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本編
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夜会は無事に終わり、皆様をお送りしてお仕事は終わり。
わたくしが楽な格好に着替え終わると、ディートリヒ様は先にお酒を嗜んでおられました。
視線を自分の横に落とすのはまた付き合えと仰っているのでしょう。
それにわたくしも、あとでお話しますからとお約束しましたしガゼル様とお話したことを伝えなければいけません。
ですのでその横に座り、何か言われる前にと先に話を切り出しました。
レオノラ嬢の事を問えば教育と。
それから、わたくしに触れて、あなたに飽きたらと言われた事を伝えるとディートリヒ様は不快を露わにされました。
お伝えしなくてもよかったのですが、これがもし他方から耳に入れば何故言わなかったのかと、そう仰られると思ったからです。
「触られたのか? だから一人ではと」
「あの方に触れられるのは、わたくしは嫌ですわ。ぞわぞわしましたもの」
「……俺は、いいのか?」
「え?」
「俺はお前に触れていいのか?」
「駄目と言っても、触れますでしょう?」
その言葉にはそうだなと頷かれ意地悪するような笑みを浮かべられました。
何かわたくし、そのような顔をされるような事を言ったかしら、と身構えてしまいます。
「では今、触れてもいいか?」
「よろしくありません。まだお話が終わってませんから」
「そうか、なら話が終わればいいんだな?」
わたくしの言葉を逆手にとって、そう仰る。嫌ですと言っても触れてくるつもりなのはわかっていますのよ。
ですから、わたくしもそれに応戦するだけです。
「話が終わってもわたくしは良いと言いませんわ。諦めてくださいまし」
「諦めろと言われて、諦めるほど俺は易くない」
「そうでしたわね。無理強いすればわたくしに嫌われましてよ?」
「そうくるか」
「ええ」
「……では何か手を考える間に、続きを聞こう」
切り替えの早い。
わたくしを追い詰めきることを無理と覚ったのか、ディートリヒ様はお話を本筋へと戻されました。
横道にそれたのはご自分の勝手でしたが、思いのほか早く軌道修正してきたなと、わたくしは思うのです。
「ガゼル様に、あなたがわたくしに隠し事をしていると言われましたの」
隠し事を色々としているのはもちろん知っていますが、ガゼル様の示したものは何でしょうね、と。
わたくしはそう続けました。
ディートリヒ様は、さぁ、どれだろうなと。明確なお答えを下さることはありません。そうだとは思っていましたが。
「ガゼルが知っている俺の隠し事、か……」
「先日言ってくださった事かしら。三人の中にガゼル様はもちろん、入っていないのでしょう?」
「ああ。しかし、もしそれを知っているなら……」
問題だな、と。ディートリヒ様は仰います。しかし、それを誰かに言ったとしても確かめようはない。
そして、もしそれが表に出たところで多少は力が削がれるだろうが、地位がどうこうということは無いと断言されました。
「……それは多少ではないのではなくて?」
「いや、多少だ」
何を隠していらっしゃるのか。わたくしはそれをまだ、知りません。
察することができるならしてみろ、と仰られ。きっといつかはお話しくださるのでしょうが。
本当に? 本当に多少ですの?
わたくしが気付く可能性がある程度の情報はくださっている。ということは、わたくし以外にもそれに気付く方はいらっしゃる。
そうなると、とても大きな秘密、ではないような気もしてきました。
しかし、ガゼル様は知っていてわたくしは知らない。それは少し、腹立たしいような。
まるで、そんなことも気付いてないのかと言われてしまうような。そんな気持ちになりました。
「命取りではない。その秘密を皆が知っても問題はないけれど、その秘密が表に出ることは避けたい、くらいですのね」
「そうだな……だがお前にしてみれば叫びたくなるような秘密だと思う」
「わたくしが叫ぶ?」
「ああ、きっとな」
その言葉で、一層どんなことかわからなくなってしまったのですが。
困ったような顔をしているとディートリヒ様は手を伸ばし、わたくしの頬に手を添え親指で目尻を撫でていきます。
やめてくださいと払うのも面倒でさせたいようにしていたら、気をよくしたのかその手は耳を撫で、首筋を降り、肩から腕、腰へと向かいわたくしを引き寄せました。
「お前はもっと俺に甘えていい」
「甘えるとは……いったいどのようにして欲しいのです? できる範囲でしたら……ディートリヒ様がどうしてもと仰るなら、甘えて差し上げますわ」
「そうか。ではどうしても甘えて欲しい」
心がこもってませんわとわたくしが言うと、ディートリヒ様は笑って。
そしてこうするといいと、わたくしの頭をご自分の肩口へと置いたのです。
それからゆるゆるとわたくしの頭を撫でながら、髪を梳いたりと。何もお話にはなりませんがご機嫌のようでした。
なんだかじれったいような、くすぐったいような。そんな空気感に先に参ってしまったのはわたくしでした。
「あの、ディートリヒ様。わたくしは別段、これは甘えておりませんよ?」
