237 / 245
掌編
if
しおりを挟む
ifの話
出会いが違っていたら、というもの。
退屈、とわたくしは零す。
仮面舞踏会なんて面白そうと思って招待に応じたけれど、特に面白くもない。
誰が誰なのかわかってしまうから、かしら。
今日のお供、フェイルに犬の仮面を見繕ってつけさせたところまでは面白かったのだけれど。
飲み物を何かとお願いして、動かず待っていてと言われ壁の花になったつもりが声をかけられ続けて面倒くさい。
わたくしだってわかって声をかけているのかしら。それとも、わかっていないのかしら。
仮面ひとつで誰かわからないなんて、ありえないでしょう?
誘ってくる殿方たちからそろりと逃げ、会場にいるのも飽きたわと人のいないテラスに出る。
風が心地よくてふふと笑いが零れてしまった。
ちょっと涼んだら帰りましょう。飽いてしまったもの。
テラスは周囲の草木が近くて、良い香りがする。
あら、と思えば白い花が咲いているのが見えそちらへ。あの花の香りね、これは好きだわ。
もう少し、と手を伸ばすけれど届かない。少し身を乗り出せば、いけるかしら。
フェイルがいたらとってくれそうなのだけど、今はいませんし。
少しだけ身を乗り出して手を伸ばすけれど届かない。
もう少し、ちょっとだけと前に体重をかけた瞬間、踵が浮いた。
あ、これはまずいと思った瞬間、わたくしの身体は引き戻される。
腰を抱えられ引き戻される。誰かに抱きすくめられるような、そんな安堵感。
「……危ない。何をしている、落ちる気か」
不機嫌そうな、呆れたような声色。わたくしの上から響いたそれを追って、そっと視線をあげる。
「ふふっ、なにその仮面……趣味がよろしくないのね」
「仮面? ああ、これは……押し付けられたのだ」
「そうですの。ああ、ごめんなさい。助けてくださってありがとう」
礼を言うと腕の力が緩む。わたくしはその腕から逃れようとするのだけれど、逃げられない。
くるりと体ひっくり返されて向き合うことになってしまう。
笑ってしまうわ。本当にその仮面、なんて趣味の悪さ。
「やだ、本当に……似合わない物を押しつけられましたのね、かわいそう」
ふふと、目にすると笑ってしまう。紫色の蝶の仮面。それに金の縁取りだなんて、なんて趣味。
そしてそれが似合わない。きっとこの方、とてもお顔がよろしいのね。仮面がとってつけられたような、そんなものなのだもの。
釣り合わない、粗悪なものを与えられたような。
撫でつけた金色の髪は、夜闇の中でもきらきらと輝いていて。その金糸はとてもやわらかそう。
瞳の色は、青、かしら。見える口元だけで、とても綺麗なお顔立ちをされているのがわかるわ。
「そんなにおかしいか?」
「ええ、とても」
「まぁしかし、このような仮面だからこそ花に惹かれて見つけたのだろうな」
「まぁ、お上手ですのね」
わたくしの仮面は、花をあしらったもの。
ご自分のそれと会わせて口説いてらっしゃるのね。
そう思ったのだけれど苦笑して冗談だと首を軽く横に振られる。
「俺も似合わんと思ったのだがな。それより、身を乗り出して落ちるつもりだったのか? 淑女のすることではないだろう」
「いえ、違いますのよ。そこにある花が欲しくて」
「花?」
これか、と手を伸ばしてひとつ、手折ってくださる。
その花はわたくしの手に。
「ありがとう。ふふ、思った通りの甘い匂い……」
「お前の方が甘そうだが」
「え?」
「こんなところで一人、男でも誘い待ちなのかと思ったが」
「誘わなくても、寄ってきますのよ。ここには逃げてきましたの」
なるほどと笑って、では誘われてみるかと手を差し出す。
その誘いは、少し心擽られる。けれど手を取ってはいけないとわたくしは知っているのです。
この手は、駄目。
「連れがいますのよ。ごめんなさい」
「……そうか。断られるとは、思っていなかった」
「ええ、わたくしも断るとは、思いませんでしたわ。わたくしが理性的な女でなければ飛びついていましたわ」
あなたはきっと、とても素敵な殿方なのでしょうけれど。
わたくしは、その手はとりませんのよとかわす。
これは、交わさなければならないと思う。
一度手を取ってしまえば、ずぶずぶにはまってしまいそうな、そんな嫌な感じがするのだから。
「ではその連れ、とやらに噛みつかれぬうちに退散するか」
「ええ、そうされるとよろしくてよ」
「……無茶は、するなよ?」
