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第二章
第25話 十二学区撤退戦(3)
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3.
落下する透哉を追うため、ホタルは磁力を反転させる。
身体を浮かべるための反発力と、姿勢を安定させるための吸着力、その全てを。
銀髪の尾を引き、白いマントを嵐の中を行く帆船の如く暴れさせ、落ちるより早く真下へ移動する。
着地を考慮に入れていない下方向への無謀な高速移動は、想像を絶する風圧を伴う。
それでも、透哉救出を強行するホタル。しかし、
「させないよ?」
慌てて降下を始めたホタルの真横から、緑の烈風が襲いかかる。ゴウッと言う風に煽られ、目測のズレを感じたホタルは磁力を全て解除し、空中で半回転。風に吹き飛ばされながら新たに磁力を調整するが、ビルの屋上にたたき落とされた。
激突の寸前に磁力の反発で衝撃を緩和することには成功したが、完全には勢いを殺しきれなかった。ホタルはじくじくと痛みを訴える肩を押えながら立ち上がり、降下してくる出で立ちを仰ぎ見て、耳元に意識を奪われた。
『――うおおおぉぉぉ!?』
落下していった透哉の絶叫が鼓膜に突き刺さったからだ。
電車のブレーキ音に似た激しい衝撃音が続き、突然途絶える。
『御波!? 無事なのか!』
『ったく、何勝手に絶望してんだ? 俺がそう簡単にくたばるわけねぇだろ』
『そうか、凄い悲鳴だったから心配したぞ』
『そもそも、この程度の高さなら落ちても死なねーよ』
つばさを意識しつつ、目線を向けると闇に飲まれたビル街、その狭間に細い輝きを見た。
それは暗夜に浮かぶ自分と同じ煌めき。
光を反射することで姿を現す透明の刀。
詳しい状況までは分からないが、透哉の安否を知ることが出来た。
懸念を払拭したホタルは、眼前の敵に安心して向き直る。
(しかし、さっきの攻撃は何だ? どうやったのだ?)
意識を切り替えてすぐ、自分の身に降り注いだ不可解な現象に疑問を抱く。
落ちるより早く移動していた自分への的確な遠隔攻撃。
門外漢ゆえ、風を操る能力への知識は乏しい。それでも、エンチャンターの能力は、能力者本人を発端に放たれるのが常だ。
風を操る能力なら、つばさを中心に吹き出すか、つばさに向かって吹き込まなければ辻褄が合わない。
特異な風の発生がつばさ自身の能力か、デバイスの機能かも判別が着かない。
漠然としているのは、何もない空間から意図的に風を発生させた、と言うことだけ。
口元を結び正面を見据えると、汗が頬を伝った。
「どのみち、この高さから落ちたら助からないから私と遊ぼうよぉ」
『……っ』
透哉の死亡を勝手に決めつけている点には苛立ちを覚えだが、あえて訂正する必要はない。
目元は影になってはっきりと見えなかったが、真横に裂けた口元から強い愉悦が漏れている。
「あなたも運がないよね。ここがパレットの上空でなけりゃ私も手が出せなかったのに。さて、あなたはどこの学区の回し者なんだい?」
つばさは顎をしゃくり上げ、ヘッドセット側面に軽く手を添え、何らかの操作を加えた。そして、ホタルの姿をスキャンするみたいに頭から足先まで見て、
「おっと、どうなっているんだい? どこの学区のライブラリにもヒットしない。なーるほど、秘密兵器ってことかい? やっぱ、余所の学区もそーいうことやってるんだねぇ」
つばさの言葉から垣間見える、日常的に行われている学区内での争い。
そして、どうやらホタルのことを十二学区外部からの侵入者ではなく、学区内の機密事項と判断したらしい。
全く別ルートの出身であるホタルからすれば、勘違いは好都合だった。
「正直、盗品には興味ないけど、第六学区に恩を売っておくついでにあなたの正体、拝ませて貰うよ?」
つばさの好き勝手な物言いに、ホタルは終始無言を貫いた。素性を隠す意味もあったが、ある懸念があった。
透哉を救出し、殺希の元を離れ、『戦犬隊』も撒いた。
もう今夜の珍事は片が付いた、と思い込んでいた。
だからこそ、透哉を巻き込んだ派手な攻撃を始め、二人分の体重を浮かせるという無茶をしたのだ。透哉に悟らせないための小さな強がりが、今になって響いてきた。
つまり、戦うための力があまり残されていない。
ホタルは眼前のつばさを改めて見て、息を呑む。
巨大なヘリコプターが無音で飛んでいるみたいな違和感を持ちながら、予備動作も気配も見せず空中に、在る。
もし立体映像だと言われたら疑わないくらい静かな飛行だが、目を凝らすと背後の機械の翼が時折動いている。
(しかし、こんな少ない魔力で飛行可能なのか?)
