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第六話 『世界樹』の少女。(2)

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2.
 自宅から全力疾走すること約二十分。
 葉書坂の屋敷を目前に長針はスピードを緩めた。

「ほんと、出鱈目な体だな……」

 息一つ上がっていない長針は自嘲気味にそう言って胸に手を当てる。本来なら激しく脈打つ鼓動を感じるのだが、全くない。
 こんな時ばかりは疲れ知らずの体に感謝しなければならないのかもしれない。
 呼び鈴を押そうと門の前に立った長針は門扉が開きっぱなしなことに気づいた。少し迷ったが、長針は呼び鈴を押さず勝手に門を潜った。

「不法侵入だぞー?」
「うお!?……時雨かびっくりさせんなよ」

 横合いから急に声をかけられた長針は壁に背を預け「待っていました」と言わんばかりの時雨と対面した。

「悪いな。急に呼び出したりして」
「それは構わないけど……今日はどうしたんだよ?」

 岡持の葬儀に来なかった理由、自分を屋敷に呼びつけた理由、その双方を長針は尋ねた。

「岡持の葬儀の件はすまない。立ち直るのに少し時間がかかりすぎた」

 粛々と弁解する時雨に長針は僅かな不審感を抱いた。時雨の顔は友人の死を悲しんでいるというより、打ちのめされたように衰弱して見えたのだ。ただし、肉体的にではなくもっと別の見えない部分。例えば心とか……

「何かあったのか?」

 長針の問いかけに時雨は答えない。顔を伏せた時雨は震える指で屋敷の方を指した。

「お嬢がお前を待っている」
「ああ、わかった……じゃあ、俺行くからな?」

 時雨が頷くのを確認してから長針は駆け出した。

 時雨は何も言えなかった。
 ただ道案内するしかできなかった。
 こんなこと山道の入り口に刺さっている立札にだってできる。
 この後アテナから浴びせられる残酷な言葉を知っていながらそれを伝える勇気がなかった。
 彼を取り巻く嘘を払い、真実を教えたかった。
 蟠りを貯め込んだままそこに立ち尽くした。
 体が硬直して動けなかった。
 怖くて言えなかった。
 何も知らない、何の罪もない少年に。
 どうか強くあってくれ、と無責任に願うことしかできなかった。

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