上 下
25 / 65
恋人編

しおりを挟む
 アルフレッドと本音をぶつけ合ったあの夜に、私の腹は決まった。自分の心に素直になること。彼の隣にいつづける努力をすること。何より、もうこんなに好きなのに、今更後戻りなんてできっこない。
 してやられたなぁ、と思うけれど、仕方ない。好きなんだから。身分のことで、自分を卑下することももうしない。
 ――――強くなろう。


「…て、思ってたけど、まさか向こうから宣戦布告が来るとは…」

 自分の手にある、一通の手紙を見ながらぽつりと呟く。自宅に手紙を送ってこられるということは、私の素性はすでに向こうに筒抜けということだろう。なめらかな手触りの紙に花を梳きこんだ風流な便箋は、さすが公爵家の利用するものだわ、と思うが、その内容はなかなかに攻撃的だった。
 ポリポリと頬を掻きながら、もう一度文面を読み返す。
 要約すると、アルフレッドの養父母からの承諾を得ている自分が彼の正当な婚約者である、なので、アルフレッドの側をちょろちょろするな。平民が付きまとっていると知られると、アルフレッドの将来に差し障るので、仕事も辞めろ。拒否すると、家族を含めてその身の安全は保障しない…ということが、とても丁寧な言葉で書いてある。言葉だけが取り繕われていることが、余計不気味さを引き立てる。
 さらに一週間後までに対応すること、と期限まで区切られている。
 大きくため息を吐いて、座っていた自室のベッドに仰向けに倒れこんだ。脅されたところで、引く気はないが、家族を巻き込むのは本意ではない。

「アルフレッドに相談してみるしかないわよねぇ…」

 意外と過激派の天使に、私は遠い目をするしかなかった。



「…厄介ですね」

 翌日、仕事に行くなりアルフレッドに天使アリス嬢から来た便箋を突き付ける。
 中身を一瞥したアルフレッドがため息を吐いた。

「家族に手を出されるのは困るわ…」
「そんなことは僕が許しません。…が、彼女、前回の夜会でのことを相当根に持っているようです」

 どうやら、アルフレッドの氷のような対応は、蝶よ花よと育てられたお嬢さんに火をつけてしまったらしい。何が何でもアルフレッドを落とそうと息を巻いているようだ。
 アリス嬢の母君のキャボット公爵夫人がアルフレッドの養母フローレンス様の学生時代の先輩で、大層仲がいいことを利用して、頻繁に屋敷を訪問しては、アルフレッドに絡んでくるのだという。昼夜問わず家に帰るとアリス嬢がいるため、気が休まらない、とアルフレッドは嘆くように言う。
 それに加えて、伯爵が、こんなに頻繁に訪れるようなら、行儀見習いとして離れに住んではどうかと提案し、さらに収拾がつかない状態になっているのだとか。

「それは…ご愁傷様」

 権力も行動力もあるお嬢さんは怖いわぁ。
 目の前で合掌すると、アルフレッドから恨めし気な目で見られた。それから、アルフレッドは何かを考えるような素振りを見せると、ポンと手を打つ。

「リビィ、木を隠すには森の中と言いますし、今の家は彼女にばれていて危険なのですから、いっそのこと家族でうちに引っ越して来ませんか?」

 その言葉に思わず目を見開く。

「は!?皆で一緒に住むの?」
「彼女の性格でしたら間違いなくうちに行儀見習いとして来るでしょうね」
「でしょうね。嫌よ、そんなの」
「でも、伯爵家の中にいれば少なくとも手出しはされません。ご家族は少し窮屈かもしれませんが…」

 アルフレッドの言葉にうぐぐ、と唸る。確かに、これ以上無い程に安全な仮住まいである。
 腕組みをして考え込む。しかし、他に有効な手は浮かびそうもない。
 背に腹は代えられないか…。

「でも、伯爵は私たちが住むことを許してくれるかしら…」
「ふむ、でしたら、住み込みの使用人として紛れ込みますか?」
「…私にここの仕事をやめろと言うの?」

 じろりとアルフレッドを睨むと、まさか、と首を振られる。

「お父上を伯爵家の使用人として雇えば、扶養家族は一家で住んでいただけます」

 あぁ、確かにお父様は、領主としてはダメダメだけど、家事スキルはあったんだった。…どっちかと言うとメイドの仕事な気がするけどいいのかしら。

「…私、成人してるけどいいの?」

 アルフレッドはにっこり笑う。
 あ、ほんとはダメなのね。
 ごまかす気満々のアルフレッドに温い笑顔で応える。それでも、私はアルフレッドの家にご厄介になるしか家族を守る方法がない。幸い、貧民街を出ようと荷造りは少しずつ進めていた。すぐに移動はできるだろう。
 それに、伯爵家なら、ミシェルの生育環境としては間違いない。
 私は、大きく深呼吸して腹を括る。

 ――――あぁ、でも。出来ることならあんまりアリス嬢とは顔を会わしたくないわ…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

処理中です...