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「入江部長の憂鬱」
最近の若い奴らはなっとらん!
私は入江義彦、56歳。会社では社畜、家では家畜。あぁ、自分でも分かっているさ。私の人生がクソな事くらい…。
―今日も残業で遅くなってしまった。風呂に入って一杯やろう。
「ただいま…。」
玄関のドアを開けるといつものように真っ暗だ。返事も無い。
―ま、期待はしてないけど…。
リビングのドアを開ける。灯かりが煌々と付いていて、大音量のテレビの音がうるさい。
―いるんなら返事くらいしろよ…。
ソファの上にトドの如く横になって韓国ドラマを見ている妻を見るにつけ溜息が出る。ダイニングテーブルでは高校生の娘と中学生の息子はスマホをいじっている。見慣れた光景だ。
「ただいま…。」
―こんなに近距離で言っているのに返事は無園い。
分かりきってはいるが、毎日抱く家族に対しての僅かばかりの期待はいつも裏切られる。私は自分の部屋に行き、スーツを脱いでネクタイを取った。これだけでも少し体が楽になる。そして着替えを持って風呂場へ行った。
今日は少し肌寒い。風呂に浸かってゆっくり暖まろう。
しかし! 風呂場のドアを開けると…すでに湯は抜かれていた!
―何と言う事だ! 何と言う事だ!
ジワジワと怒りが込み上げてくる。体は冷え切っているが、怒りで顔が火照ってきた。
しかし、とりあえず怒りを押えて、震えながら寒さに耐え、シャワーを済ませた。シャワーを止めたとたん強烈な寒さが襲ってきた。大急ぎで体を吹いてパジャマに着替えた。
空腹で余計腹が立つ。そして再びリビングに行った。ダイニングテーブルの上を見ても、棚や冷蔵庫を見ても、どこにも私の夕食らしきものは存在しない…。
「俺の夕飯はー?」
妻に問いかける。
「あら、いるの~?」
妻はソファに横たわったまま、振り向きもせずに言った。
「一家の主人が帰ってきたというのに、風呂の湯は抜かれてるわ、飯は無いわ、一体この家はどうなってるんだ!」
私は怒りで震えながら言った。
―一生懸命仕事をしてきた一家の大黒柱に何という仕打ちだ!
私の我慢は既に限界を越えていた。すると妻はゆっくり起き上がり、私を睨みつけた。
「あんた! 10時過ぎたらお湯は抜くって前から言ってあるでしょ! 長くお湯を貯めたままにしとくとカビが生えるのよ! カビが~! 一体誰が掃除すると思ってんの! それに今晩、私は子供たちとご飯食べ行くからあんたはどっかで食べてくるか買ってくるかしてって、朝言ったよね!」
妻は吐き捨てるように言った。
「な…何なんだ、その態度は! 俺は毎日、必死になってお前達の為に働いてるっていうのに!」
「偉そうな事言うんじゃないよ! 私だってフルタイムで働いてるでしょ! こっちだって疲れてんのよ! うちは私の給料がなきゃあんただけの給料でやってけるわけないの! この家だって、私の親が援助してくれたから建てられたんでしょうがっ!」
妻はまるで汚い物でも見るかのように私を見て、罵詈雑言を浴びせた。怒りが込み上げて仕方が無いが、確かに妻の言う通りなので言い返せない。
妻は勝ち誇ったかのように私を睨みつけ、再びソファに寝転び韓国ドラマの続きを見た。私はしょうがなく、棚からカップラーメンを取り出し、湯を注いで、冷蔵庫からビ―ルを取り出して自分の部屋へ持っていった。
「ビール私のよっ! 勝手に持って行くな―!」
後ろから妻が叫んでいるが無視した。
家を建てたとき、自分の部屋を作っておいて本当に良かった。これでもし妻と同じ部屋だったら、今頃ストレスで病気になっていただろう。命拾いしたと思う。
カップラーメンをすすりながら、自分の人生を考えた。
結婚する前の妻は可愛かった。何故あんなふてぶてしいモンスターになったのだろう?
子供たちは可愛いと思うが、妻にべったりで、私には懐いていない。
この家で私の居場所はココ、自分の部屋以外ない。
当然、家で安らげないから疲れも取れないし、ストレスが貯まる一方だ。
そのせいか、会社に行くと若い連中がやっていることがいちいち癇に障る。
本当に最近の若いやつは礼儀も知らないし、第一口の利き方もなっていない。
飲み会には来ないわ、時間が来ると仕事ほったらかして帰るわ、ほんとあいつら何を考えてるんだ!
嫌味を言っても嫌味と理解していないところがまたムカつく。
どいつもこいつも気に入らないやつばかりだ!
カップラーメンを食べ終えた。
―…あぁ…虚しい…。
ビールを飲もうと缶に手をやると、既に飲み干して空になっていた。
そういえば、今日来てたデザイン事務所の男も気に食わないやつだった。中谷裕樹…とか言ったか…。
まだ30そこそこで独立して事務所の社長なんて生意気だ!
俺なんか長年上役にさんざん気を使っておべっか使って、飲み会ではバカに徹して、血のにじむ思いでがんばってきたというのにこの地位で限界だ。そのうち出向やリストラも十分あり得る!
それなのにアイツといえば、今はやりの若手社長そのままという感じの、おしゃれな格好しやがって!
苦労知らずのノンキな顔で、あんなカッコいいデザイン画見せられたら、俺じゃなくても頭に来るだろ!
えんぴつダコが敗れて血まみれで目の下真っ青の顔で来やがれ!
世の中そんな簡単に仕事が上手くいくなんて思うほうが甘いんだよ!
素晴らしい案ではあったが、俺がダメ出ししてやったことで、ヤツも社会ってものを知るだろう。ありがたいと思いやがれ!
