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第三章
『爪痕』(2)
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2.
「とにかくだっ! 捜索範囲をゼロ学区も含めて拡大しろ。我ら『戦犬隊』も残った人員をフルに使って捜査に協力する」
鮫崎がドリルで脱線した話を戻すために声を張ると、警官は意外そうな声で答えた。
「え、ゼロ学区もですか?」
「十二学区の外部に逃げたのなら手遅れだが、もし十二学区内部で逃げ込むならあそこほど都合のいい場所はないだろ?」
「はっ! 捜査員の一部を向かわせます!」
鮫崎に警察を指揮する権利はないが警官は快諾した。
それは『戦犬隊』の隊長である鮫崎への畏敬であると同時、被害を受けた仲間の敵討ちを願う気持ちを斟酌してのことだった。多少とはいえ、好奇心で尋ねたことを恥じていた。
「不都合があれば連絡をくれ。こちらの者も向かわせる」
「それには及びません。今は傷付いた隊員を労ってください」
「逆だ。今回無事な者たちは犯人探しと捜査に熱を上げている。頼まれればどこにでも飛んでいく。協力は惜しまんさ」
負傷した隊員たちはドリルのお蔭で精神的に回復し、現在治療中だ。けれど、運良く被害を免れた他の隊員たちの襲撃者への怒り、恨みが収まるかと言うと、話は全く変わってくる。
鮫崎は収穫のなさに苛立ちを覚えていたさっきまでとは異なり、友好的な捜査関係を築けたことへの満足感から、うっすらと笑顔を作る。
「貴官は良い警官だな。私を見ても普通に応対してくれる。助かるよ」
「そうでありますか?」
「色々あるのだ、魔人はな……」
雄々しい頭部の角が妙な物悲しさを漂わせていたが、警官も過剰な追従は避けた。
鮫崎は渦中の角に注がれる警官の視線に不敵に笑いつつ、話を切り替えた。
「しかし、何をすればこんな風に壊せるんだ?」
本当はさっさと『戦犬隊』の本部に戻り、隊を率いて捜査に乗り出したかった。
警官への接触は情報交換に留めておくつもりだったが、この場で得た彼への好感から自然と口が動いた。鮫崎としては軽い世間話のような感覚だった。
鮫崎の疑問に警官は「それが……」っと言葉を濁した。
いくら隊長の地位があるとは言え、大体の場合は遠慮がちに忌避されるか、上辺だけの社交辞令になる。とにかく友好的な応対を受けることの方が稀なのだ。
最悪、現場を訪れたところで、魔人であることを理由に門前払いを食らうこともあるのだ。
警官の芳しくない反応に鮫崎の表情が僅かに曇る。不意に縮められた距離感に、警官が戸惑っていると誤認したからだ。
「現場に居合わせた者の証言だと、どうやら切られたらしいのです」
「――切られた?」
勘違いが軽く吹き飛ぶレベルの驚きが、鮫崎の顔を支配した。
警官の言葉に再度ショッピングモールを仰ぎ見た。
そして、思わず息を飲んで一歩退いた。
鮫崎の前には無残に破壊されたショッピングモールが建っている。
指摘を受けなければ気付かなかった。まるでカステラを切り分けたような痕跡が、四角いショッピングモールの屋上から地表まで走っている。確かに、切られたと形容することが自然な痕だ。
しかし、切られた痕に見えるのに、その規模の物体が切られた事実を認めたくなかったのだ。
そして、切られた状態のまま、何事もなく立っている。
人知の及ばない力で建造された古代遺跡を前にしたように、説明のできない結果に言葉を失う。
今日ここを訪れたのは亡くなった部下への追悼であり、侵入者への怒りからだった。
それが現状を目の当たりにした途端、短い時間ではあるが目的を忘却した。それほどに目の前の事実は常識から外れていた。
ここを訪れる前に、鮫崎は別の現場も視察していた。それは横腹に大穴を開け無残に破壊された高層ビルだったが、鮫崎には見慣れたよくある抗争の跡だった。聞けば襲撃者の片割れが激しい空中戦を繰り広げた結果らしい。
分かりやすい暴力と破壊に驚きと怒りこそ抱きはしたが、薄気味悪さは感じなかった。
畏敬を抱く鮫崎の表情に警官は不安を募らせ、顔を顰める。
「鮫崎隊長でも、分からないんですか?」
「私もこんな現場は初めてだ」
「そ、そんなっ! だって……この切り痕は駅前までっ!」
「待て。何を……この切り痕が駅前まで到達しているとの言うのか!?」
爪痕は、局所的ながら深刻な被害を与えていた。
最前線で直撃を受けた商店をはじめ、その延長線上にある店舗や道路。果ては、地下の水道管や電線と言ったインフラの一部にも達していた。
