7 / 13
7.旦那様の心配り
しおりを挟む
「なにか困っていることや必要なものはないか?」
「特にない」
「そうか」
毎度、同じ言葉の応酬がすむと、後はお互いに黙々と、食事を口に運んでいく。
日に三度、こうして一緒に食事を取ることは、エリンにとって、すでに日課となりつつあった。
最初は、エリンも気を使って死神卿と話をしようとした。
『……アクセルは赤毛だな、奥方の髪が赤かったのか?』
『……いや?』
『……』
しかし、こんな感じで全く会話が続かないのだ。端から仲良くする気など毛頭無いエリンは、早々にアイザックと会話をすることを諦め、今では食事をとることに集中していた。
それでも、エリンにとって、この二人だけの空間は、不思議と気詰まりではなかった。
アイザックがエリンを見る目には温度がないが、彼はどうやら誰に対しても同じ態度のようで、側近を見る目もまた、同じように冷えているのだった。その目は、エリンを蔑むでもなく、下卑た思考が含まれたものでもない。
特別、関心はないが、無視するわけでもない。これまで向けられた、どれとも違うアイザックの態度は実はエリンにとって心地よかった。
それに、アイザックがひっそりとエリンのことを気にかけてくれていることもあるのだろう。彼は約束した通り、翌日の食事から量も肉も増やしてくれた。
食事の前の決まったやり取りは、前回エリンが爆発したので、煮詰まる前に要望を聞いてくれているのだろう。
エリンからはあれ以上、特に要望は出していないが、日に三度、数十分程度でも子育てから離れられるのは思った以上に気分転換になった。
赤子に対しても、多少穏やかな気持ちで向かい合えるようになったと思う。
「あ」
「何だ?」
思わずこぼしたエリンの声に反応してアイザックが視線を寄こす。エリンは少し逡巡して、言葉を口に乗せる。
「いや……。最近あいつハイハイしようとしてもぞもぞ動くことが増えてきたから……」
「……それで?」
全くぴんと来ていない様子のアイザックにエリンはムッとする。
「お前なぁ、自分の子供だろう?もっと成長を喜んだりとか、ないわけ!?」
「……」
エリンには自分の成長を見守ってくれる両親はいなかったし、成長することに恐怖しかない毎日だったが、一般的には親は子の成長を喜ぶものではないだろうか。
常々思っているが、アイザックは息子に興味がなさすぎである。
エリンがもう少し、アイザックにアクセルの様子を伝えればいいのかもしれないが、そんな橋渡しの役目をエリンに期待されて困る。もっと自分から息子にかかわろうとしてもらえないだろうか……。
(望んで授かった子だろう?)
アイザックは、呆れ顔のエリンをちらりと見やり、ぽつりと呟く。
「……責任があるから育てはするが、俺に親としての情緒を求めるな」
その言葉にエリンの導火線に瞬時に火が付く。
「はぁ!?何その言い方!ていうか、育ててんのはあたしだ!!」
「もういい!」と残りの食事を掻き込み、ダンッとエリンは席を立つ。
この屋敷は人手が足りなくて、皆自分の事で精一杯なのかもしれない。それでも、あまりにも蔑ろにされているアクセルを見ると、エリンは、心がざわざわするのである。
エリンは自分自身が親に捨てられた子であり、同じ境遇の子供など腐るほど見てきた。だから、親元で何不自由なく育てられている子供に、同情する必要などない、理性では確かにそう思っているのに。
◆
むすっとしたまま自室のドアをバンと開ける。
ぴゃっと言う声と、リアムの冷めた視線に迎え入れられた。
「……あんた誰?」
リアムの横に立っていた、癖のある茶髪をぎゅうぎゅうに三つ編みにした小柄な少女は、エリンの鋭い視線にあたふたと忙しなく顔を動かした。
「ありがたく思え。お前だけでは手が足りぬだろうと、旦那様が新たに人を雇うことをお許しになったのだ。この者と二人でこれからはアクセル様のお世話にあたるように」
「……あんたには、聞いてないんだけど?」
険悪なリアムとエリンの応酬に、少女はさらにあたふたとする。そして意を決したように胸の前で両手を握ると、エリンに向かってぺこりとお辞儀をした。
「シシシシ、シェラです!!よ、よろしくお願いいたしましゅ…いた……」
そして、自己紹介で盛大に噛んだ。そして、涙ぐみ、すみませんすみませんと頭を下げる。
