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恋人編

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 次の日、時間通りに出勤した私を待っていたのは、アルフレッドからの盛大な非難の目だった。

「…何よ」
「…どうして、昨日何も言わずに帰ったんですか?僕たちのこれからのことを話そうと思ってたのに」

 やっぱり勝手に帰ったことを怒っているらしい。
 でも、私の気持ちは封印すると決めた。
 アルフレッドに向かってきっぱりと言い放つ。

「話すことなんてないわ。これからも何も、私とあなたの関係は雇用関係だけ、ですもの」
「…ほぉ、そうきますか」

 私の答えに、アルフレッドは据わった目で顎を引く。私はできるだけアルフレッドと目を合わさないようにして席に着いた。もの言いたげなアルフレッドはとりあえず無視することにして、昨日できなかった仕事を片付けようと段取りを始める。私が話す気がないのが分かったのだろう、アルフレッドもため息を吐いて、仕事に取り掛かった。
 追及されなかったことに、私は密かにほっと息を吐く。これで話は終わったと。

 ……そんなわけなかった。
 その日一日、何にもなかったことで、すっかり安心していた私は、仕事を終えてさわやかな気持ちで伸びをしていた。
 その時、資料に目を向けたままのアルフレッドから声をかけられる。

「あぁ、オリビア先輩、もう上がりますか?でしたらちょっと、こちらに来て見てほしいものがあるのですが…」
「ん?何?」

 のこのことアルフレッドに近づく私。
 机を覗き込もうとしたところで、腕を引っ張られて、そのままアルフレッドの方に倒れこんだ。

「う…ぇ…?」

 痛くはないけど吃驚した。アルフレッドに伸し掛かるような体勢にされている。
 じとっとしたアルフレッドの視線に見据えられ、身を竦める。納得してないと思ってはいたけど、仕事終わりに実力行使に出られるとは…。

「ちょっと…何よ」

 私は恐る恐る問いかける。

「先輩、いいですか?僕はあなたに嫌われたくないから、昨日あそこで止めたんです。……僕に対して無関心になられるくらいなら、嫌われる方がましだ、って分かってます?」
「う…つ、つまり?」
「昨日の続き、より、もっとすごいことしたっていいんですよ?」

 ひぇ…!何言ってるの!?
 でも、アルフレッドの目がマジだ…!
 アルフレッドの言葉に、私は顔を真っ赤にしてふるふると首を振る。何に対する否定かは自分でも分からないが、とにかくちょっと待って。冷静になる時間が欲しい。もちろん、私の気持ちとは裏腹にアルフレッドには待つ気など更々無いようだ。どんどんと追い詰められる。

「ねぇ、オリビア先輩。一人で完結しないで。何か不安があるのなら、話してもらえませんか?…無言で締め出されるなんてやりきれない」

 アルフレッドは真剣な顔をして、訴えてくる。
 真摯に話しかけてくるアルフレッドをこれ以上、ごまかすことはできないと、私は観念した。

「…だって。貴賤の恋愛に先なんてないじゃない…」

 そうして、ポツリとつぶやいた言葉は、自分の声とは思えないほどひどく拗ねた響きをしていて、思わずギクリとする。

「……未来さきのことまで考えて、怖くなっちゃったんですか?」

 私の言葉に、一瞬、虚をつかれたような顔をしたアルフレッドは、先程までの触れれば切れそうな鋭い眼力を納め、意志の強そうな眉毛をへにょりと下げ、笑った。仕方のない人ですね、という声が聞こえてきそうだ。
 ううう、そんな目で見ないで。
 私は、アルフレッドの顔を見ていられなくて、視線を下げる。アルフレッドが、宥めるように私の頬に大きな手を添えてくる。そのまま親指で優しく擦るように頬を撫でられた。自分の目にじわりと涙が浮かぶのがわかる。
 これ以上はまずい。何がまずいかは分からないが、とにかくまずい。
 アルフレッドを制止しようと、声を上げかけたところで、先にアルフレッドが口を開く。

「ねぇ、オリビア先輩。あなた、結婚は興味無いって、学園時代に言ってませんでしたか?今は?結婚したい?」

 アルフレッドの問いにはっとする。

「…結婚は、しないつもり…」

 そう、そうだった。私、結婚は諦めてた。
 目を見開いた私のおでこに、こつんとアルフレッドのおでこがぶつかる。

「じゃぁ、僕のことは嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「なら、これから先のことは一旦置いて、まずはお付き合いから始めてみませんか?」

 確かに、結婚をゴールに置いていないのなら、身分差なんか気にせずもっと気軽に考えても良いのかもしれない。
 うーん、丸め込まれている気がする…。
 こんこんと悩む私に、壮絶な色気を醸し出したアルフレッドが言う。

「ね、先輩。うん、って言って?」

 こちらを見上げながらこてんと首をかしげるおまけ付きだ。
 もう!そんなのどこで覚えてきたの!?
 ぼぼぼぼ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで顔が赤くなる。
 こくこくこくと、壊れたおもちゃのように首を縦に振ると、へにゃりと嬉しそうに、本当に嬉しそうにアルフレッドが笑った。
 なんか、アルフレッドがこんなに喜ぶなら、もういいや、と思ってしまうくらいに。
 つられて、私も笑顔になる。
 そのまま、ちゅっと唇にキスされて、ギューッと抱きしめられた。

 ちょ、ちょっと待って。
 私、決断早まったかも。こんなの身が持たないんですけど?

「じゃぁこれからは、愛称で呼んでください。アルはみんな使うから、フレッドと。ねぇ、リビィ」

 え、ちょっと待って、ホント無理…。

「ふ、二人きりの時だけにして…」

 両手で顔を覆ってそう言うのが精一杯だった。
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