10 / 13
10.助っ人
しおりを挟む
言葉ではつれなく返したエリンだが、間違いなくアイザックに話を聞いてもらったお陰で気が楽になっていた。
あの後、部屋に帰りぐっすり眠った以後は、シェラに対して構えることなく接することが出来るようになった。
眼鏡をするようになって、失敗が減ったからだろう、シェラは態度におどおどしたところがなくなった。やはり、そそっかしいのは、生来の気質のようだが、愛嬌の範囲内に収まっている。
しかし、たまにエリンを物言いたげな目で見ている時があるのだ。人の気配に敏い割に、心の機微に疎いエリンは、そんなシェラの視線を最初は敢えて無視していた。
それでも、あんまりにもじーっと見られるものだから、エリンは段々とイライラしてきた。オブラートに包むということを知らないエリンは、単刀直入にシェラに尋ねる。
「言いたいことがあるならさっさと言え」
エリンの言葉にびくりと肩を震わせたシェラは俯き、一度体の前で手を握ったあと、ゆっくりと顔を上げた。
「あの、私……エリン様には大変感謝しているのです!」
「前置きはいい。用件はなんだ」
振り絞った勇気をピシャリと潰されたシェラは、耳があったら確実に垂れているだろう様子で、恐る恐る言葉を口にする。
「えっと……その、ピアスの件ですが、伯爵様が大層お怒りなんです……あの方は怖い方です。ですから、伯爵様にピアスをお返しした方が……」
「ピアス……これか?」
シェラの言葉を受けて、エリンは自分の耳たぶを指した。シェラはコクコクと頷く。
エリンは首をかしげて呟く。
「これはあたしのだけど……?」
徐に驚くシェラ。
なんで、そんな、とあたふたする様子を横目に、エリンは思案する。そういえば、伯爵家で着替えた際にも外すように言われたな、と思い至った。
(……このピアス、何かあるのか?)
貧民街に捨てられたエリンの唯一の持ち物。
破落戸は、「お貴族様の最後の情けで持たされた宝石だろう?せいぜい大事にしな」と馬鹿にするように嗤っていたけど。
伯爵様が、この砂粒程度の小さい宝石を、わざわざ欲しがる理由がわからない。
大体、嫁入りの支度に着せられた衣装や身に付けた装飾品の方がよっぽど高そうだった。
エリンの考えを邪魔するように部屋に軽いノックの音が響く。
返事をする前に、がちゃりと開けられた扉から、ほわほわの髪がひょこりとのぞいた。
「エリン、元気にしてる?困ってないか、ちょっと様子を見に来てみたわよ!あと、良い知らせがー……」
扉から顔を出したソフィアは、朗らかな笑みを浮かべていた。そして、中にいたシェラにあら?という顔をする。
「新しいメイド雇ったの!?」
「あぁ、シェラだ」
「なんだぁ、一人で困ってるかと思って、私も一人、人を連れてきたのに」
扉を大きく開けたソフィアは、一緒に来た人物を紹介するよう扉の中に誘う。
「この子、私の友達なの!お兄さんが騎士団に所属してらした縁で、私とも顔を会わせる機会があってね。それで仲良くなったのよ。ずっとこの辺境伯家で働きたいと思ってたんですって!奇特よね!」
「クレアです。エリンさん、宜しくね」
クレアはきれいにお辞儀をすると、流れた深紅のまっすぐな髪をゆっくりとかきあげた。吸い込まれそうに濃い濃紺の瞳に、抜けるように白い肌。髪に負けないくらいに鮮やかな真っ赤な唇を柔らかく笑みの形に歪める。
エリンはクレアに対して軽く頭を下げた。シェラもそれに倣うように慌ててぺこりと頭を下げる。
全員が何となくあいさつし終わった雰囲気を感じ取って、ソフィアが朗らかに言う。
「クレアの事、ずっと兄さんに雇ってもらうよう言ってたのに、忙しいって全然聞いてくれなくて……!」
ソフィアの言葉にクレアはニコニコと微笑む。
「だからね、今回実力行使に出ることにしたの」
ソフィアは胸を張って宣言する。
物騒な言葉に、シェラが目を丸くして首を捻る。
「通いでね、しばらく仕事をして、程良いところでエリンから兄さんに取り成してもらえないかと思って」
エリンは呆れた顔でソフィアを見る。
「そんな勝手をして怒られても知らないぞ」
「大丈夫よ!今日だってここに来るまで誰にも会わなかったものバレたりしないわ。それに、こんなに人不足なんだから、実際クレアが働くことで助かれば、エリンもずっといて欲しいと思うようになるわよ!」
ソフィアは堂々と言い放つ。エリンはため息をついた後、気づかれないようにそっとクレアを見つめる。
(この人手不足の中、志願者を退けるなんて……側近が警戒するような女を屋敷に入れて大丈夫なのか?)