「……あっそ」
冷めた目で少女見やったエリンは、それ以上言葉をかけることもなく、リアムからアクセルを受け取る。用は済んだとばかりにリアムが出ていくのをちらりと見て、エリンは机に向かって顎をしゃくった。意図がつかめなかったのだろう、シェラはエリンと机を交互に見比べた。
「そこ、座んな」
「あ、はい!!」
勢い良く返事をしたシェラは、その勢いのまま次の瞬間、べしゃッと転んだ。
「す、すみませ……!」
鼻を打ったのだろう、涙目で顔を押さえながらシェラはよろよろと立ち上がる。
エリンはあきれたような顔をし、床にアクセルを転がすと、自分はドカッとシェラに示した方とは反対側の椅子に座る。そして頬杖をついてじろっとシェラを見た。
「なぁ、あんた、さっきから一体何に謝ってんの?」
「え!?だ、だって、私…私……自己紹介も碌に……さっきもみっともなく転んだりして……」
「それ、あたしになんか関係ある?どっちもあんたが痛い思いしただけだろ?」
「そ…そうですが……でも、あの、見苦しくて……」
「別にあんたに目の保養は求めてないから気にすんな」
そっけないエリンの言葉にシェラはエプロンの裾をギュッと握りシュンと俯く。
「はい、あのすみませ……」
「はぁ……だから軽々しく謝んな。相手をつけあがらせるぞ」
「はい、すみま…はい……」
そしてぽろぽろと涙をこぼす。
泣きだしたシェラに、げっそりとした顔をしたエリンは、深くため息を吐く。それにまた、シェラは震える。
「はぁ、まぁいいや。あたしの名前はエリン。よろしく」
とりあえず、人手が増えるのは歓迎である。エリンはそう納得して、シェラが泣き止むのを静かに待った。
「特にない」
「そうか」
毎度、同じ言葉の応酬がすむと、後はお互いに黙々と、食事を口に運んでいく。
日に三度、こうして一緒に食事を取ることは、エリンにとって、すでに日課となりつつあった。
最初は、エリンも気を使って死神卿と話をしようとした。
『……アクセルは赤毛だな、奥方の髪が赤かったのか?』
『……いや?』
『……』
しかし、こんな感じで全く会話が続かないのだ。端から仲良くする気など毛頭無いエリンは、早々にアイザックと会話をすることを諦め、今では食事をとることに集中していた。
それでも、エリンにとって、この二人だけの空間は、不思議と気詰まりではなかった。
アイザックがエリンを見る目には温度がないが、彼はどうやら誰に対しても同じ態度のようで、側近を見る目もまた、同じように冷えているのだった。その目は、エリンを蔑むでもなく、下卑た思考が含まれたものでもない。
特別、関心はないが、無視するわけでもない。これまで向けられた、どれとも違うアイザックの態度は実はエリンにとって心地よかった。
それに、アイザックがひっそりとエリンのことを気にかけてくれていることもあるのだろう。彼は約束した通り、翌日の食事から量も肉も増やしてくれた。
食事の前の決まったやり取りは、前回エリンが爆発したので、煮詰まる前に要望を聞いてくれているのだろう。
エリンからはあれ以上、特に要望は出していないが、日に三度、数十分程度でも子育てから離れられるのは思った以上に気分転換になった。
赤子に対しても、多少穏やかな気持ちで向かい合えるようになったと思う。
「あ」
「何だ?」
思わずこぼしたエリンの声に反応してアイザックが視線を寄こす。エリンは少し逡巡して、言葉を口に乗せる。
「いや……。最近あいつハイハイしようとしてもぞもぞ動くことが増えてきたから……」
「……それで?」
全くぴんと来ていない様子のアイザックにエリンはムッとする。
「お前なぁ、自分の子供だろう?もっと成長を喜んだりとか、ないわけ!?」
「……」
エリンには自分の成長を見守ってくれる両親はいなかったし、成長することに恐怖しかない毎日だったが、一般的には親は子の成長を喜ぶものではないだろうか。
常々思っているが、アイザックは息子に興味がなさすぎである。
エリンがもう少し、アイザックにアクセルの様子を伝えればいいのかもしれないが、そんな橋渡しの役目をエリンに期待されて困る。もっと自分から息子にかかわろうとしてもらえないだろうか……。
(望んで授かった子だろう?)