「そうだろうな。お前の気持ちに甘えるという、そんなものが簡単に芽生えるとは思えない」
「わかってらっしゃるなら」
「けれど、俺に身を委ねる、頼ることは忌避することではない。公私共にな」
わたくしの言葉に言葉を重ねて、言わせてはくださらない。そういうのは意地悪だと、思うのですが。
ちらりと見上げた瞬間、視線が合う。それから逃げるようにわたくしが瞳伏せると頭の上で小さく、笑い零すのが聞こえました。
「お前の顔やら身体やらはもともと好みだったのだが、最近はその性格も面倒くさくてかわいらしいなと思うようになってきた」
「それは……とても良いご趣味で、と言わせていただきますわ」
「そういう所がな。アーデルハイトは、俺の事はひとつも好きではないのか?」
「……お顔は大変好みですわ」
「そうか」
「性格は、今の所退屈はしておりませんから及第点としておきましょう」
ディートリヒ様は楽しげで。
わたくしは自分自身の性格が、あまり良い物だとは思っていません。それをかわいいとか仰るような方も、何を考えているのかと思います。
そもそも、今この方はどういう感じなのかと、察するようになってしまった程度には、お互いのことを知りあってしまったのだと思うのです。
お前との関係を変えたい、と仰られたときは何を言っているのかとは、確かに思いました。
しかし出会った時より、お互いに知り得たことも増えているのですからそう思ってもおかしくはないのかもしれません。
わたくしだけ、嫌だと言って頑なである事のほうが意固地で見苦しいことになるかもしれませんし。
けれど、恋情や愛情といったものをわたくしがこの方に抱けるようになるのかといえば、そうは思えないのです。
人の心は、移ろいやすいものでもありますから。絶対にとは言えない事ではあります。
もしわたくしが、この方を愛するなんてことになればそれは――世界が。
「ひっくりかえるようなこと、でしょうね」
「ひっくりかえる?」
「なんでも、ありませんわ」
知らずに零れてしまった言葉は聞こえてしまっていたようです。わたくしは誤魔化すように紡いで、そろそろ離してくださいましとその手を払い落としました。
わたくしが楽な格好に着替え終わると、ディートリヒ様は先にお酒を嗜んでおられました。
視線を自分の横に落とすのはまた付き合えと仰っているのでしょう。
それにわたくしも、あとでお話しますからとお約束しましたしガゼル様とお話したことを伝えなければいけません。
ですのでその横に座り、何か言われる前にと先に話を切り出しました。
レオノラ嬢の事を問えば教育と。
それから、わたくしに触れて、あなたに飽きたらと言われた事を伝えるとディートリヒ様は不快を露わにされました。
お伝えしなくてもよかったのですが、これがもし他方から耳に入れば何故言わなかったのかと、そう仰られると思ったからです。
「触られたのか? だから一人ではと」
「あの方に触れられるのは、わたくしは嫌ですわ。ぞわぞわしましたもの」
「……俺は、いいのか?」
「え?」
「俺はお前に触れていいのか?」
「駄目と言っても、触れますでしょう?」
その言葉にはそうだなと頷かれ意地悪するような笑みを浮かべられました。
何かわたくし、そのような顔をされるような事を言ったかしら、と身構えてしまいます。
「では今、触れてもいいか?」
「よろしくありません。まだお話が終わってませんから」
「そうか、なら話が終わればいいんだな?」
わたくしの言葉を逆手にとって、そう仰る。嫌ですと言っても触れてくるつもりなのはわかっていますのよ。
ですから、わたくしもそれに応戦するだけです。
「話が終わってもわたくしは良いと言いませんわ。諦めてくださいまし」
「諦めろと言われて、諦めるほど俺は易くない」
「そうでしたわね。無理強いすればわたくしに嫌われましてよ?」
「そうくるか」
「ええ」
「……では何か手を考える間に、続きを聞こう」
切り替えの早い。
わたくしを追い詰めきることを無理と覚ったのか、ディートリヒ様はお話を本筋へと戻されました。
横道にそれたのはご自分の勝手でしたが、思いのほか早く軌道修正してきたなと、わたくしは思うのです。
「ガゼル様に、あなたがわたくしに隠し事をしていると言われましたの」
隠し事を色々としているのはもちろん知っていますが、ガゼル様の示したものは何でしょうね、と。
わたくしはそう続けました。
ディートリヒ様は、さぁ、どれだろうなと。明確なお答えを下さることはありません。そうだとは思っていましたが。
「ガゼルが知っている俺の隠し事、か……」
「先日言ってくださった事かしら。三人の中にガゼル様はもちろん、入っていないのでしょう?」
「ああ。しかし、もしそれを知っているなら……」
問題だな、と。ディートリヒ様は仰います。しかし、それを誰かに言ったとしても確かめようはない。
そして、もしそれが表に出たところで多少は力が削がれるだろうが、地位がどうこうということは無いと断言されました。
「……それは多少ではないのではなくて?」
「いや、多少だ」
何を隠していらっしゃるのか。わたくしはそれをまだ、知りません。
察することができるならしてみろ、と仰られ。きっといつかはお話しくださるのでしょうが。
本当に? 本当に多少ですの?
わたくしが気付く可能性がある程度の情報はくださっている。ということは、わたくし以外にもそれに気付く方はいらっしゃる。
そうなると、とても大きな秘密、ではないような気もしてきました。
しかし、ガゼル様は知っていてわたくしは知らない。それは少し、腹立たしいような。
まるで、そんなことも気付いてないのかと言われてしまうような。そんな気持ちになりました。
「命取りではない。その秘密を皆が知っても問題はないけれど、その秘密が表に出ることは避けたい、くらいですのね」
「そうだな……だがお前にしてみれば叫びたくなるような秘密だと思う」
「わたくしが叫ぶ?」
「ああ、きっとな」
その言葉で、一層どんなことかわからなくなってしまったのですが。
困ったような顔をしているとディートリヒ様は手を伸ばし、わたくしの頬に手を添え親指で目尻を撫でていきます。
やめてくださいと払うのも面倒でさせたいようにしていたら、気をよくしたのかその手は耳を撫で、首筋を降り、肩から腕、腰へと向かいわたくしを引き寄せました。
「お前はもっと俺に甘えていい」
「甘えるとは……いったいどのようにして欲しいのです? できる範囲でしたら……ディートリヒ様がどうしてもと仰るなら、甘えて差し上げますわ」
「そうか。ではどうしても甘えて欲しい」
心がこもってませんわとわたくしが言うと、ディートリヒ様は笑って。
そしてこうするといいと、わたくしの頭をご自分の肩口へと置いたのです。
それからゆるゆるとわたくしの頭を撫でながら、髪を梳いたりと。何もお話にはなりませんがご機嫌のようでした。
なんだかじれったいような、くすぐったいような。そんな空気感に先に参ってしまったのはわたくしでした。
「あの、ディートリヒ様。わたくしは別段、これは甘えておりませんよ?」
「そうだろうな。お前の気持ちに甘えるという、そんなものが簡単に芽生えるとは思えない」
「わかってらっしゃるなら」
「けれど、俺に身を委ねる、頼ることは忌避することではない。公私共にな」
わたくしの言葉に言葉を重ねて、言わせてはくださらない。そういうのは意地悪だと、思うのですが。
ちらりと見上げた瞬間、視線が合う。それから逃げるようにわたくしが瞳伏せると頭の上で小さく、笑い零すのが聞こえました。
「お前の顔やら身体やらはもともと好みだったのだが、最近はその性格も面倒くさくてかわいらしいなと思うようになってきた」
「それは……とても良いご趣味で、と言わせていただきますわ」
「そういう所がな。アーデルハイトは、俺の事はひとつも好きではないのか?」
「……お顔は大変好みですわ」
「そうか」
「性格は、今の所退屈はしておりませんから及第点としておきましょう」
ディートリヒ様は楽しげで。
わたくしは自分自身の性格が、あまり良い物だとは思っていません。それをかわいいとか仰るような方も、何を考えているのかと思います。
そもそも、今この方はどういう感じなのかと、察するようになってしまった程度には、お互いのことを知りあってしまったのだと思うのです。
お前との関係を変えたい、と仰られたときは何を言っているのかとは、確かに思いました。
しかし出会った時より、お互いに知り得たことも増えているのですからそう思ってもおかしくはないのかもしれません。
わたくしだけ、嫌だと言って頑なである事のほうが意固地で見苦しいことになるかもしれませんし。
けれど、恋情や愛情といったものをわたくしがこの方に抱けるようになるのかといえば、そうは思えないのです。
人の心は、移ろいやすいものでもありますから。絶対にとは言えない事ではあります。
もしわたくしが、この方を愛するなんてことになればそれは――世界が。
「ひっくりかえるようなこと、でしょうね」
「ひっくりかえる?」
「なんでも、ありませんわ」
知らずに零れてしまった言葉は聞こえてしまっていたようです。わたくしは誤魔化すように紡いで、そろそろ離してくださいましとその手を払い落としました。
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