訳のわからぬ展開に、シェラは全員の顔を眺めてオロオロとする。そして、奥から聞こえてきた泣き声にはっとした。
「あ、アクセル様が起きられたようです……私お世話を」
その言葉にソフィアがフフフと笑う。
「あら、ちょうど良かったわね。こちらに連れてきて頂戴な」
「え、あ……は、はい」
有無を言わさぬソフィアの様子に、一度奥に引っ込んだシェラはアクセルを連れて戻ってくる。
シェラの腕に抱かれた赤子を覗き込んで、クレアは一度大きく目を見開いた。
「……なんて、……なんて可愛いの!」
「あ、クレアさん、子供好きなんですね」
「えぇ!そうなの!」
人懐っこいクレアの笑みにシェラは警戒を解いたように笑う。
ソフィアもそれを見て嬉しそうに笑っていた。
エリンだけが、一歩引いてその様子を見つめていた。
あの後、部屋に帰りぐっすり眠った以後は、シェラに対して構えることなく接することが出来るようになった。
眼鏡をするようになって、失敗が減ったからだろう、シェラは態度におどおどしたところがなくなった。やはり、そそっかしいのは、生来の気質のようだが、愛嬌の範囲内に収まっている。
しかし、たまにエリンを物言いたげな目で見ている時があるのだ。人の気配に敏い割に、心の機微に疎いエリンは、そんなシェラの視線を最初は敢えて無視していた。
それでも、あんまりにもじーっと見られるものだから、エリンは段々とイライラしてきた。オブラートに包むということを知らないエリンは、単刀直入にシェラに尋ねる。
「言いたいことがあるならさっさと言え」
エリンの言葉にびくりと肩を震わせたシェラは俯き、一度体の前で手を握ったあと、ゆっくりと顔を上げた。
「あの、私……エリン様には大変感謝しているのです!」
「前置きはいい。用件はなんだ」
振り絞った勇気をピシャリと潰されたシェラは、耳があったら確実に垂れているだろう様子で、恐る恐る言葉を口にする。
「えっと……その、ピアスの件ですが、伯爵様が大層お怒りなんです……あの方は怖い方です。ですから、伯爵様にピアスをお返しした方が……」
「ピアス……これか?」
シェラの言葉を受けて、エリンは自分の耳たぶを指した。シェラはコクコクと頷く。
エリンは首をかしげて呟く。
「これはあたしのだけど……?」
徐に驚くシェラ。
なんで、そんな、とあたふたする様子を横目に、エリンは思案する。そういえば、伯爵家で着替えた際にも外すように言われたな、と思い至った。
(……このピアス、何かあるのか?)
貧民街に捨てられたエリンの唯一の持ち物。
破落戸は、「お貴族様の最後の情けで持たされた宝石だろう?せいぜい大事にしな」と馬鹿にするように嗤っていたけど。
伯爵様が、この砂粒程度の小さい宝石を、わざわざ欲しがる理由がわからない。
大体、嫁入りの支度に着せられた衣装や身に付けた装飾品の方がよっぽど高そうだった。
エリンの考えを邪魔するように部屋に軽いノックの音が響く。
返事をする前に、がちゃりと開けられた扉から、ほわほわの髪がひょこりとのぞいた。
「エリン、元気にしてる?困ってないか、ちょっと様子を見に来てみたわよ!あと、良い知らせがー……」
扉から顔を出したソフィアは、朗らかな笑みを浮かべていた。そして、中にいたシェラにあら?という顔をする。
「新しいメイド雇ったの!?」
「あぁ、シェラだ」
「なんだぁ、一人で困ってるかと思って、私も一人、人を連れてきたのに」
扉を大きく開けたソフィアは、一緒に来た人物を紹介するよう扉の中に誘う。
「この子、私の友達なの!お兄さんが騎士団に所属してらした縁で、私とも顔を会わせる機会があってね。それで仲良くなったのよ。ずっとこの辺境伯家で働きたいと思ってたんですって!奇特よね!」
「クレアです。エリンさん、宜しくね」
クレアはきれいにお辞儀をすると、流れた深紅のまっすぐな髪をゆっくりとかきあげた。吸い込まれそうに濃い濃紺の瞳に、抜けるように白い肌。髪に負けないくらいに鮮やかな真っ赤な唇を柔らかく笑みの形に歪める。
エリンはクレアに対して軽く頭を下げた。シェラもそれに倣うように慌ててぺこりと頭を下げる。
全員が何となくあいさつし終わった雰囲気を感じ取って、ソフィアが朗らかに言う。
「クレアの事、ずっと兄さんに雇ってもらうよう言ってたのに、忙しいって全然聞いてくれなくて……!」
ソフィアの言葉にクレアはニコニコと微笑む。
「だからね、今回実力行使に出ることにしたの」
ソフィアは胸を張って宣言する。
物騒な言葉に、シェラが目を丸くして首を捻る。
「通いでね、しばらく仕事をして、程良いところでエリンから兄さんに取り成してもらえないかと思って」
エリンは呆れた顔でソフィアを見る。
「そんな勝手をして怒られても知らないぞ」
「大丈夫よ!今日だってここに来るまで誰にも会わなかったものバレたりしないわ。それに、こんなに人不足なんだから、実際クレアが働くことで助かれば、エリンもずっといて欲しいと思うようになるわよ!」
ソフィアは堂々と言い放つ。エリンはため息をついた後、気づかれないようにそっとクレアを見つめる。
(この人手不足の中、志願者を退けるなんて……側近が警戒するような女を屋敷に入れて大丈夫なのか?)
訳のわからぬ展開に、シェラは全員の顔を眺めてオロオロとする。そして、奥から聞こえてきた泣き声にはっとした。
「あ、アクセル様が起きられたようです……私お世話を」
その言葉にソフィアがフフフと笑う。
「あら、ちょうど良かったわね。こちらに連れてきて頂戴な」
「え、あ……は、はい」
有無を言わさぬソフィアの様子に、一度奥に引っ込んだシェラはアクセルを連れて戻ってくる。
シェラの腕に抱かれた赤子を覗き込んで、クレアは一度大きく目を見開いた。
「……なんて、……なんて可愛いの!」
「あ、クレアさん、子供好きなんですね」
「えぇ!そうなの!」
人懐っこいクレアの笑みにシェラは警戒を解いたように笑う。
ソフィアもそれを見て嬉しそうに笑っていた。
エリンだけが、一歩引いてその様子を見つめていた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる