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第四章
重い一撃
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※流血します。
切羽詰まった人は何をするか、わからない。
衛兵さんに囲まれて連行されるセドリックさん。
けど、その間を転がるように抜けて狙いを定めるような、振り。
「ガブさん!」
私が叫ぶのと同時に、ガブさんはミカエラ様と陛下を守るように、セドリックさんとの間に入った。
叫ぶより先に魔術を紡げばよかった!
けどそう思うよりも早く放たれた魔弾を止める術が思いつかなくて。
正面から、それを喰らったガブさんの身の一部が弾けた。それは横腹のあたり。抉れるようにはじけ血が飛ぶ。
「ガブ!!」
殿下が血相変えて舞台の上に飛び乗るのが見えた。
その様に悲鳴が響き渡る。周囲にいた女性たちの声だ。
セドリックさんは衛兵に拘束され、もう皇族として丁寧には扱われていなかった。
私も、ちょっと、その状況についていけなくて。固まってしまう。変な声しかでない。
やだ、と最悪しか思い浮かんでこない。
そんな私より早く動けたのはテオの方だった。
「レティ、立てる?」
「え、あ……う、うん」
落ち着いた声色。なんで、どうしてと思って見上げるとテオは平静を、装っているだけで。
離れたところで治癒師を、とかガブさんの名前を呼ぶ声とか。殿下の声とか他の人の声とか。
そういった響きが、近いはずなのに遠い。
「レティ、これ、使うよ」
その、なんだか静かなような、そうでないような中でテオの声だけは私にしっかりと届く。
テオが首元から取りだしたのは、私が魔力込めた魔石だ。そう、そういえば。
それには。
「ただ人目が多いから、使うとこれから面倒なことになるけどいよね」
「うん、ガブさん助けたい」
だってどうみても。
治癒では間に合わない。
体の一部が持っていかれたんだから、それは治癒、とういレベルではない。
治癒はあくまで、そう。治す力を高めるだけのことで。
欠損した部位を元通りに、なんてことはできない。
テオは私を舞台にあげると、それに続いて。皆の所に進んだ。
「テオドール、レティ」
それと同時に、塔の方からことを見て移動してきたお兄様が声をかけてくる。
何かをしようとしている、というのは察している。けど、今は説明してる暇もない。
「お兄様、信じて」
「……まぁ、そうだな。お前が何か仕込んでたのは、知ってる」
お兄様は殿下に声をかけて、下がるようにと言う。殿下も目の前で、近くでガブさんがこんなになってちょっとパニックだ。
普通ではない。落ち着け、とお兄様に言われてデジレ様の所に。お兄様だって普通なようでいて、これはという顔をしている。
殿下はガブさんの傷を押さえたのか、その服は血の色に染まっていた。
近づくと、真っ赤な色。口端からも血が零れて、どうにかやっと、生きているというような。
ミカエラ様や陛下たちは覚悟をしているんだと思う。
けどまだ、まだ可能性はと思う。
「すみません、成功するかはやったことがないからわからないのですが」
「ちょっとだけ私達にかけてください」
あと、倒れそうになったら魔力ください。
私とテオはガブさんの傍に座ってひとつ息吐いた。
テオが手にしている魔石には私がしこたま魔力を詰めたあの魔石。そこに仕込んだ魔術は巻き戻し。
けれど、どこまで巻き戻せるかはわからない。
「お兄様、やりすぎたら止めてくださいね。テオだけじゃ無理かも」
「わかった」
じゃあ、とテオと私は頷き合う。
仕込んだ魔術が劣化する、なんてことはないけど。おそらくえーいと詰めたのと実際にやるのとは違う。あの時は、いけるいけるって思ったけどそれを本当に扱う今、大丈夫なのかなと不安ばかりがある。
でもやらなきゃ、間違いなくガブさんはいなくなっちゃう。そんなの、いや。
これは治癒ではない。治癒であれば奇跡だ。巻き戻しも、ある意味奇跡なんだろう。
でも今まで、それを誰もやらなかったのは負担が大きすぎるからだ。
やりすぎたかなーと思った事が今ここで生きることは何ともいえないけど。だってこれ、事件が起こったあとなんだもの。
