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恋人編

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 ――――起きたら伝えようと思ってたの。あなたが大切だと。
 そう思っていた時が、私にもありました。



 起きて気付いた。
 いやいやいや、貴賤の恋愛関係に幸せな結末ハッピーエンドなど無いと。そしてはっとする。だから領地返還の話の時、ブラウンは変な顔してたんだ。というか、ブラウンは私達の気持ちに気付いてたってこと?
 何それ恥ずかしい。
 嫌な予感に顔を赤くしたり青くしたりしながら、しょんぼりと落ち込む。今から王に、領地返還を撤回するなんて言えないわよね。そもそも、私の恋愛ごとに家族を巻き込むなんて無理。絶対無理。

(こうなったら、この思いは封印するしかない!)

 私はぐっとこぶしを握る。
 アルフレッドだって、きっと結婚するまでの遊びのつもりよね……。
 例え、我が家が伯爵位に戻ったとしても、所詮は貧乏伯爵家。飛ぶ鳥を落とす勢いのオーエンス伯爵家なら、縁を結びたい公爵家以上もいるはず。持参金も用意できない嫁き遅れをわざわざ選ぶわけないわ。自分で考えて憂鬱な気持ちになる。

 首をぶんぶん降って無理やり気持ちを立て直す。
 そして、パンパンと頬を叩く。
 暗くなる必要なんてないわ。だって、領地の返還料が手に入ったんだから!上出来よ。前向きに考えましょう。ついにあの貧民街を出られる!今からなら、ミシェルの淑女教育も間に合うわ。あの子のより良い嫁入先を見つけるために、私も頑張らないと!

 そして、ハタと気づく。

(ここどこ!?)

 あわあわと部屋を見まわしたところで、扉の前に静かに控えるルーシーが目に入る。

「いや、いるんなら言ってよ!?」

 叫んだ後で、顔を両手で覆ってもだえる。
 私、絶対変な顔してた、何ならちょっと言葉に出してたかも…。
 私の動揺は気に留めず、ルーシーは完璧な笑顔を浮かべながら近づいてくる。

「現状を整理されていらっしゃるようでしたので、思考のお邪魔かと…ここは、商会の医務室です。ベッドがあるのがここしかなかったので、こちらにお運びいたしました。会頭が」
「そ、そう」
「もう少しお休みいただいてもよかったのですが、礼服ローブ・モンタントでは疲れが取れないかと思い、お起こししようかなと思ってたところだったんです」
「あ、ありがとう」

 ルーシーは私の背中に手を添えて立ち上がるのを手伝ってくれる。私は、聞きたいけど聞きたくない相手について尋ねる。

「ちなみに…アルフレッドは?」
「会頭室で執務をしながら、オリビアさんをお待ちですよ?」

 それが何か?と言わんばかりに、答えを返される。
 ううう、今は気まずくて顔を合わせられそうにない…。

「ルーシー…後生だから、着替えたらこっそり帰らせてもらえないかしら…」
「あら」

 ルーシーは目をぱちくりする。

「会頭、何かしました?」

 ルーシーの言葉に私は馬車での出来事を思い出して顔を真っ赤にする。
 そういえば、そういえば、そういえば…!!
 余計顔を合わせたくなくなってきた…。
 私の反応に何かを察したのであろう。ルーシーは、ふうとため息を吐く。

「私としては会頭を応援したい気持ちもあるのですが…。まぁ、今回は会頭が悪いんでしょう。分かりました。でも、お一人で帰ると危ないですからね。馬車を用意いたしますね」
「ありがとう…私、結構寝てた?」
「いえ、一刻ほどですわ。でも、もう外は薄暗くなってますからね」

 ルーシーは、そう言うと私の着替えを手伝って、温かい飲み物を用意した後、馬車を呼びに行ってくれた。
 本当にできた人だわ。絶対、商会の従業員より侍女が向いてる…。
 ルーシーの入れてくれた、蜂蜜入りのホットミルクを口に含み、息を吐く。ゆっくりと飲み終わるころに辻馬車が到着した。


「お帰り、今日は遅かったんだね」

 家に帰って、出迎えてくれるお父様にしがみつく。

「えぇ?今日はどうしたんだい?」

 動揺しながらも、抱きしめてくれるお父様に甘えながら言う。

「お父様、私、敵を取ってきたわ」

 きょとんとするお父様に、これまでの顛末を話す。
 領地で宝石が出たこと、カーターに裏切られていたこと、ナタリー様は元々騙すために嫁いできたこと…アルフレッド学園の後輩が助けてくれたこと。
 お父様は、うんうんと頷きながら聞いてくれた。

「ごめんなさい、勝手に、領地は返還しちゃったの」
「いいよ。君の思う通り、きっと領地があればまた同じようなことになるだろう。頑張ってくれてありがとう。頼りない父親でごめんね」

 お父様の胸に顔を摺り寄せながらブンブン首を振る。
 そう、これでよかった。ポロリと一粒涙がこぼれた。このままお父様に擦り付けちゃえ。
 そして、顔を上げて元気に言う。

「そうだ、領地の返還料が入るのよ!引越ししましょう!」
「うーん…それだけどね。返還料は君の持参金としてとっておいた方が良いんじゃないか?」

 心配そうな顔をするお父様に、にっこり笑う。

「私は結婚しないかもしれないし、持参金が必要なら稼ぐわ!ミシェルだって、貴族に嫁ぐのでなければ、そんなに持参金も必要ないし…それよりは、育ってきた環境って重要なんだから。ミシェルがより良い結婚ができるように、もっと治安の良い場所に引っ越しましょう!」
「…君がそれでいいのなら」

 お父様は、なんだか腑に落ちない顔をしていたけど。
 これでいいのよ。これでいいの。
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