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恋人編

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「え?僕がですか?」

 不思議そうな顔のアルフレッドに一つ頷きを返す。
 ここは、商会長室職場だ。本当は昨日の内に話したかったのだが、アルフレッドは伯爵と夜会参加のために不在だった。

「フレイヤ様って本当に頭が良い方なの!私では分不相応な気がして…」
「でも、そこで僕が代わりに教師をすると言うのは…」
「植物に詳しい先生を紹介してくれるのでも良いわ!」

 昨日フレイヤ様は私で良いと言ってくれたけど、やはりきちんと専門家をつけるべきだと思うのだ。そのために、朝からアルフレッドに交渉している。

「うーん…外の人に彼女を合わせるのは彼女のご両親が承知しないと思いますよ…」

 確かに…。こちらで先走ってもダメよね。彼女はまだ7歳。何をするにも保護者の許可が必要だ。アルフレッドから色好い返事をもらえそうもなく、少し落ち込む。
 しょんぼりした私に気づいたアルフレッドが苦笑し、一つ提案をくれた。

「人の紹介は難しいでしょうが、ここなら珍しい本は手に入ります。それを彼女に譲ってあげれば良いのでは?」

 その言葉に私はパァッと顔を明るくする。
 何かしらフレイヤ様の役に立てる希望が見えたからだ。

「ありがとう!アルフレッド!」

 アルフレッドは苦笑する。

「全く、あなたはいつも人のことばかりですね。警戒心が強いわりに、内に入れた人間にはとことん甘いんだから…」
「…彼女、少し昔の私を見ているみたいで……出来れば応援してあげたいのよ」

 少しだけ本音を吐露して、アルフレッドの方を見上げるとアルフレッドは仕方ないとでも言うように肩を竦めた。

 ドンドン

 急に部屋にノックの音が響き渡る。
 この部屋にそんなに乱暴に訪れる人間はいない。
 驚いてアルフレッドと顔を見合わせると、切羽詰まったようなルーシーの声が聞こえた。

「会頭、いらっしゃいますか!?急な来客が…!」

 あまりに焦っている声にどうしたことかと、部屋の扉を開けた。
 駆け込んできたルーシーに、アルフレッドが質問する。

「ルーシー、君が取り乱すなんて珍しいな。何があった?」
「それが…」
「あ!ここがアル様の執務室ですのね?」

 ルーシーが話し始める前に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
 ルーシーがぎょっとして振り返った。

「キャボット様、応接室でお待ちいただくようお伝えしたはずです!」
「えぇ?どうせお会いするならこちらからお伺いしても問題ないでしょう?それより…」

 招かれざる客アリス嬢は、ルーシーの制止の声も何のその、堂々と部屋に入ってきて私を睨み付けた。

「お前、まだアル様の回りをちょろちょろしているのね?この泥棒猫!フローレンス様にも何か吹き込んだでしょう!?」
「いや、どちらかと言うと私が先にお付き合いしてたんだけど…」

 あまりの剣幕に思わず冷静に突っ込んでしまう。反論されると思っていなかったのか、アリス嬢は毛を逆立てた猫のようになった。
 やだ、面倒くさい…。
 アルフレッドが溜息を吐きながら、アリス嬢に訪問の理由を尋ねる。途端に態度をころっと変えて、アリス嬢は嬉々として話し始めた。
 こうも目の前で切り替えたのでは、相手も興ざめでしょうに…。

「アル様のために手作りのハンカチを作ったんです。直接お渡ししたくて…」

 なんと、突然襲撃してくるには弱すぎる理由に絶句する。
 アリス嬢は我々の反応には全く気付かず、いそいそとラッピングされたハンカチを取り出す。

「私レース編みが得意で…」

 渡そうとしてもアルフレッドが手を出さなかったからだろう、恥ずかしそうにもじもじしながらも、なんと自分でラッピングを開け中身を披露し始めた。
 そこにあったのは、流行りのイニシャルをモチーフにした意匠をレースで編んだ水色のハンカチだった。なるほど、レース編みが得意だと言っても納得の出来だった。
 それが、本当に手作りであれば。
 アルフレッドが溜息をつきながら、胸元から大事そうに何かを取り出す。

「僕にはこれがあるので十分です」

 その見覚えがありすぎる品に思わず声が出る。

「な、な、な、なんでそれ!?」

(アルフレッドが持ってるのよー!!!)

 ぎろり、とルーシーを振り返ると、ルーシーは微笑ましそうに口元に手を添えている。
 そう、アルフレッドの手の中にあったのは、いつぞやルーシーにあげた縁起の悪いハンカチ…。四角い絹のハンカチに、オリーブの木の枝と、紫色の糸でアルフレッドのイニシャルを刺繍した、手作りのハンカチだった。

(もう二度と見ることはないと思っていたのに…!)

 プロの仕事と並べられると見るも無残である。
 全くやめてほしい。

「まぁ、そんな不格好なものより絶対こちらの方がいいですわ」

 私の慌てように、アリス嬢は誰が作ったものか察したのだろう。
 ちらりと私の方を流し見る。

「いいえ、僕には唯一無二の宝物ですので」

 そう言うと、そっと手に持ったハンカチをしまい、アリス嬢を見据えた。

「義母上に渡した手作りのスカーフ、僕にくれた手作りのクッキー、そして、これ…すべて既製品ですよね」
「な、何を。プレゼントはすべて私が心を込めて手作りしたもので…」
「気づかないとでも思いましたか?どの店の商品かまですべて把握していますよ。…きっと購入は、侍女ではなくハウスメイドに頼んでいるのでしょうね。すべて庶民の店のものだ」
「な…!」
「当たりですか?ということは、ご両親には秘密にしたい、と思っているのでしょうね?」

 アルフレッドがにっこりと黒い笑みを浮かべる。
 青い顔をしたアリス嬢は視線を忙しなく動かしている。

「職場への訪問は迷惑です。また次にこうして不躾に訪問してこられるようなら、ご両親にこのことを言いつけますよ」

 アルフレッドの言葉に、アリス嬢はぐっと唇をかんだ。
 アルフレッドは、アリス嬢のご両親がアルフレッドとの婚約を整えたいみたいに言っていたけど、アリス嬢自身もアルフレッドの事憎からず思っているのよね、きっと。
 少し同情めいた気持ちでアリス嬢の方を見る。

(まぁ、私に同情されるなんてまっぴらなんでしょうけども…)

「あぁ、そうそう。詳細はまだ明らかにはできませんが、恐らく僕はオーエンス伯爵家を継ぐことはできません」

 アルフレッドがあっけらかんとそう言うと、アリス嬢はさっと顔色を変えた。

「…何ですって!?私を騙したのね!?」

 そう言って、こちらの話を聞くことなく、ぷりぷりと怒って出て行ってしまった。

「何…あれ」

 私はポカンとして、アリス嬢を見送ったが、アルフレッドは「ね、言ったでしょう?」と言わんばかりに肩を竦めただけだった。
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