事のあらましを話した。同級生たちが弟をゆすった事。自分はそれを取り返しに行っただけなのだと。
しかし相手の親はそんな話を全く信じやしない。自分の子供の話だけが真実だと思っている。
「おまえがやったんだろ! 前からお前は妹が嫁に行くのを妬んでたからねっ! 白状おしっ!」
継母はキヨに凄んだ。
「いいから正直に白状しろ! 嘘をついてると、オマエをここから追い出すしかなくなる。家を出て女郎にでもなりたいか!」
血の繋がった実の父親ですら、キヨが嘘をついたと信じて疑わない。
キヨは最後の望みを託し、弟の元へ歩み寄った。
「姉ちゃん、おまえの為にお金、取り返してきたんだよ。おまえだけは本当の事…言ってくれるよね?」
キヨは弟の手を取って優しく言った。
弟は歯を食いしばり、泣きそうな目でキヨを見た。それは昔、自分を慕ってくれていた頃の弟の表情だった。
そこにはキヨに対する懺悔のような気持ちを汲み取ることが出来た。
キヨは嬉しかった。
可愛い弟。
自分の子供のように赤子の頃から世話をしてきた。
大きくなって距離を感じていたけど、この子にだけは私の気持ちは伝わっていた。
キヨは弟に対する愛情が込み上げてきて胸一杯になった。
しかし弟は突然、信じられない態度を取った。まるで汚い物のよういキヨの手を払いのけ、手に着いた泥を叩く素振りをした。
キヨは目の前で何が起こっているのか全く分からなかった。
「坊や、母ちゃんに本当の事を教えておくれ! 金を盗んだのはこの女だね? この女がおまえのせいにしているだけなんだよね?」
母親は弟の肩に手を置いてそう聞いた。
母親に凄まれて弟は母から目を逸らした。そして小さな声で囁いた。
「…そうだよ。姉ちゃんが盗んだんだ。僕じゃない…。」
キヨは頭が真っ白になった。腰の力が抜けてヘナヘナとその場にしゃがみ込んだ。
「おまえさん、うちに盗人を置いとく訳にはいかないよ! すぐにでもこいつを売り飛ばしちまいな!」
継母は吐き捨てるように言った。
「…あ…あぁ…」
父親はいとも簡単に承諾した。
弟の同級生の親は地元の名士だったので、怒らせたままでは妹たちの縁談に差しさわりが生じてくるし、自分たちの生活にも支障を及ぼす。
両親は相手方と話し合い、なんとか折り合いを付けようと試みた。
そして彼らはキヨを売り飛ばす金で弟の同級生に慰謝料を払う算段をつけたようだった。
キヨは妹たちのヒソヒソ話でその事実を知った。
その夜、キヨはコッソリ家を抜け出した。ひたすら走った。行く当てなど無かった。
しかしキヨは力の限り、少しでも家から遠くへと夜を徹して歩み続けた。
気が付くと知らない町外れにいた。
いつの間に寝てしまったのか、気が付くと朝だった。
ボロボロのいでたちのキヨを、通りすがりの者たちは浮浪者だと思い、横たわるキヨを避けるように歩いた。
―どうせアタシは誰からも嫌われるのさ。そういう運命なんだよ。
キヨは思った。ずっと寝たままでいたかった。いっそ自分など死んでしまえばよかった。
酷い目に遭わされ、誰も信じてくれず、唯一可愛がっていた弟にも裏切られた。
キヨの目から大粒の涙が溢れた。
そして昨日受けた傷がまた痛みだした。痛みでもはや起き上がることも出来そうにない。キヨは自分を諦めた。
ー野垂れ死にするまでさ…
その時、ふいに声をかけられた。
「汚ねえなりしてるけど、顔は悪くねえなぁ」
孫八郎だった。
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