透哉のように魔力を目視する能力など持ち合わせいないが、魔力の大小くらいは感覚で分かるのだ。
超技術の粋と言い切るにしても、つばさのデバイスは常軌を逸している。
いずれにしても、ホタルの得られた情報は全て視覚によるものに集約していて、潜在的な能力は未知数だ。
消耗した状態で未知に挑むほど恐怖はない。
下手に仕掛ければ、初動で勝負が着きかねない。十二学区からの脱出は愚か、勝敗さえも危うい。
ホタルに体を向けたまま姿勢を変えずに、氷上を滑るように移動するつばさ。
「ねぇ、それって光学迷彩ってやつぅ?」
闇夜にぼんやりと翻る『白檻』を指して言う。好奇心による質問ではなく、気に入らない物への当てつけのような口調だ。
攻撃の気配はなく、まだ探りを入れている段階だろうが、いつどのタイミングで均衡が崩れるか分からない。
実は、ホタルから見たつばさが未知である以上に、つばさから見たホタルは不気味な存在なのだ。
通常、十二学区におけるデバイスは申請と登録が行われ、全学区に用途公開した上で厳重に管理されている。
不正利用防止、技術の独占、危機管理など、表向きには平和、平等を謳っている。しかしながら、裏では牽制し合っているのが実情である。
そんなルールが敷かれた十二学区に、ポンッと現れたのがホタルと言う謎の存在である。
未登録の試作品を持ち出したつばさがそうであるように、相手にも同じ動機や可能性を当てはめた。
その結果、他の学区が作り上げた闇の一端に触れている、と言う思い込みがつばさの行動を制限していた。
互いが互いの情報を欲していた。
(どうする? やる、のか?)
完全な計画段階とは言え、ホタルたちは(不本意ながら)十二学区の殲滅を企てている。当然、眼前のつばさなど最優先対象のはずだ。削げる戦力なら削いでおきたいと思う。
しかし、アイドルという目立つ位置のつばさを手にかけることで生まれる波紋は小さくないだろう。
大局を見据えたホタルは、デバイスの破壊にのみ的を絞り、手加減を決める。
技術力には舌を巻くが、魔力量に依存した、単純な力技なら上回っているという公算に基づく結論だ。
思慮を経て、覚悟を固めたホタルの前、つばさにも動きがあった。
「ちぇー、だんまりか。こんなときヒカルみたいな能力があったらいいのになぁ」
『っ?』
「考えても分からないから、実力行使、させてもらうとしようかな?」
拗ねたように吐き捨てるつばさに、ホタルは思考を乱される。
つばさから不穏な気配、牽制が闘争へと移り変わる兆候を感じたのだ。
「盗んだ物を素直に返せば許して……んー、やっぱり返さなくていいや」つばさが言いかけた言葉を切り、「死体にして回収するから♪」声を弾ませ、愉快そうに言う。
直後、仰々しい大振りと共に翻るのは両刃を緑色に輝かせる、長柄の戦斧。
先日とは別人と思えるほどの野蛮さを曝け出し豹変する。
加えて楽しんでいる節が見え隠れしている。
「聞こえた? 今更盗品を返してごめんなさいってのは白けるから徹底抗戦でよろしく」
口火を切る、と言うより痺れを切らせたのはつばさの方だった。
最終的には持てる武器への自負と期待から踏み切るに至った。
「それよりぃ、あなたはどう言う原理で飛んでいるんだい!? いや、原理なんてどうでもいいや。いつまで私の空に無断で飛んでいるつもりなんだい!?」
探る口調が一変、濃い苛立ちを含んだ怒声に変わる。そして、長柄の戦斧を外観通り、両手で大袈裟に掲げる。
しかし、つばさはその長柄の戦斧を、九十度回し、巨大な団扇のようにその場で振り下ろす。
(――っ!)