アイザックは、呆れ顔のエリンをちらりと見やり、ぽつりと呟く。
「……責任があるから育てはするが、俺に親としての情緒を求めるな」
その言葉にエリンの導火線に瞬時に火が付く。
「はぁ!?何その言い方!ていうか、育ててんのはあたしだ!!」
「もういい!」と残りの食事を掻き込み、ダンッとエリンは席を立つ。
この屋敷は人手が足りなくて、皆自分の事で精一杯なのかもしれない。それでも、あまりにも蔑ろにされているアクセルを見ると、エリンは、心がざわざわするのである。
エリンは自分自身が親に捨てられた子であり、同じ境遇の子供など腐るほど見てきた。だから、親元で何不自由なく育てられている子供に、同情する必要などない、理性では確かにそう思っているのに。
◆
むすっとしたまま自室のドアをバンと開ける。
ぴゃっと言う声と、リアムの冷めた視線に迎え入れられた。
「……あんた誰?」
リアムの横に立っていた、癖のある茶髪をぎゅうぎゅうに三つ編みにした小柄な少女は、エリンの鋭い視線にあたふたと忙しなく顔を動かした。
「ありがたく思え。お前だけでは手が足りぬだろうと、旦那様が新たに人を雇うことをお許しになったのだ。この者と二人でこれからはアクセル様のお世話にあたるように」
「……あんたには、聞いてないんだけど?」
険悪なリアムとエリンの応酬に、少女はさらにあたふたとする。そして意を決したように胸の前で両手を握ると、エリンに向かってぺこりとお辞儀をした。
「シシシシ、シェラです!!よ、よろしくお願いいたしましゅ…いた……」
そして、自己紹介で盛大に噛んだ。そして、涙ぐみ、すみませんすみませんと頭を下げる。
「……あっそ」
冷めた目で少女見やったエリンは、それ以上言葉をかけることもなく、リアムからアクセルを受け取る。用は済んだとばかりにリアムが出ていくのをちらりと見て、エリンは机に向かって顎をしゃくった。意図がつかめなかったのだろう、シェラはエリンと机を交互に見比べた。
「そこ、座んな」
「あ、はい!!」
勢い良く返事をしたシェラは、その勢いのまま次の瞬間、べしゃッと転んだ。
「す、すみませ……!」
鼻を打ったのだろう、涙目で顔を押さえながらシェラはよろよろと立ち上がる。
エリンはあきれたような顔をし、床にアクセルを転がすと、自分はドカッとシェラに示した方とは反対側の椅子に座る。そして頬杖をついてじろっとシェラを見た。
「なぁ、あんた、さっきから一体何に謝ってんの?」
「え!?だ、だって、私…私……自己紹介も碌に……さっきもみっともなく転んだりして……」
「それ、あたしになんか関係ある?どっちもあんたが痛い思いしただけだろ?」
「そ…そうですが……でも、あの、見苦しくて……」
「別にあんたに目の保養は求めてないから気にすんな」
そっけないエリンの言葉にシェラはエプロンの裾をギュッと握りシュンと俯く。
「はい、あのすみませ……」
「はぁ……だから軽々しく謝んな。相手をつけあがらせるぞ」
「はい、すみま…はい……」
そしてぽろぽろと涙をこぼす。
泣きだしたシェラに、げっそりとした顔をしたエリンは、深くため息を吐く。それにまた、シェラは震える。
「はぁ、まぁいいや。あたしの名前はエリン。よろしく」
とりあえず、人手が増えるのは歓迎である。エリンはそう納得して、シェラが泣き止むのを静かに待った。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる