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婚約者編

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 あの日から、怒涛の三日だった。間に合うか、間に合わないか。本当にぎりぎりだったわ。
 そうして今、私はアルフレッドとこっそり闇夜に紛れながら潜んでいる。
 どこに?答えは城門の上よ。私たちが入国したのとは逆。坂を下り切った一番下に、アルストリアの城門はある。

 ここには、今、トルティアの兵が、200はいるだろうか。あくまで賊を装う気だろうか。国旗を掲げることなく、鎧も簡易の皮鎧だ。しかし、持っている武器は立派なもので、統率の取れた動きを見れば、きちんと訓練を受けた者達だということが分かる。
 山の斜面にあるアルストリアは広い平地が無いので、大人数で攻めこまれることにはめっぽう強い。トルティアも本当はもっと兵を呼び込みたかったのだろうが、これ以上だと自由に動くことができないと判断したのだろう。大した自信だが、それだけ個々の力量が優れているということだろう。アルストリアは、攻めにくい土地に王都を構えているが、それは裏を返せば大群を相手に戦うことに向いていないということ。優れた武器は持つが、アルストリアの人間は総じて武を以て争うことを良しとしない。

 私はちらりと眼下にある城門の入り口の方に視線を移した。
 城門の兵は、宰相の手の者だったようで、城門の前にこれほどのトルティア兵が集まっているというのに、のろしの一つも上げない。

 攻め込むための合図を待っている兵たちの静かだが異様な雰囲気に、荒事の場になんか出たことのない私は怖くて心臓が口から出そうだ。それなのに横にいるアルフレッドは飄々としたものだ。「自分が仕掛けていると勘違いしている相手は裏をかかれているなどとは思わないものです」なんて澄まして言っちゃって。
 て、それ、ミシェルさんが言ってたことだからね。多用しすぎるとバレちゃっても知らないんだから。万が一こっちの茂みの方に相手が来たらどうするのかしら。あぁドキドキする。

 じっと見ていると、ざっと兵たちが列を正した。
 そして私たちが潜むのとは反対の城門階段を上って、宰相とミシェルさんが姿を現した。

(……あぁ、始まってしまう)

 甲冑を小脇に抱えたミシェルさんは、眼下を見下ろし、紅も刷いていないのに真っ赤な唇をにっと歪めた。

「よくも雁首揃えて集まったものね、これだけの人数。ここから見ると壮観だわぁ……ここまで来たら、よもや言い逃れできるとは思っておるまいな?」

 ミシェルさんは滔々と声を張りながら、最後の言葉を宰相に向けて言った。
 ミシェルさんの口調か、はたまた話している内容か、ポカンと口を開けて宰相はミシェルさんを見る。

「は?…テオドール様、何を?」
「あら?まだ分からない?あなた、嵌められたのよ」

 妖艶な顔でミシェルは笑う。そして、後ろを振り返ると、横にあった松明を持ち上げ、頭上高くに掲げた。
 それに呼応するように、王都のあちこちで松明が上がった。掲げる旗は、隣国ハンナ・カーメルの紋章。

「な…!あの紋章は…!」

 怖い顔で宰相はミシェルさんを睨みつける。
 そう、三日前のあの時、アルフレッドは、ミシェルさんにこう言って笑ったのだ。

『大体ミシェル。君は僕が何者か忘れていないかい?……僕は、国王の耳。そしてその立場上、有事には、軍事権を付与され一番に現場に駆け付ける権限を持つ』

 そして、その言葉に、はっとした顔をしたミシェルさんに、にっこりと笑いかけた。

『既に、国境付近の兵を動かしている。元々、君一人を犠牲にする気なんかなかったよ……まぁ、リビィを囮にした時はちょっと考えたけど』

 宰相のわめく声で、現実に引き戻された。宰相は唾を飛ばして叫ぶ。

「な、国境侵犯だ!ハンナ・カーメルは親和国のアルストリアと事を構える気か!?」
「ははは!……あの旗の位置を見てもそう思うか?」

 アルストリアの旗がはためく場所を見て、宰相はもう一度目を見開いた。
 アルストリアの王都は、なんと元々あった廃坑の上に、この付近から切り出した石を並べて作られた都市なのだという。
 それゆえ、宮殿の下には、深く長い炭鉱の通路が広がっており、その出口は王都の様々な場所につながっている。しかし、もともとあったものを利用しているため、誰も設計図を持っていないのだ。
 知的好奇心が旺盛だった、過去の傍系王族が、暇に飽かして、なんと一人で探検して地図を作ったと言うことで、内部の構造を知っているのは王族のみ。
 今回は、中の構造を記録しないという条件で、各所の出口にハンナ・カーメルの兵を潜ませていた。それでも、王族しか知らない炭鉱の出入り口を他国に知られてしまうということは、アルストリアにしてみれば大変な痛手である。

(それでも、あの決断があったから、宰相の裏をかけた)

 宰相自身もその正確な位置は知らないものの、王都のあちこちに自分の知らないうちに兵を潜ませるには、この地下通路を使いでもしないと実現できないことに気づいたのだろう。
 まさか他国に、王族しか知らない炭鉱の出入り口を知らせるという、暴挙に出るとは思わなかった宰相は体を震わせる。

「お前も…お前もか……!」

 血走った目でミシェルさんを睨みつける。
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