笑って返すと、呆れたような声でわかっていない顔だと仰る。
バルコニーからその方が出ていかれるとさざめいていた心が落ち着くよう。
あの方は、駄目だわ。
わたくしとは相性が悪い。面白そうではあるけれど、駄目だわ。
「……どなただったのかしら。国では見ない方よね……」
けれど、記憶に引っかかる方がいらっしゃらない。あの年代、あの様子だと目立つ方だろうに、覚えがありません。
ということは他国の方かしら? まぁ、リヒテールに来られてこんなところに連れてこられた、というところかしら。
こういうの、お好きな人はお好きでしょうけれどそうではないのでしょうね。
「そろそろ、中に戻らないとフェイルに怒られてしまうわ」
いえ、もう怒られるのは確定かしら。それでも、それはかわいいものなのだけれど。
中に戻ればすぐにわたくしを見つけてくれて、そのまま帰る。
そして、わたくしはあの方の事を忘れてしまったのです。
忘れて、いたのです。
けれど――目の前にいらっしゃる方が、あの時の方だとすぐにわかってしまった。
馬車の中、わたくしを見る瞳は少しだけ見開かれ、そしてすっと細められる。
「……いつぞやの舞踏会で、会ったな」
「ええ、趣味の悪い仮面をつけられていた方」
「覚えていたか。では、改めて名乗ろうか、アーデルハイト・シュタイン」
綺麗に笑われる。けれどその声色には悪意、とまでは言いませんけれどよくない物が含まれているとわたくしは思う。
ああ、やはりこの方は関わってはいけない方だったのではと思いながら、その名をわたくしは聞いたのでした。
みたいな感じになりそうかな、と。
出会いが違っていたら、というもの。
退屈、とわたくしは零す。
仮面舞踏会なんて面白そうと思って招待に応じたけれど、特に面白くもない。
誰が誰なのかわかってしまうから、かしら。
今日のお供、フェイルに犬の仮面を見繕ってつけさせたところまでは面白かったのだけれど。
飲み物を何かとお願いして、動かず待っていてと言われ壁の花になったつもりが声をかけられ続けて面倒くさい。
わたくしだってわかって声をかけているのかしら。それとも、わかっていないのかしら。
仮面ひとつで誰かわからないなんて、ありえないでしょう?
誘ってくる殿方たちからそろりと逃げ、会場にいるのも飽きたわと人のいないテラスに出る。
風が心地よくてふふと笑いが零れてしまった。
ちょっと涼んだら帰りましょう。飽いてしまったもの。
テラスは周囲の草木が近くて、良い香りがする。
あら、と思えば白い花が咲いているのが見えそちらへ。あの花の香りね、これは好きだわ。
もう少し、と手を伸ばすけれど届かない。少し身を乗り出せば、いけるかしら。
フェイルがいたらとってくれそうなのだけど、今はいませんし。
少しだけ身を乗り出して手を伸ばすけれど届かない。
もう少し、ちょっとだけと前に体重をかけた瞬間、踵が浮いた。
あ、これはまずいと思った瞬間、わたくしの身体は引き戻される。
腰を抱えられ引き戻される。誰かに抱きすくめられるような、そんな安堵感。
「……危ない。何をしている、落ちる気か」
不機嫌そうな、呆れたような声色。わたくしの上から響いたそれを追って、そっと視線をあげる。
「ふふっ、なにその仮面……趣味がよろしくないのね」
「仮面? ああ、これは……押し付けられたのだ」
「そうですの。ああ、ごめんなさい。助けてくださってありがとう」
礼を言うと腕の力が緩む。わたくしはその腕から逃れようとするのだけれど、逃げられない。
くるりと体ひっくり返されて向き合うことになってしまう。
笑ってしまうわ。本当にその仮面、なんて趣味の悪さ。
「やだ、本当に……似合わない物を押しつけられましたのね、かわいそう」
ふふと、目にすると笑ってしまう。紫色の蝶の仮面。それに金の縁取りだなんて、なんて趣味。
そしてそれが似合わない。きっとこの方、とてもお顔がよろしいのね。仮面がとってつけられたような、そんなものなのだもの。
釣り合わない、粗悪なものを与えられたような。
撫でつけた金色の髪は、夜闇の中でもきらきらと輝いていて。その金糸はとてもやわらかそう。
瞳の色は、青、かしら。見える口元だけで、とても綺麗なお顔立ちをされているのがわかるわ。
「そんなにおかしいか?」
「ええ、とても」
「まぁしかし、このような仮面だからこそ花に惹かれて見つけたのだろうな」
