守護者の乙女

胡暖

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1章 貴族の養子

25.宮廷魔道具士長

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「初めまして!エディ君」

 騎士団で、稽古をつけてもらうようになって、しばらくしたある日のこと。
 演習場でラーシュと素振りをしていると、エヴァはいきなり声をかけられた。

 エヴァは剣を下ろして、汗をぬぐいながら声の方に顔を向ける。横で、ラーシュも同じように剣を下ろしたのが見えた。

 気まずそうに頬をかくランバルドより、一歩下がったところに、青色の髪を緩く三つ編みにし、緑色の目に眼鏡をかけた男性が満面の笑みで立っている。その横で、腕を組み怖い顔をしている、ウルリクとの対比がすごい、とエヴァは思った。
 面倒事の予感しかしなくて、いっそ聞かなかったことにしようかとチラリと視線をそらしたが、その先にいたラーシュに、無言で頭を横に振られた。

「あーー。この方は、宮廷魔道具士長のバルトサール・オースルンド殿だ。研究馬…ゴホン、とても研究熱心な方でな。エディの魔獣を使役する能力に興味がおありらしい」
「えぇえぇ、全く。侯爵家当主でありながら、あまりの熱心に領地にも帰らず、城でずっと研究に励まれている変わり者……おっと、失礼」

 ランバルドがうっかり、ウルリクはあえての本音を交えて、バルトサールについて説明してくれる。

「全く。こちらの話も聞かず、一方的に押しかけて来るなど……」
「あはは、ごめんごめん、ウルリク副団長。週に2回騎士団に稽古に来てるっていうからさ、つい」

 アポ無し訪問に、イライラと眼鏡を押し上げるウルリクを全く気にせず、バルトサールはエヴァにずいっと近づく。

「すごいね、綺麗な虹色の目だ」

 びっくりして一歩後ろに下がったエヴァをかばうように、ラーシュが少し前に出る。
 バルトサールはそこで初めて、ラーシュに気が付いたかのように、おやっと首をかしげる。

「ラーシュ・オールストレームです。エディの兄です」
「あぁ、君が。あはは、小さくても立派に騎士だねぇ」

 バルトサールの笑い声に、どことなくバカにされたように感じたラーシュはムッとする。

「んー?ラーシュ君。君、魔力封じの魔道具をつけているの?」
「魔力封じ?」

 バルトサールの言葉を復唱するエヴァの声に、ラーシュは肩を揺らす。じっと、こちらを見てくるエヴァから顔をそらし、ラーシュは、答える意思のないことを示す。
 バルトサールはそんなひそかなやり取りなど意に介さないようだ。嬉しそうに言葉を続ける。

「素晴らしい!封じるほど魔力があるならば、魔力放出型の魔道具も使用できそうだね!作ったはいいが使える者がいなくて、眠っているのがあるんだ」
「ゴホン、規則で騎士団の外に魔道具は出せませんな」

 ランバルドが話を遮るように、咳払いをする。
 話についていけないエヴァとラーシュはポカンとして、大人たちを見上げた。

「魔道具?何の話……ですか?」

 眉間を抑え、心底頭が痛いとでも言うように、ウルリクがバルトサールの説明をする。

「あー。騎士団員は、対魔獣戦のために、剣ともう一つ自分の能力に合わせた魔道具を持つんだ。氷の効果が付与された剣、火の矢を飛ばす弓……色々ある。そもそも、バルトサール殿の就いている宮廷魔道具士長というのは、魔石と魔獣の研究を行い、騎士団で使用する魔道具の作成・改良をする部署だ」

「へー。団長と副団長はどんな魔術具を使うんですか?」

 何の気なしにエヴァがそう聞くと、急に空気がピリッとした。

 「……騎士団員以外には、誰がどんな武器を使うかは秘密だ」

 固い声でそう言ったランバルドの様子から、聞いてはいけなかったかなと、エヴァは曖昧あいまいに頷いた。
 そんな微妙な空気など、全く気にもしていないようにバルトサールは目を輝かせ、ウルリクの体を押しのけて、エヴァとラーシュに話しかけてくる。

「僕は、体力の劣る子供こそ、魔道具の力をみがくべきだと思うんだよね!」
「だーかーらー、騎士団員でもない者に魔道具が渡せるか!」
「遅いか早いかの違いでしょ?」
「大違いだ!しかも、見習いであっても、15歳まで魔道具は渡さん!!」
「ちえー」
「良い年をした大人が可愛い子ぶるな」

 マイペースなバルトサールに、ついにランバルドが切れた。見事に敬語が取れている。

「まぁ、でも。エディ君にはぜひ魔獣の研究に付き合ってほしいなぁ。……それに、自分自身の価値を上げることで助かるのは君自身だと思うよ」

 エヴァの手を握ってぶんぶん、上下に振りながらバルトサールは言う。

「……自分自身の価値を上げる」
「そう。君は、魔獣を使役する孤児から、公爵家の養子になり、アンナリーナ様の婚約者候補となった。ねたまれる要素は十分だ。このまま出るくいとして打たれるか、多方面に影響力を持ち尊重されるかは君次第だよ」
「……」

 バルトサールは声の調子はそのままだったが、何かすごく大切なことを言っている気がする。
 しかし、ちょっと待って。
 先ほどの言葉の中に、エヴァには聞き逃せない言葉があった。

「……婚約者候補?」
「あれ?確定だった?」

 バルトサールとエヴァは向き合ったまま、お互いに首を傾げる。
 さらには、ランバルドとウルリクまでも、「決まったのか?」と聞いてくる。
 エヴァはラーシュを見る。ラーシュは大きくため息を吐く。

「婚約者候補になったということは、俺も初耳だが……王女と噂になるというのはだ。噂になっているのが分かっても、お前、王女と会う頻度ひんどを減らしていないだろう?」

 確かにエヴァは、稽古がない日は毎日のように王城に上がり、アンナリーナとのお茶を続けている。
 噂が広がる事自体は、アンナリーナの意図通りなのだと思って気にしていなかったが、婚約はどうなのだろう。
 アンナリーナには好きな人がいるらしいし、何よりエヴァはは女である。結婚はできない。

「照れなくてもいいんだぞ、エディ。王女も予定が空いている時には頻繁ひんぱんに稽古の見学も来られるしな。仲良くやっているんだろう?」

 ランバルドに小突かれ、エヴァは口ごもる。

「……仲は……いいですけど」

 確かにアンナリーナは、騎士団の見学によくやってくる。しかし、その際エヴァと声を交わすことは多くない。エヴァは、アンナリーナの好きな人は騎士団にいるのではないかと思っていた。
 アンナリーナに確認したことはないし、ここでその予測を口にするのはアンナリーナへの裏切りになると思うので、言いはしないが。

 エヴァは、途方に暮れた顔をする。
 大人たちは何やら慌てだし、とりあえずバルトサールを追い出した後、稽古を再開した。

 バルトサールは、「また来るねー」と朗らかに手を振って去っていった。


 そして、その夜。
 エヴァは、アンディシュに呼び出され、アンナリーナとの婚約内定が伝えられた。
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