上 下
47 / 62
4. デート代は男が払うのか否か

10

しおりを挟む


「俺…絵美の事…好きじゃなかったわ…。」
生霊が呟いた。

「そう。むしろ大っ嫌いだった。」
繁充が言った。

「それは言い過ぎだろ。」
砂原が囁いた。

「いや、本当だよ。顔も見たくないくらい大嫌いなのに今まで貢いできた分、損を出したくないという男の執着と、自分は騙されていたと認めたくない愚かな自尊心、それがこの結果になったという訳さ。」
繁充は言った。

 生霊は小さく震えながら繁充の話を聞いていた。頬から涙が伝っているのが分かった。

「…なんだか気の毒だな、この人…。」
砂原は生霊に同情した。

 繁充は窓を開けた。空気の淀んだ室内に爽やかな風と暖かい光が射し込んだ。

―繁充のやつ…生霊を浄化してやるつもりだな…。きつい事ばかり言ってたけど、おまえいいやつじゃん!

「砂原! 今だ! そいつに思いっきりタックルして!」

「へ?」

―この…泣いている哀れな生霊さんに?

「何してんだ、砂原! 早く!」

「あぁぁ…もう訳わからん!」
そう思いながらも砂原はいつもの癖で生霊に思いっきりタックルした。タックルされた生霊は、思いっきり吹っ飛んで窓の外に弾き飛ばされた。

「二度とここに戻ってくんじゃねーぞ! このクソがっ!」
繁充は大声で生霊に罵声を浴びせ、窓を思いっきり閉めた。砂原は空いた口が塞がらなかった。

「一件落着!」
繁充は手をパンパンと叩いた。

「おまえ…あの生霊を可哀そうだと思わなかったの?」
砂原が聞いた。

「理由はどうであれ、こんなことしていい訳無いだろ。」

「まぁ…それはそうだな…。しっかし歪んだ愛情だったな…。」

「愛情と執着を取り違えて、お互いに相手に自分のトラウマの仕返しをしてたんだろうな…。たまにいるよ。みんなが強い訳じゃ無いから…。」

「なかなか難しいな…。てか俺、今回タックル要員だったわけ?」
砂原は繁充をジロリと見た。繁充はニッコリと笑って砂原の肩をポンポンと叩いた。





「もう大丈夫。」
繁充は絵美に声をかけた。絵美は震えながら繁充の方を見た。

「あいつ…もういないの? また戻ってこない?」

「もう来ないよ。前田さんへの執着が全部そぎ落とされちゃったから。」
絵美は意味が分からず眉間に皺を寄せた。

「これ…君の部屋で見つけたんだけど…大事な物でしょ?」
繁充は絵美に塊を渡した。それは絵美の部屋から剥がれ落ちた絵美の母親の記憶だった。塊は絵美の手の腕でキラキラと輝きながら自分の知らない過去の断片をを映し出した。

「…嘘…そんな筈無い…だってパパが…」
絵美は泣き出した。その場にしゃがみこんで、まるで幼子のように大泣きした。三人は今まで見たことが無かった絵美の姿に驚いた。



 絵美の母親は絵美を生んだ後、他に男を作り、笑みを置き去りにして家を出て行った、その後、父親は男手一つで苦労して絵美を育て上げた、というのが父親から伝えられているストーリーだった。

 何度も母親から絵美に連絡が来ていたそうだが、父から母の悪口しか吹き込まれていない絵美は、それを頑なに拒んで一度も会おうとしなかった。

 そして絵美が高校に入学したくらいから、父親に彼女が出来て、今はその彼女の家に入り浸り、絵美は一人でこの家にいることが多くなっていった。

「それはお父さんが自分の都合のいいように書き換えたストーリーみたいだね…。」
繁充は言った。

「…私…ママに会いに行ってみる。本当の事を知りたい…。」
絵美は塊を愛おしそうに頬ずりした。塊は何も語りはしなかったけど、そこには疑いようの無いほどの愛が溢れ出ていた。

「ありがとう、繁充!」
絵美は繁充に抱き着いた。

―え、え、え!?
綾女は動揺した。

「ありがとう、砂原!」
絵美は砂原にも抱き着いてお礼を言った。それを見て、何故かほっと胸を撫でおろした綾女だった。

「綾女も!」
絵美は綾女をギュっと抱きしめた。

「じゃあ、片付けしますか?」
綾女は照れながら言った。

「そだね。」
そして四人は荒れ果てた絵美の家の片づけを始めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

三度目に会えたら

まんまるムーン
ライト文芸
 “沢見君とはどういう訳だか一度だけキスした事がある。付き合ってもいないのに…”  学校一のモテ男、沢見君と体育祭の看板政策委員になった私。彼には同じく学校一の美人の彼女がいる。もともと私とは違う世界の住人と思っていたのに、毎日顔を合わせるうちに仲良くなっていった。そして沢見君の心変わりを知った彼女は…狂暴化して私に襲い掛かってきた! そんな二人のすれ違い続けたラブストーリー。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

幼なじみはギャルになったけど、僕らは何も変わらない(はず)

菜っぱ
ライト文芸
ガリ勉チビメガネの、夕日(ゆうちゃん) 見た目元気系、中身ちょっぴりセンチメンタルギャル、咲(さきちゃん)   二人はどう見ても正反対なのに、高校生になってもなぜか仲の良い幼なじみを続けられている。 夕日はずっと子供みたいに仲良く親友でいたいと思っているけど、咲はそうは思っていないみたいでーーーー? 恋愛知能指数が低いチビメガネを、ギャルがどうにかこうにかしようと奮闘するお話。 基本ほのぼのですが、シリアス入ったりギャグ入ったりします。 R 15は保険です。痛い表現が入ることがあります。

処理中です...