「まぁ、お上手ですのね」
わたくしの仮面は、花をあしらったもの。
ご自分のそれと会わせて口説いてらっしゃるのね。
そう思ったのだけれど苦笑して冗談だと首を軽く横に振られる。
「俺も似合わんと思ったのだがな。それより、身を乗り出して落ちるつもりだったのか? 淑女のすることではないだろう」
「いえ、違いますのよ。そこにある花が欲しくて」
「花?」
これか、と手を伸ばしてひとつ、手折ってくださる。
その花はわたくしの手に。
「ありがとう。ふふ、思った通りの甘い匂い……」
「お前の方が甘そうだが」
「え?」
「こんなところで一人、男でも誘い待ちなのかと思ったが」
「誘わなくても、寄ってきますのよ。ここには逃げてきましたの」
なるほどと笑って、では誘われてみるかと手を差し出す。
その誘いは、少し心擽られる。けれど手を取ってはいけないとわたくしは知っているのです。
この手は、駄目。
「連れがいますのよ。ごめんなさい」
「……そうか。断られるとは、思っていなかった」
「ええ、わたくしも断るとは、思いませんでしたわ。わたくしが理性的な女でなければ飛びついていましたわ」
あなたはきっと、とても素敵な殿方なのでしょうけれど。
わたくしは、その手はとりませんのよとかわす。
これは、交わさなければならないと思う。
一度手を取ってしまえば、ずぶずぶにはまってしまいそうな、そんな嫌な感じがするのだから。
「ではその連れ、とやらに噛みつかれぬうちに退散するか」
「ええ、そうされるとよろしくてよ」
「……無茶は、するなよ?」
笑って返すと、呆れたような声でわかっていない顔だと仰る。
バルコニーからその方が出ていかれるとさざめいていた心が落ち着くよう。
あの方は、駄目だわ。
わたくしとは相性が悪い。面白そうではあるけれど、駄目だわ。
「……どなただったのかしら。国では見ない方よね……」
けれど、記憶に引っかかる方がいらっしゃらない。あの年代、あの様子だと目立つ方だろうに、覚えがありません。
ということは他国の方かしら? まぁ、リヒテールに来られてこんなところに連れてこられた、というところかしら。
こういうの、お好きな人はお好きでしょうけれどそうではないのでしょうね。
「そろそろ、中に戻らないとフェイルに怒られてしまうわ」
いえ、もう怒られるのは確定かしら。それでも、それはかわいいものなのだけれど。
中に戻ればすぐにわたくしを見つけてくれて、そのまま帰る。
そして、わたくしはあの方の事を忘れてしまったのです。
忘れて、いたのです。
けれど――目の前にいらっしゃる方が、あの時の方だとすぐにわかってしまった。
馬車の中、わたくしを見る瞳は少しだけ見開かれ、そしてすっと細められる。
「……いつぞやの舞踏会で、会ったな」
「ええ、趣味の悪い仮面をつけられていた方」
「覚えていたか。では、改めて名乗ろうか、アーデルハイト・シュタイン」
綺麗に笑われる。けれどその声色には悪意、とまでは言いませんけれどよくない物が含まれているとわたくしは思う。
ああ、やはりこの方は関わってはいけない方だったのではと思いながら、その名をわたくしは聞いたのでした。
みたいな感じになりそうかな、と。
0
お気に入りに追加
1,564
あなたにおすすめの小説
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
転生したら冷徹公爵様と子作りの真っ最中だった。
シェルビビ
恋愛
明晰夢が趣味の普通の会社員だったのに目を覚ましたらセックスの真っ最中だった。好みのイケメンが目の前にいて、男は自分の事を妻だと言っている。夢だと思い男女の触れ合いを楽しんだ。
いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。
監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。
元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。
しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。
「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる