上 下
55 / 65
婚約者編

14

しおりを挟む
「ハンナお願い!」
「えぇぇ?」
「大丈夫!迷惑はかけないようにする!」

 話し合いが終わって解散した後、私はすぐにハンナの元に向かい手を合わせて頭を下げていた。

「私のお仕着せなんて何に使うんですかぁ?」

 弱り切ったハンナに、「とにかくお願い!」と押し切ってお仕着せを借りる。
 部屋に戻ってハンナのお仕着せを着た後に、髪を小さくまとめてキャップに押し込む。本当はかつらとかがあればよかったんだけど、あいにく用意がない。できるだけ髪が見えないようにすることしかできない。一度化粧を全部落として、白粉はたいた他はそばかすを化粧で描くだけにする。これで少しは印象が薄くなったかしら。
 鏡を見て、よし、と頷くと部屋を出た。

 手頃な籠を持って、向かったのは洗濯場だ。
 今は洗濯物はすべて干し終わったのだろう。洗濯場には人がいない。代わりに、たくさんの洗濯物が風にはためいていた。私は新たな汚れ物を持ってきた振りをして、干してあるアルストリアのお仕着せを一着拝借する。干したばかりなので、湿っているが背に腹は代えられない。
 持ってきた籠にそっと入れる。

(ごめんなさい、ごめんなさい。きっと返しに来ますから…!)

 こっそり空いている部屋に入り、服を着替える。そして、掃除でもしてきたかのように何食わぬ顔で出ていく。
 すれ違う人は頭を下げることでやり過ごしながら、目的の人物を探して進んでいく。

「セオドア様ぁ」

 聞こえてきた声にピタッと足を止める。
 見つけた。すっと廊下の端に控える。

 濃紺の髪をベールに納め、すっきりと出した額にヘッドアクセサリーがキラキラと輝いている。くっきりとした目鼻立ちに、ブルーグレーの瞳。濃い目の肌に赤い唇が印象的だ。
 トルティアの姫 アスリ様は恐らくセオドア様より少し年上だと思う。きっと私より幼いのに、妖艶ともいえる雰囲気を纏っている方だった。

 アスリ様はセオドア様を呼び止めて、ゆったりと歩きながら近づく。大国の姫には普通なのかもしれないが、物々しい護衛を後ろに従えている。そして、それ以上にたくさんの侍女を従えて歩いていた。その成り立ちから、決して広いとは言えない宮殿の廊下をそんな大勢でぞろぞろ歩かれると邪魔でしかない。
 セオドア様は呼び止められた以上、振り切ることもできず、その場にとどまっていた。

「この宮殿は階段ばっかりで、過ごしにくうございますね。はぁ、ここまで歩いてきて、妾疲れてしまいました。どこか休憩できる場所までご案内くださいませ」
「……生憎私は所用がありますゆえ、クラースに案内させましょう」

 アスリ様の物言いにムッとしたようなセオドア様は、横にいたクラース様にそう言いつけて、「では失礼」とその場を後にした。
 私はその緊迫したやり取りを少し離れたところからハラハラしながら見ていたが、セオドア様が踵を返したところで息をのんだ。

 こっわ…。
 アスリ様がセオドア様をそれはもうものすごい顔で睨んだのだ。
 憎悪さえ感じさせる表情に、私は疑問を思う。
 あれ?アスリ様ってセオドア様に一目ぼれして宮殿に残られたのではなかったかしら?
 まかり間違っても、あんな人を殺せそうな視線で見る人が、恋なんかしているだろうか?

(これは、もう少し探ってみた方がよさそうね…)

 クラースさんの案内を「結構よ!」と一蹴したアスリ様はぞろぞろとどこかに向かう。アスリ様の滞在しているのは西棟だったはずだが、向かうのは南の方。なぜ知っているのかと言うと、私たちは東棟に滞在しているので、万が一にも顔を合わさなくても済むようにと、クラースさんの配慮で、もっとも遠い棟に案内すると聞いていたからだ。
 集団が遠ざかるのを待って、私は、西棟の方に向かう。

 西棟に行って何をしようと言うのか…。流石にこれ以上はできることに限りがある。もし私の身元がばれでもしたら国際問題だ。
 でも、トルティアの姫のあの態度。絶対セオドア様恋しさにここにいるのではないと思う。なんだかとても怖いことが起こる気がして、確かめずにはいられなかった。

 アスリ様に宛がわれた部屋はこの先の、きっとあの甲冑を着た兵士が立っている所だろう。
 何食わぬ顔で頭を下げて、部屋に入ろうとしたところで、すっと手で行く手を遮られる。
 ヒヤリ、としたが、ここまで来て引き下がる方がおかしい。

「あ、ちょっとお掃除に…」

 にっこりと笑って見上げると、甲冑がため息を吐いた。
 ため息?

「……僕は危ないので大人しくしていてくださいって言いましたよね?」
「ア!……むぐぅ」

 口をふさがれた。ため息を吐いた、甲冑アルフレッドは、「後ほどミシェルの工房で」と告げて私を向こうに押し出した。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄された令嬢の毒はいかがでしょうか

まさかの
恋愛
皇太子の未来の王妃だったカナリアは突如として、父親の罪によって婚約破棄をされてしまった。 己の命が助かる方法は、友好国の悪評のある第二王子と婚約すること。 カナリアはその提案をのんだが、最初の夜会で毒を盛られてしまった。 誰も味方がいない状況で心がすり減っていくが、婚約者のシリウスだけは他の者たちとは違った。 ある時、シリウスの悪評の原因に気付いたカナリアの手でシリウスは穏やかな性格を取り戻したのだった。 シリウスはカナリアへ愛を囁き、カナリアもまた少しずつ彼の愛を受け入れていく。 そんな時に、義姉のヒルダがカナリアへ多くの嫌がらせを行い、女の戦いが始まる。 嫁いできただけの女と甘く見ている者たちに分からせよう。 カナリア・ノートメアシュトラーセがどんな女かを──。 小説家になろう、エブリスタ、アルファポリス、カクヨムで投稿しています。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...