二人は改めて爪痕を仰ぎ見て息を飲む。
「これは、もう犯人を捕まえて吐かせないと我々では手に負えませんね」
「その犯人の所在がわからんことには進展しないってことだな」
白旗を上げた警官の情けない声に、笑顔を消した鮫崎が侵入者への怒りを、再燃させる。
「ちっ、こんな時こそ、胡散くせぇ青ネギ教授のなんとかって言う魔力測定器は使えないのか?」
鮫崎は頭をかきながら、普段は絶対言わないことを口にする。『魔道義肢』の件もそうだったが、根本的に鮫崎は十二学区産の物資が嫌いだった。
そんなことをうっかり口にしてしまうほどに、切羽詰まっていた。
「先日公表されましたね。確か、ソクラテスでしたっけ?」
「それだ。検知した魔力を辿れば特定できるんじゃないのか?」
「……、」
苛立ちを抑えず、ズブズブと沼にハマるように、頼ろうとしていた。一度口に出してしまえば恥も何もなかった。
しかし、尋ねられた警官は言葉を濁した。
「どうした?」
「……先日から行方不明らしいです」
「ったく、肝心なときに使えないな……行方不明?」
「はい、ソクラテスの資料諸々と一緒に」
「――またなのか!?」
鮫崎の苛立ちが驚きに変わる。
実は十二学区内においては魔力測定器の作成は長年、一種のタブーとして扱われていた。
単純にプライバシー的、コンプライアンス的な事情への配慮もある。
しかし、もっと大きな部分で十二学区内の他の研究への干渉や、手に入れた情報の売買悪用など、更なる良からぬことへの器用から避けられていた。
更に言うなら十二学区内に蔓延る闇や禁忌に触れる恐れを示唆されていた。
数年前に魔力測定器を巡った事件が乱発して以降、同様の事件は起きていなかった。
それでも第二学区だけは、それらと真っ向から対立しながらも半ば強引に研究を推し進めていた。当然、研究の中止を呼びかける声が上がったが、抑止の声には耳を貸さなかった。
そう言った背景もあり、既に影では陰謀論が囁かれていた。
「おいおい、なんだよそれ、こっちからもきな臭い匂いがしてきやがる」
「現在も教授の捜索が続いていますが、今のところは、まだ……」
「おいおい、第六学区の襲撃と裏で繋がったりしてねぇだろうな」
「まさか、そんなことがっ!?」
「一体、何が起きてやがる?」
鮫崎はそう言い、改めて現場を仰ぎ見た。
無残に切り開かれた建物とは裏腹に、事件解決の糸口は見えてこなかった。
「とにかくだっ! 捜索範囲をゼロ学区も含めて拡大しろ。我ら『戦犬隊』も残った人員をフルに使って捜査に協力する」
鮫崎がドリルで脱線した話を戻すために声を張ると、警官は意外そうな声で答えた。
「え、ゼロ学区もですか?」
「十二学区の外部に逃げたのなら手遅れだが、もし十二学区内部で逃げ込むならあそこほど都合のいい場所はないだろ?」
「はっ! 捜査員の一部を向かわせます!」
鮫崎に警察を指揮する権利はないが警官は快諾した。
それは『戦犬隊』の隊長である鮫崎への畏敬であると同時、被害を受けた仲間の敵討ちを願う気持ちを斟酌してのことだった。多少とはいえ、好奇心で尋ねたことを恥じていた。
「不都合があれば連絡をくれ。こちらの者も向かわせる」
「それには及びません。今は傷付いた隊員を労ってください」
「逆だ。今回無事な者たちは犯人探しと捜査に熱を上げている。頼まれればどこにでも飛んでいく。協力は惜しまんさ」
負傷した隊員たちはドリルのお蔭で精神的に回復し、現在治療中だ。けれど、運良く被害を免れた他の隊員たちの襲撃者への怒り、恨みが収まるかと言うと、話は全く変わってくる。
鮫崎は収穫のなさに苛立ちを覚えていたさっきまでとは異なり、友好的な捜査関係を築けたことへの満足感から、うっすらと笑顔を作る。
「貴官は良い警官だな。私を見ても普通に応対してくれる。助かるよ」
「そうでありますか?」
「色々あるのだ、魔人はな……」
雄々しい頭部の角が妙な物悲しさを漂わせていたが、警官も過剰な追従は避けた。
鮫崎は渦中の角に注がれる警官の視線に不敵に笑いつつ、話を切り替えた。
「しかし、何をすればこんな風に壊せるんだ?」
本当はさっさと『戦犬隊』の本部に戻り、隊を率いて捜査に乗り出したかった。
警官への接触は情報交換に留めておくつもりだったが、この場で得た彼への好感から自然と口が動いた。鮫崎としては軽い世間話のような感覚だった。
鮫崎の疑問に警官は「それが……」っと言葉を濁した。
いくら隊長の地位があるとは言え、大体の場合は遠慮がちに忌避されるか、上辺だけの社交辞令になる。とにかく友好的な応対を受けることの方が稀なのだ。
