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1章 貴族の養子
10.ラーシュ2
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「まずはお互いの事を知ることから始めよう!」
ラーシュが逃げなくなったので、ここぞとばかりにエヴァは、ラーシュとの距離を縮めることにした。
「…俺は別に知りたくない」
エヴァの言葉にラーシュはふいっと顔を背けてそう言った。
ラーシュは、エヴァが側にいることは諦めたが、馴れ合うつもりはなかった。
しかし、エヴァはそんなラーシュの態度には微塵も怯まない。気にせず会話を続ける。
「まぁ、そう言わず。ラーシュは今いくつ?」
「…………12歳」
「あ、3つ年上なんだね。じゃぁ、公の場では兄上って呼ばないと」
エヴァがそう言うと、ラーシュにひどく憮然とした顔で見られた。
「お前のしでかすことの責任なんか取れないぞ」
「まだ、わ…僕何もしてないよね?」
どうだかな、と視線をそらされる。
「えー。……じゃぁ次。ラーシュの本当のお母さんはどんな人?」
「………お前はまた…!」
そう言って、ラーシュはエヴァを睨み付ける。
しかし、すぐ諦めたようにため息を吐いた。
エヴァの瞳にはラーシュを侮辱する気配はない。本当に、単なる疑問なのだと分かったからだ。それに、使用人や他の人間にあれこれ脚色した噂話を聞かされても困る、と思い直した。
「…知らない。俺を産んですぐ亡くなったから。お前は?」
人の事を聞くのだ、自分の事を聞かれたらどう思うのか。ラーシュは、エヴァが孤児だと分かっていて聞き返した。
「君と同じだよ。僕を産む時の産褥の熱で亡くなったんだって。だからどんな人か知らないんだ」
「…」
あっけらかんと返されて、ラーシュは思わず黙り込む。
未だ、自分一人が家族になりきれないことに、モヤモヤした思いを持っていることが、駄々をこねる子供のようではないかと、そう感じられて。
自分とこいつの境遇は違うと思いながらも、同時に、こんな風にあっけらかんと割りきれば、もう少し楽だったのだろうか、と思うことは止められなかった。
「お前は、苦しかったり、悲しかったりしないのか。その、親がいないことで」
ラーシュの言葉に、エヴァはパチリと瞬き、そして破顔する。
「だから、ここにいるんだよ。本当の家族って、どう言うものだろうと思ってさ。ラーシュは、お母さんがいないことで、悲しかったり、苦しかったりするの?」
「……昔はな。幼い時、なぜアグネスが自分にだけ話しかけてくれたり、笑いかけてくれたりしないのかが分からなくて……ある時、ルーカスから妾の子と言われたから、それが悪いのかと泣いて乳母に聞いたが…」
そこまで言って、ハッとしたように言葉を止める。ピシリと、音を立てて腕輪が軋む。
――――何を言っているのだろう、自分は。
感情を揺らすな。強すぎる力は自分では制御できない。
不自然に言葉を切ったラーシュを、エヴァは不思議そうに覗き込む。
「…思ってたんだけど、その腕輪って何?魔道具?」
「気にするな。そんなものだ」
ラーシュは、エヴァの質問に曖昧に返す。
「ふーん、まぁ、自分だけ周りと違うなって、感じる辛さは、僕も何となく分かるよ」
エヴァはそこで一度言葉を区切って、にこりと笑う。
「僕はさ、家族だけじゃなく、同世代の友達もいないんだよね。だから、こうしてラーシュと過ごせるの、すごく嬉しいんだ!」
話題が逸れたことにほっとしながらも、ラーシュは悪態をつく。
「別に俺とお前は友達じゃない」
「えー」
「………それに、城での茶会に参加すれば、嫌というほど会えるぞ。同世代と」
実は、エヴァと同じく友達がいないラーシュは、そ知らぬふりをして答える。
「お城での茶会?」
「あぁ、王女の婚約者探しらしい。次は2ヶ月後にあるはずだ」
現王に王女は3人いる。どの王女も年頃ながら婚約者はおらず、有力貴族を集めての茶会は、これまでに幾度か開催されていた。
次の茶会の主催者は、第一夫人の王女だったはずだ。
――――本来であれば、第一夫人から産まれた娘は、神族に嫁ぐはずだが…王は野心家だからな。
「僕も行くの?」
「…多分な」
頷きながらも、もしや王族にもこの態度で接するのではないかと、ラーシュはこめかみを押さえる。
一方、のんきなエヴァは、王都に来た時、その美しさに見惚れた城に行けると、嬉しそうだ。実は、中がどんな風なのかと気になっていたのだ。
「楽しみだな」
ラーシュが逃げなくなったので、ここぞとばかりにエヴァは、ラーシュとの距離を縮めることにした。
「…俺は別に知りたくない」
エヴァの言葉にラーシュはふいっと顔を背けてそう言った。
ラーシュは、エヴァが側にいることは諦めたが、馴れ合うつもりはなかった。
しかし、エヴァはそんなラーシュの態度には微塵も怯まない。気にせず会話を続ける。
「まぁ、そう言わず。ラーシュは今いくつ?」
「…………12歳」
「あ、3つ年上なんだね。じゃぁ、公の場では兄上って呼ばないと」
エヴァがそう言うと、ラーシュにひどく憮然とした顔で見られた。
「お前のしでかすことの責任なんか取れないぞ」
「まだ、わ…僕何もしてないよね?」
どうだかな、と視線をそらされる。
「えー。……じゃぁ次。ラーシュの本当のお母さんはどんな人?」
「………お前はまた…!」
そう言って、ラーシュはエヴァを睨み付ける。
しかし、すぐ諦めたようにため息を吐いた。
エヴァの瞳にはラーシュを侮辱する気配はない。本当に、単なる疑問なのだと分かったからだ。それに、使用人や他の人間にあれこれ脚色した噂話を聞かされても困る、と思い直した。
「…知らない。俺を産んですぐ亡くなったから。お前は?」
人の事を聞くのだ、自分の事を聞かれたらどう思うのか。ラーシュは、エヴァが孤児だと分かっていて聞き返した。
「君と同じだよ。僕を産む時の産褥の熱で亡くなったんだって。だからどんな人か知らないんだ」
「…」
あっけらかんと返されて、ラーシュは思わず黙り込む。
未だ、自分一人が家族になりきれないことに、モヤモヤした思いを持っていることが、駄々をこねる子供のようではないかと、そう感じられて。
自分とこいつの境遇は違うと思いながらも、同時に、こんな風にあっけらかんと割りきれば、もう少し楽だったのだろうか、と思うことは止められなかった。
「お前は、苦しかったり、悲しかったりしないのか。その、親がいないことで」
ラーシュの言葉に、エヴァはパチリと瞬き、そして破顔する。
「だから、ここにいるんだよ。本当の家族って、どう言うものだろうと思ってさ。ラーシュは、お母さんがいないことで、悲しかったり、苦しかったりするの?」
「……昔はな。幼い時、なぜアグネスが自分にだけ話しかけてくれたり、笑いかけてくれたりしないのかが分からなくて……ある時、ルーカスから妾の子と言われたから、それが悪いのかと泣いて乳母に聞いたが…」
そこまで言って、ハッとしたように言葉を止める。ピシリと、音を立てて腕輪が軋む。
――――何を言っているのだろう、自分は。
感情を揺らすな。強すぎる力は自分では制御できない。
不自然に言葉を切ったラーシュを、エヴァは不思議そうに覗き込む。
「…思ってたんだけど、その腕輪って何?魔道具?」
「気にするな。そんなものだ」
ラーシュは、エヴァの質問に曖昧に返す。
「ふーん、まぁ、自分だけ周りと違うなって、感じる辛さは、僕も何となく分かるよ」
エヴァはそこで一度言葉を区切って、にこりと笑う。
「僕はさ、家族だけじゃなく、同世代の友達もいないんだよね。だから、こうしてラーシュと過ごせるの、すごく嬉しいんだ!」
話題が逸れたことにほっとしながらも、ラーシュは悪態をつく。
「別に俺とお前は友達じゃない」
「えー」
「………それに、城での茶会に参加すれば、嫌というほど会えるぞ。同世代と」
実は、エヴァと同じく友達がいないラーシュは、そ知らぬふりをして答える。
「お城での茶会?」
「あぁ、王女の婚約者探しらしい。次は2ヶ月後にあるはずだ」
現王に王女は3人いる。どの王女も年頃ながら婚約者はおらず、有力貴族を集めての茶会は、これまでに幾度か開催されていた。
次の茶会の主催者は、第一夫人の王女だったはずだ。
――――本来であれば、第一夫人から産まれた娘は、神族に嫁ぐはずだが…王は野心家だからな。
「僕も行くの?」
「…多分な」
頷きながらも、もしや王族にもこの態度で接するのではないかと、ラーシュはこめかみを押さえる。
一方、のんきなエヴァは、王都に来た時、その美しさに見惚れた城に行けると、嬉しそうだ。実は、中がどんな風なのかと気になっていたのだ。
「楽しみだな」
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