守護者の乙女

胡暖

文字の大きさ
上 下
53 / 74
3章 悪魔裁判

3.呼び出し

しおりを挟む
 王宮からの緊急の呼び出しに、アンディシュは舌打ちをする。

 ――――先手を打たれたな

 ユーハンからエヴァが異教徒である、という話を聞いたアンディシュは、その報告と改宗の相談のためにマクシミリアンに謁見えっけんの申し込みをしていた。しかし、悠長ゆうちょう沙汰さたを待っていたことが裏目に出たらしい。

 ――――痛くもない腹を探られるのも面倒だと思っていたが、さらに面倒なことになったな

 アンディシュは神殿から送り付けられた告発状と、王宮からの召集令状をくしゃりと握りつぶし、机の上に放った。

 神殿長のクリストフ・バックマンが動いているのだろう。恐ろしい勢いで、悪魔裁判の噂も広がっているようだ。

 アンディシュが忌々しさから、再び舌打ちをしたところで、ドアがノックされた。応答すると、ユーハンが中に入ってくる。

「どうした」
「いえ、エディに対して悪魔裁判が行われると……」

 その言葉にアンディシュは軽く頷くと、机の上の書状を顎で示した。ユーハンは、少し眉を顰めた後、書状を手に取り丁寧に伸ばした。内容を確認して、ボソリと呟く。

「……彼が異教徒である旨は、お伝えしていたかと思いますが?」
「先手を取られた。王への謁見前に、神殿長に動かれた」

 ユーハンはため息を吐き、眉間を抑える。

「私の予想では、王女との婚約がある以上、エディ個人への攻撃は、さすがに王が止めるかと思っていましたが……悪魔裁判となると……」
「あぁ。エディは死ぬだろうな」

 ユーハンは、眉をピクリと動かす。表情には出なかったが、その手元では、丁寧に伸ばされた書状が再び握りつぶされていた。

 悪魔裁判とは、要は神殿による背教者の処刑を、もっともらしく見せるためのデモンストレーションだ。悪魔ではないと証明するために拷問にかけられるが、
 生き残れるのは悪魔だけだからだ。

 生き残れば、どのみち殺されることになる。

「王は王女とエディとの婚約を破棄しても良い……オールストレーム公爵家と対立しても良いと考えているということか……」

 ぶつぶつと呟きながら自分の思考をまとめると、ユーハンはアンディシュをじっと見据える。

「父上。今回の爆発騒ぎは、ラーシュの力の暴走だと聞きました。この屋敷まで光が届くほどの爆発など、人に起こせるわけがない。そして、今回の王家の対応を見るに……ラーシュは従妹殿……キルスティ王女の息子なのですね?」

 ユーハンの言葉に、アンディシュはふっと口元を上げるだけで答える。
 ユーハンはその顔を見て大きくため息を吐いた。皆まで言わなくても分かる。まさかとは思っていたが、本当にそうらしい。
 しかし、そもそもなぜ、そんな大切なことを家族にも秘密にしていたのか。ユーハンはアンディシュに詰め寄りそうになる自分を抑える。どうせ、聞いたところで答えなど返ってこないからだ。

「……おかしいと思ったのです。あなたが他所で子供を作ってくるなどと……。ラーシュは、腕にいくつもの魔力抑制の魔道具をつけていましたが、まさかあのような大きな爆発を起こせるほどの魔力を秘めているなんて……」
「大方、王もそれで気づいたのであろうな。義はこちらにあるゆえに何も言って来ぬが、今回神殿をいさめもせず好きにさせているということはそう言うことだろう」
「しかし、なぜラーシュではなくエディを……」
「いや、それはただの嫌がらせであろう。向こうもこちらの出方を伺っているようだ」

 王だって馬鹿ではない。いきなりオールストレーム公爵家と事を構えることはないだろうと、アンディシュは考えている。

「……どうなさるおつもりですか、エディの事」
「さてな……奴の首一つですむのなら安いものだが」

 アンディシュの言葉にユーハンはこぶしを握る。
 家門第一主義の父だ、この答えは予想できていた。
 しかし、ユーハンにはそこまで割り切れない。短い間とはいえ、共に過ごしてきたのだ。しかも、まだ彼はあんなにも幼い。
 ユーハンの頭の中に、救いきれなかった幼いラーシュの姿が浮かぶ。あの日、本人から助けを求められるまで、ユーハンはラーシュの置かれた状況を深く考えることもなかった。すべて終わってから気づいたところで、もう過ぎ去った時間は戻ってこない。あんな後悔はもうこりごりだった。

「エディの魔獣を使役できる能力は、後々の役に立つのではないのですか?」

 エヴァを擁護ようごするようなユーハンの言葉にアンディシュは片眉を上げる。

「何だ。お前も奴の肩を持つのか?」
「……お前?」
「ふん、ラーシュも随分ずいぶんと奴に肩入れしているようだな。情に引っ張られるようなら早々に処分するが?」

 アンディシュの鋭い目を、よく似た相貌そうぼうで見返しながらユーハンは答える。

「ならば、既に遅かったと言わざるを得ないでしょう。今、公爵家を二分するのは得策ではないかと存じますが?」

 暗に、エヴァを処分するなら父と敵対すると言うユーハンにアンディシュは目を見開く。喜怒哀楽の薄い息子で、何なら自分の考え方に近い考えをすると思っていただけに、それ程の反発をあらわにするとは思っていなかったのだ。

「……神殿に目をつけられたのだ。逃げ切れるとは思うなよ」
あらがい逃げ切れなかったのと、最初から差し出すのとでは訳が違いましょう」

 一歩も引かないユーハンにアンディシュは溜め息をつく。

「まぁ、いい。奴の処遇をどうするかは、王の出方次第で決めることにする」

 王宮からの召集令状に書かれていたのは、神殿からの告発に対し、事実か否かを説明せよと言うものだ。最初からこちらの非をつらね、すぐに裁判にかけよというような文面にはなっていない。

 アンディシュの言葉に少し眼差しを緩めたユーハンを部屋から追い出すと、アンディシュは気だるげに王宮に向かう準備を始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある侯爵令息の婚約と結婚

ふじよし
恋愛
 ノーリッシュ侯爵の令息ダニエルはリグリー伯爵の令嬢アイリスと婚約していた。けれど彼は婚約から半年、アイリスの義妹カレンと婚約することに。社交界では格好の噂になっている。  今回のノーリッシュ侯爵とリグリー伯爵の縁を結ぶための結婚だった。政略としては婚約者が姉妹で入れ替わることに問題はないだろうけれど……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...