最悪、現場を訪れたところで、魔人であることを理由に門前払いを食らうこともあるのだ。
警官の芳しくない反応に鮫崎の表情が僅かに曇る。不意に縮められた距離感に、警官が戸惑っていると誤認したからだ。
「現場に居合わせた者の証言だと、どうやら切られたらしいのです」
「――切られた?」
勘違いが軽く吹き飛ぶレベルの驚きが、鮫崎の顔を支配した。
警官の言葉に再度ショッピングモールを仰ぎ見た。
そして、思わず息を飲んで一歩退いた。
鮫崎の前には無残に破壊されたショッピングモールが建っている。
指摘を受けなければ気付かなかった。まるでカステラを切り分けたような痕跡が、四角いショッピングモールの屋上から地表まで走っている。確かに、切られたと形容することが自然な痕だ。
しかし、切られた痕に見えるのに、その規模の物体が切られた事実を認めたくなかったのだ。
そして、切られた状態のまま、何事もなく立っている。
人知の及ばない力で建造された古代遺跡を前にしたように、説明のできない結果に言葉を失う。
今日ここを訪れたのは亡くなった部下への追悼であり、侵入者への怒りからだった。
それが現状を目の当たりにした途端、短い時間ではあるが目的を忘却した。それほどに目の前の事実は常識から外れていた。
ここを訪れる前に、鮫崎は別の現場も視察していた。それは横腹に大穴を開け無残に破壊された高層ビルだったが、鮫崎には見慣れたよくある抗争の跡だった。聞けば襲撃者の片割れが激しい空中戦を繰り広げた結果らしい。
分かりやすい暴力と破壊に驚きと怒りこそ抱きはしたが、薄気味悪さは感じなかった。
畏敬を抱く鮫崎の表情に警官は不安を募らせ、顔を顰める。
「鮫崎隊長でも、分からないんですか?」
「私もこんな現場は初めてだ」
「そ、そんなっ! だって……この切り痕は駅前までっ!」
「待て。何を……この切り痕が駅前まで到達しているとの言うのか!?」
爪痕は、局所的ながら深刻な被害を与えていた。
最前線で直撃を受けた商店をはじめ、その延長線上にある店舗や道路。果ては、地下の水道管や電線と言ったインフラの一部にも達していた。
二人は改めて爪痕を仰ぎ見て息を飲む。
「これは、もう犯人を捕まえて吐かせないと我々では手に負えませんね」
「その犯人の所在がわからんことには進展しないってことだな」
白旗を上げた警官の情けない声に、笑顔を消した鮫崎が侵入者への怒りを、再燃させる。
「ちっ、こんな時こそ、胡散くせぇ青ネギ教授のなんとかって言う魔力測定器は使えないのか?」
鮫崎は頭をかきながら、普段は絶対言わないことを口にする。『魔道義肢』の件もそうだったが、根本的に鮫崎は十二学区産の物資が嫌いだった。
そんなことをうっかり口にしてしまうほどに、切羽詰まっていた。
「先日公表されましたね。確か、ソクラテスでしたっけ?」
「それだ。検知した魔力を辿れば特定できるんじゃないのか?」
「……、」
苛立ちを抑えず、ズブズブと沼にハマるように、頼ろうとしていた。一度口に出してしまえば恥も何もなかった。
しかし、尋ねられた警官は言葉を濁した。
「どうした?」
「……先日から行方不明らしいです」
「ったく、肝心なときに使えないな……行方不明?」
「はい、ソクラテスの資料諸々と一緒に」
「――またなのか!?」
鮫崎の苛立ちが驚きに変わる。
実は十二学区内においては魔力測定器の作成は長年、一種のタブーとして扱われていた。
単純にプライバシー的、コンプライアンス的な事情への配慮もある。
しかし、もっと大きな部分で十二学区内の他の研究への干渉や、手に入れた情報の売買悪用など、更なる良からぬことへの器用から避けられていた。
更に言うなら十二学区内に蔓延る闇や禁忌に触れる恐れを示唆されていた。
数年前に魔力測定器を巡った事件が乱発して以降、同様の事件は起きていなかった。
それでも第二学区だけは、それらと真っ向から対立しながらも半ば強引に研究を推し進めていた。当然、研究の中止を呼びかける声が上がったが、抑止の声には耳を貸さなかった。
そう言った背景もあり、既に影では陰謀論が囁かれていた。
「おいおい、なんだよそれ、こっちからもきな臭い匂いがしてきやがる」
「現在も教授の捜索が続いていますが、今のところは、まだ……」
「おいおい、第六学区の襲撃と裏で繋がったりしてねぇだろうな」
「まさか、そんなことがっ!?」
「一体、何が起きてやがる?」
鮫崎はそう言い、改めて現場を仰ぎ見た。
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