「主導は私。テオは補佐ね」
「ああ、任せて」
魔石に詰めた魔力は深い。
私とテオが、昔ふたりでやった巻き戻しっていうのは転がったものをもとの位置に戻す、くらい。
これは私達、初めての事なの。
生きているものに対しては、やったことがない。
さすがにそれは、私たちの倫理観というか、常識というか。ふれちゃいけないところかなって思ってたからだ。
だから、めったなことではやらないと決めたの。
魔石に魔力を流すと暖かな光が零れはじめる。
ガブさんの身の上だけで時間が巻戻る。
流れてどこかに染み付いた血のすべてまでは戻らない。
けどゆるゆると、地面に零れている血はガブさんの身の内に戻ってきた。
そして吹き飛んだ傷口が、じわじわと巻戻って塞がり始めた。その瞬間、魔石が割れた。
ということは、もう一個の魔石もここにはないけど砕けてる。
ここからは私とテオの魔力勝負になるってこと。
あんなにいれこんだのが瞬間的に消えるなんて、と思うけどつまりはそういう魔術なんだと思う。
きっと魔法陣とか書いてやればもっと負担はないんだけど、これはガブさん自身の時間に介入して、ねじ込んで、巻き戻してるような感じだから。
「レティ、魔石は」
「も、持ってる」
そこからとる、と言われるけど微々たるもの。私が周囲から魔力をゆるゆる紡ぎ取って流し込んでいる。
「魔力を……渡せばいいのか?」
頑張っているとそんな声が聞こえて。誰かわからないけど私はこくこくと頷いた。
「俺に、ください」
私は時間の巻き戻しと自分の制御に精一杯で貰った魔力を自分のものに上手にするってことまで手が回らない。
それはテオがやってくれる。
テオから流れ込んできた魔力、それもすぐさまガブさんに吸い込まれていく。
吹き飛んだお腹は、もう半分くらいまで直ってた。
とりあえず、この抉られた場所を塞いでしまえば、そう。あとはどうにかなると思った。
それに血の気もちょっと、戻ってきてる感じはする。
さっきは本当に、真っ青だったもの。
時間はかかる。もうちょっと、もうちょっと。
急がずに確実に開いた穴をふさいで。
終わるのと、私が気を失うのは同時だった。
切羽詰まった人は何をするか、わからない。
衛兵さんに囲まれて連行されるセドリックさん。
けど、その間を転がるように抜けて狙いを定めるような、振り。
「ガブさん!」
私が叫ぶのと同時に、ガブさんはミカエラ様と陛下を守るように、セドリックさんとの間に入った。
叫ぶより先に魔術を紡げばよかった!
けどそう思うよりも早く放たれた魔弾を止める術が思いつかなくて。
正面から、それを喰らったガブさんの身の一部が弾けた。それは横腹のあたり。抉れるようにはじけ血が飛ぶ。
「ガブ!!」
殿下が血相変えて舞台の上に飛び乗るのが見えた。
その様に悲鳴が響き渡る。周囲にいた女性たちの声だ。
セドリックさんは衛兵に拘束され、もう皇族として丁寧には扱われていなかった。
私も、ちょっと、その状況についていけなくて。固まってしまう。変な声しかでない。
やだ、と最悪しか思い浮かんでこない。
そんな私より早く動けたのはテオの方だった。
「レティ、立てる?」
「え、あ……う、うん」
落ち着いた声色。なんで、どうしてと思って見上げるとテオは平静を、装っているだけで。
離れたところで治癒師を、とかガブさんの名前を呼ぶ声とか。殿下の声とか他の人の声とか。
そういった響きが、近いはずなのに遠い。
「レティ、これ、使うよ」
その、なんだか静かなような、そうでないような中でテオの声だけは私にしっかりと届く。
テオが首元から取りだしたのは、私が魔力込めた魔石だ。そう、そういえば。
それには。
「ただ人目が多いから、使うとこれから面倒なことになるけどいよね」
「うん、ガブさん助けたい」
だってどうみても。
治癒では間に合わない。
体の一部が持っていかれたんだから、それは治癒、とういレベルではない。
治癒はあくまで、そう。治す力を高めるだけのことで。
欠損した部位を元通りに、なんてことはできない。
テオは私を舞台にあげると、それに続いて。皆の所に進んだ。
「テオドール、レティ」
それと同時に、塔の方からことを見て移動してきたお兄様が声をかけてくる。
