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「サキあらわる!」 
    お願いタヌ子! 行かないで!



 「居酒屋ぽんぽこ」の件と、訳の分からない信楽焼のタヌキの事で、僕はぐったりしていた。こんな日はタヌ子のふかふかなお腹に顔を埋めて癒されたい。タヌ子のご飯も食べたい。

―今晩のタヌキ飯は何だろう?

 以前はコンビニ弁当かスーパーのお惣菜ですましていたのが普通で何とも思わなかったけど、今では家に帰ったら手作りのあったかいご飯が用意されている。

 ご飯からタヌ子の愛情が伝わってきて、すごく元気になる。もう昔の味気ない食生活には戻れない。有難さを身に染みて感じている。

 サキと付き合っていた時は、ご飯を作ってもらったことなんてなかった。まあ、仕事で忙しそうにしていたから期待もしていなかったけど。

 そんなことを考えながら、いつものようにタヌ子のかわいい笑顔の出迎えを期待してドアを開けた。

 するとっ!


 サキがいたっ!!!

「サ、サキ~?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまった。

「何で? 何で? %$#&*……。」
何故今さらここにサキがいるのか訳が分からない。

 彼女は玄関先で仁王立ちになって、恐ろしい形相でタヌ子を睨みつけていた。

 一年ぶりにあった彼女の外見は全く変わっていなかった。

 しかし…何なのだろう…僕の中で彼女への気持ちが無くなってしまったせいか、その印象は全く違うものに映った。

 とても綺麗だなと思っていた彼女の顔は、表情のせいもあるかもしれないけど…こんなに貧相な顔をしていたか? 

 美人には変わりないけど、全く魅力を感じない。完璧に決めているヘアスタイルも、タヌ子のフサフサなタヌ毛には敵わない。

 僕が顔を埋めたいのはこの女性では無く、フカフカなタヌ子のお腹だ!


 サキは僕からの連絡も無視して一年も音信不通にしていたというのに、まるで何日か会ってないだけ…みたいな態度で僕の彼女ヅラをしている。

 そんなサキに怒りに似た感情が込み上げてきた。昔とちっとも変わらない高圧的な態度でタヌ子に失礼な事を言っている。

 僕との別れも完全に無かった事にされている。

 サキの攻撃をまともにくらったタヌ子は、輝くようなフサフサの毛並みがみるみるうちにペタンと体に張り付いてやせ細ってしまい、あまりの悔しさからか尻尾を丸めて股の中に挟みこんで震えている。目に涙が溜まっていくタヌ子。

―ダメだ!ダメだ! 俺のタヌ子を傷つけないでくれ!

 我慢の限界を超えた。

「何、失礼なこと言ってるんだよ! タヌ子はすごくいい子だよ! 僕が苦手な家事を手伝ってくれるし、美味しい料理を作ってくれるし、仕事だって手伝ってくれる。タヌ子無しじゃ俺はもう生きて行けないんだ! 彼女にどれだけ癒されてるか!」
僕はサキに怒鳴りつけた。

「は? 何、言ってんの? 彼女の私を前にして…。私と別れてコイツと付き合うっての?」
サキの攻撃は止まらない。

―ったく自分の事を棚に上げてなに言ってんだ! 

 僕は我慢の限界を超えた。

「何さっきからタヌ子に失礼なこと言ってるんだよ! タヌ子は俺をめちゃくちゃ支えてくれてるよ! 仕事だって手伝ってくれて、どんだけ助かってるか! タヌ子がいると、本当に気持ちが安らぐんだ!」
僕は正直に自分の気持ちをぶちまけた。

「タヌ子~? 今、あんた、この子の事タヌ子って言った? ウケル! タヌキって事? ま、目が垂れてるとこが似てるかな? ポケーっとしてる感じだけど、まあけっこう顔は悪く無いんじゃない? 遊びの女だってのは分かったけど、あんまりそういう事続けてるとこの子にも悪いじゃない。さっさと荷物まとめさせて帰らせてあげなさいよ。」
サキはまたもやタヌ子に失礼極まりない暴言を吐いた。。

「タヌ子は遊びの女なんかじゃないよ!」
僕はに怒鳴った。

「じゃあ、何なのよ!」
サキはものすごい威圧感で僕を問い詰めた。


―じゃあ、何かって? 僕にとってタヌ子の存在は…僕は…女として…彼女として…タヌ子の事を見てるのか…?


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