最近の若い奴らはなっとらん!
私は入江義彦、56歳。会社では社畜、家では家畜。あぁ、自分でも分かっているさ。私の人生がクソな事くらい…。
―今日も残業で遅くなってしまった。風呂に入って一杯やろう。
「ただいま…。」
玄関のドアを開けるといつものように真っ暗だ。返事も無い。
―ま、期待はしてないけど…。
リビングのドアを開ける。灯かりが煌々と付いていて、大音量のテレビの音がうるさい。
―いるんなら返事くらいしろよ…。
ソファの上にトドの如く横になって韓国ドラマを見ている妻を見るにつけ溜息が出る。ダイニングテーブルでは高校生の娘と中学生の息子はスマホをいじっている。見慣れた光景だ。
「ただいま…。」
―こんなに近距離で言っているのに返事は無園い。
分かりきってはいるが、毎日抱く家族に対しての僅かばかりの期待はいつも裏切られる。私は自分の部屋に行き、スーツを脱いでネクタイを取った。これだけでも少し体が楽になる。そして着替えを持って風呂場へ行った。
今日は少し肌寒い。風呂に浸かってゆっくり暖まろう。
しかし! 風呂場のドアを開けると…すでに湯は抜かれていた!
―何と言う事だ! 何と言う事だ!
ジワジワと怒りが込み上げてくる。体は冷え切っているが、怒りで顔が火照ってきた。
しかし、とりあえず怒りを押えて、震えながら寒さに耐え、シャワーを済ませた。シャワーを止めたとたん強烈な寒さが襲ってきた。大急ぎで体を吹いてパジャマに着替えた。
空腹で余計腹が立つ。そして再びリビングに行った。ダイニングテーブルの上を見ても、棚や冷蔵庫を見ても、どこにも私の夕食らしきものは存在しない…。
「俺の夕飯はー?」
妻に問いかける。
「あら、いるの~?」
妻はソファに横たわったまま、振り向きもせずに言った。
「一家の主人が帰ってきたというのに、風呂の湯は抜かれてるわ、飯は無いわ、一体この家はどうなってるんだ!」
私は怒りで震えながら言った。
―一生懸命仕事をしてきた一家の大黒柱に何という仕打ちだ!
私の我慢は既に限界を越えていた。すると妻はゆっくり起き上がり、私を睨みつけた。
「あんた! 10時過ぎたらお湯は抜くって前から言ってあるでしょ! 長くお湯を貯めたままにしとくとカビが生えるのよ! カビが~! 一体誰が掃除すると思ってんの! それに今晩、私は子供たちとご飯食べ行くからあんたはどっかで食べてくるか買ってくるかしてって、朝言ったよね!」
妻は吐き捨てるように言った。
「な…何なんだ、その態度は! 俺は毎日、必死になってお前達の為に働いてるっていうのに!」
「偉そうな事言うんじゃないよ! 私だってフルタイムで働いてるでしょ! こっちだって疲れてんのよ! うちは私の給料がなきゃあんただけの給料でやってけるわけないの! この家だって、私の親が援助してくれたから建てられたんでしょうがっ!」
妻はまるで汚い物でも見るかのように私を見て、罵詈雑言を浴びせた。怒りが込み上げて仕方が無いが、確かに妻の言う通りなので言い返せない。
妻は勝ち誇ったかのように私を睨みつけ、再びソファに寝転び韓国ドラマの続きを見た。私はしょうがなく、棚からカップラーメンを取り出し、湯を注いで、冷蔵庫からビ―ルを取り出して自分の部屋へ持っていった。
「ビール私のよっ! 勝手に持って行くな―!」
後ろから妻が叫んでいるが無視した。
家を建てたとき、自分の部屋を作っておいて本当に良かった。これでもし妻と同じ部屋だったら、今頃ストレスで病気になっていただろう。命拾いしたと思う。
カップラーメンをすすりながら、自分の人生を考えた。
結婚する前の妻は可愛かった。何故あんなふてぶてしいモンスターになったのだろう?
子供たちは可愛いと思うが、妻にべったりで、私には懐いていない。
この家で私の居場所はココ、自分の部屋以外ない。
当然、家で安らげないから疲れも取れないし、ストレスが貯まる一方だ。
そのせいか、会社に行くと若い連中がやっていることがいちいち癇に障る。
本当に最近の若いやつは礼儀も知らないし、第一口の利き方もなっていない。
飲み会には来ないわ、時間が来ると仕事ほったらかして帰るわ、ほんとあいつら何を考えてるんだ!
嫌味を言っても嫌味と理解していないところがまたムカつく。
どいつもこいつも気に入らないやつばかりだ!
カップラーメンを食べ終えた。
―…あぁ…虚しい…。
ビールを飲もうと缶に手をやると、既に飲み干して空になっていた。
そういえば、今日来てたデザイン事務所の男も気に食わないやつだった。中谷裕樹…とか言ったか…。
まだ30そこそこで独立して事務所の社長なんて生意気だ!
俺なんか長年上役にさんざん気を使っておべっか使って、飲み会ではバカに徹して、血のにじむ思いでがんばってきたというのにこの地位で限界だ。そのうち出向やリストラも十分あり得る!
それなのにアイツといえば、今はやりの若手社長そのままという感じの、おしゃれな格好しやがって!
苦労知らずのノンキな顔で、あんなカッコいいデザイン画見せられたら、俺じゃなくても頭に来るだろ!
えんぴつダコが敗れて血まみれで目の下真っ青の顔で来やがれ!
世の中そんな簡単に仕事が上手くいくなんて思うほうが甘いんだよ!
素晴らしい案ではあったが、俺がダメ出ししてやったことで、ヤツも社会ってものを知るだろう。ありがたいと思いやがれ!
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