何かをしようとしている、というのは察している。けど、今は説明してる暇もない。
「お兄様、信じて」
「……まぁ、そうだな。お前が何か仕込んでたのは、知ってる」
お兄様は殿下に声をかけて、下がるようにと言う。殿下も目の前で、近くでガブさんがこんなになってちょっとパニックだ。
普通ではない。落ち着け、とお兄様に言われてデジレ様の所に。お兄様だって普通なようでいて、これはという顔をしている。
殿下はガブさんの傷を押さえたのか、その服は血の色に染まっていた。
近づくと、真っ赤な色。口端からも血が零れて、どうにかやっと、生きているというような。
ミカエラ様や陛下たちは覚悟をしているんだと思う。
けどまだ、まだ可能性はと思う。
「すみません、成功するかはやったことがないからわからないのですが」
「ちょっとだけ私達にかけてください」
あと、倒れそうになったら魔力ください。
私とテオはガブさんの傍に座ってひとつ息吐いた。
テオが手にしている魔石には私がしこたま魔力を詰めたあの魔石。そこに仕込んだ魔術は巻き戻し。
けれど、どこまで巻き戻せるかはわからない。
「お兄様、やりすぎたら止めてくださいね。テオだけじゃ無理かも」
「わかった」
じゃあ、とテオと私は頷き合う。
仕込んだ魔術が劣化する、なんてことはないけど。おそらくえーいと詰めたのと実際にやるのとは違う。あの時は、いけるいけるって思ったけどそれを本当に扱う今、大丈夫なのかなと不安ばかりがある。
でもやらなきゃ、間違いなくガブさんはいなくなっちゃう。そんなの、いや。
これは治癒ではない。治癒であれば奇跡だ。巻き戻しも、ある意味奇跡なんだろう。
でも今まで、それを誰もやらなかったのは負担が大きすぎるからだ。
やりすぎたかなーと思った事が今ここで生きることは何ともいえないけど。だってこれ、事件が起こったあとなんだもの。
「主導は私。テオは補佐ね」
「ああ、任せて」
魔石に詰めた魔力は深い。
私とテオが、昔ふたりでやった巻き戻しっていうのは転がったものをもとの位置に戻す、くらい。
これは私達、初めての事なの。
生きているものに対しては、やったことがない。
さすがにそれは、私たちの倫理観というか、常識というか。ふれちゃいけないところかなって思ってたからだ。
だから、めったなことではやらないと決めたの。
魔石に魔力を流すと暖かな光が零れはじめる。
ガブさんの身の上だけで時間が巻戻る。
流れてどこかに染み付いた血のすべてまでは戻らない。
けどゆるゆると、地面に零れている血はガブさんの身の内に戻ってきた。
そして吹き飛んだ傷口が、じわじわと巻戻って塞がり始めた。その瞬間、魔石が割れた。
ということは、もう一個の魔石もここにはないけど砕けてる。
ここからは私とテオの魔力勝負になるってこと。
あんなにいれこんだのが瞬間的に消えるなんて、と思うけどつまりはそういう魔術なんだと思う。
きっと魔法陣とか書いてやればもっと負担はないんだけど、これはガブさん自身の時間に介入して、ねじ込んで、巻き戻してるような感じだから。
「レティ、魔石は」
「も、持ってる」
そこからとる、と言われるけど微々たるもの。私が周囲から魔力をゆるゆる紡ぎ取って流し込んでいる。
「魔力を……渡せばいいのか?」
頑張っているとそんな声が聞こえて。誰かわからないけど私はこくこくと頷いた。
「俺に、ください」
私は時間の巻き戻しと自分の制御に精一杯で貰った魔力を自分のものに上手にするってことまで手が回らない。
それはテオがやってくれる。
テオから流れ込んできた魔力、それもすぐさまガブさんに吸い込まれていく。
吹き飛んだお腹は、もう半分くらいまで直ってた。
とりあえず、この抉られた場所を塞いでしまえば、そう。あとはどうにかなると思った。
それに血の気もちょっと、戻ってきてる感じはする。
さっきは本当に、真っ青だったもの。
時間はかかる。もうちょっと、もうちょっと。
急がずに確実に開いた穴をふさいで。
終わるのと、私が気を失うのは同時だった。
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