距離を詰めて斬りかかるか、薙ぎ払うために振るわれると、見た目から想像したホタルは完全に虚を突かれた。
戦斧を振りきると同時、虚空から太鼓を叩くような音を響かせ、烈風が巻き起こる。巨大な空気の壁の直撃を受け、車に跳ねられたみたいに吹き飛ばされる。
「やっぱりいいわぁ。合法的に人を攻撃できるのってサイコー! うひひ、これを得るための対価とは言え、クソみたいなアイドル活動に精を出すのは本当に苦痛……? って、あれ?」
攻撃の余韻に浸り、独り言を垂れ流すつばさ。
しかし、ホタルへのダメージは皆無だった。受けた風には逆らわずわざと流され、建物への衝突は最低限の磁力操作で回避したのだ。
攻撃が空回りしていた事実につばさの表情が不快感に染まる。
「本当にどんな原理なんだい? 動力を使っているようにも、風を操っているようにも見えないじゃないかい。もしかして、気圧操作? まさか大気に乗ったり、重力操作じゃあるまいし……」
(どう言う原理って私は磁力で飛んでいるのだ! ん、原理?)
つばさの言葉にホタルが疑問を抱く。
反対に考えるなら、つばさも何からかの原理に基づいてあの飛行を可能にしている。論じるまでもなく十二学区は科学と魔力が横行する場所だ。
原理を解くことは突破口に繋がる。
(魔力を使って空を飛ぶ方法? なるほど、分からん。こんなことなら、もっと勉強しておけば良かったのだ!)
そんなホタルにはお構いなしに、つばさは攻撃の手を緩めない。
よもや、戦闘の最中に自らの不勉強への悔恨を口にしているとは思うまい。
戦斧を振る度、空気が爆ぜ、太鼓を打つような音と共に烈風が激しくホタルを揺さぶる。人為的に起こすには大きすぎる風力だが、直接的なダメージはない。
実際、つばさの起こす風は攻撃と言うよりも、吊り橋をわざと揺らして脅かすように恐怖を煽ることが目的なのだ。
空中戦を理解しているつばさからすれば、滞空や姿勢制御を阻害される突風は墜落や建造物への激突を招きかねない危険極まりない行動だ。
そう言った意味を含めた、二次被害を目論んだ間接攻撃だったわけだが、磁力を使った空中での姿勢制御を自在に行えるホタルには効き目は薄い。
つばさが攻撃として生み出す暴風、烈風の乱打も、ホタルからすれば鬱陶しい風でしかないのだ。
しかし、姿勢を崩し、自由を奪うという意味では十二分に機能していた。
現にホタルは墜落こそしないものの、まともな攻撃姿勢を取れずにいた。
(くっ、これでは『雷王』を出したところでまともに戦えない)
そんな中、急に無風になる。
反射的につばさの方を仰ぎ見て、暴力という言葉の具現を見た。
漆黒のボディスーツと機械の翼で風を切りながら、身の丈程の巨大戦斧を担ぎ、自分に向けて叩きつけんとして降下してくる。
突進と同時に向きを直した戦斧の刀身を振り下ろす。
その、斧としての正しい使い方にまた、虚を突かれる。
ホタルは慌てて壁を蹴り、磁力を働かせ緊急回避。代わりに戦斧の直撃を受けた建物の外壁が見た目通りの物量で抉れた。
しかし、つばさの一撃はそれでは終わらない。
戦斧の激突は衝撃波を伴う暴風を巻き起こし、屋内の物資をミキサーでぐちゃぐちゃに掻き回したみたいに悉く破壊し、建物内部の物を一掃、反対側に瓦礫として吐き出した。
結果として、隕石が貫いたような惨状が戦斧の一振りで生み出された。
もうもうと立ち上る埃と煙につばさは眉をひそめた。
「へぇ、うまく避けたんだ。って? いないじゃないかい!?」
戦斧の軽い一振りで煙を薙ぎ払うと、そこにホタルの姿はない。
大口を開け、瓦礫を零す、倒壊間際の建物が鎮座するのみだった。
落下する透哉を追うため、ホタルは磁力を反転させる。
身体を浮かべるための反発力と、姿勢を安定させるための吸着力、その全てを。
銀髪の尾を引き、白いマントを嵐の中を行く帆船の如く暴れさせ、落ちるより早く真下へ移動する。
着地を考慮に入れていない下方向への無謀な高速移動は、想像を絶する風圧を伴う。
それでも、透哉救出を強行するホタル。しかし、
「させないよ?」
慌てて降下を始めたホタルの真横から、緑の烈風が襲いかかる。ゴウッと言う風に煽られ、目測のズレを感じたホタルは磁力を全て解除し、空中で半回転。風に吹き飛ばされながら新たに磁力を調整するが、ビルの屋上にたたき落とされた。
激突の寸前に磁力の反発で衝撃を緩和することには成功したが、完全には勢いを殺しきれなかった。ホタルはじくじくと痛みを訴える肩を押えながら立ち上がり、降下してくる出で立ちを仰ぎ見て、耳元に意識を奪われた。
『――うおおおぉぉぉ!?』
落下していった透哉の絶叫が鼓膜に突き刺さったからだ。
電車のブレーキ音に似た激しい衝撃音が続き、突然途絶える。
『御波!? 無事なのか!』
『ったく、何勝手に絶望してんだ? 俺がそう簡単にくたばるわけねぇだろ』
『そうか、凄い悲鳴だったから心配したぞ』
『そもそも、この程度の高さなら落ちても死なねーよ』
つばさを意識しつつ、目線を向けると闇に飲まれたビル街、その狭間に細い輝きを見た。
それは暗夜に浮かぶ自分と同じ煌めき。
光を反射することで姿を現す透明の刀。
詳しい状況までは分からないが、透哉の安否を知ることが出来た。
懸念を払拭したホタルは、眼前の敵に安心して向き直る。
(しかし、さっきの攻撃は何だ? どうやったのだ?)
意識を切り替えてすぐ、自分の身に降り注いだ不可解な現象に疑問を抱く。
落ちるより早く移動していた自分への的確な遠隔攻撃。
門外漢ゆえ、風を操る能力への知識は乏しい。それでも、エンチャンターの能力は、能力者本人を発端に放たれるのが常だ。
風を操る能力なら、つばさを中心に吹き出すか、つばさに向かって吹き込まなければ辻褄が合わない。
特異な風の発生がつばさ自身の能力か、デバイスの機能かも判別が着かない。
漠然としているのは、何もない空間から意図的に風を発生させた、と言うことだけ。
口元を結び正面を見据えると、汗が頬を伝った。
「どのみち、この高さから落ちたら助からないから私と遊ぼうよぉ」
『……っ』
透哉の死亡を勝手に決めつけている点には苛立ちを覚えだが、あえて訂正する必要はない。
目元は影になってはっきりと見えなかったが、真横に裂けた口元から強い愉悦が漏れている。
「あなたも運がないよね。ここがパレットの上空でなけりゃ私も手が出せなかったのに。さて、あなたはどこの学区の回し者なんだい?」
つばさは顎をしゃくり上げ、ヘッドセット側面に軽く手を添え、何らかの操作を加えた。そして、ホタルの姿をスキャンするみたいに頭から足先まで見て、
「おっと、どうなっているんだい? どこの学区のライブラリにもヒットしない。なーるほど、秘密兵器ってことかい? やっぱ、余所の学区もそーいうことやってるんだねぇ」
つばさの言葉から垣間見える、日常的に行われている学区内での争い。
そして、どうやらホタルのことを十二学区外部からの侵入者ではなく、学区内の機密事項と判断したらしい。
全く別ルートの出身であるホタルからすれば、勘違いは好都合だった。
「正直、盗品には興味ないけど、第六学区に恩を売っておくついでにあなたの正体、拝ませて貰うよ?」
つばさの好き勝手な物言いに、ホタルは終始無言を貫いた。素性を隠す意味もあったが、ある懸念があった。
透哉を救出し、殺希の元を離れ、『戦犬隊』も撒いた。
もう今夜の珍事は片が付いた、と思い込んでいた。
だからこそ、透哉を巻き込んだ派手な攻撃を始め、二人分の体重を浮かせるという無茶をしたのだ。透哉に悟らせないための小さな強がりが、今になって響いてきた。
つまり、戦うための力があまり残されていない。
ホタルは眼前のつばさを改めて見て、息を呑む。
巨大なヘリコプターが無音で飛んでいるみたいな違和感を持ちながら、予備動作も気配も見せず空中に、在る。
もし立体映像だと言われたら疑わないくらい静かな飛行だが、目を凝らすと背後の機械の翼が時折動いている。
(しかし、こんな少ない魔力で飛行可能なのか?)
透哉のように魔力を目視する能力など持ち合わせいないが、魔力の大小くらいは感覚で分かるのだ。
超技術の粋と言い切るにしても、つばさのデバイスは常軌を逸している。
いずれにしても、ホタルの得られた情報は全て視覚によるものに集約していて、潜在的な能力は未知数だ。
消耗した状態で未知に挑むほど恐怖はない。
下手に仕掛ければ、初動で勝負が着きかねない。十二学区からの脱出は愚か、勝敗さえも危うい。
ホタルに体を向けたまま姿勢を変えずに、氷上を滑るように移動するつばさ。
「ねぇ、それって光学迷彩ってやつぅ?」
闇夜にぼんやりと翻る『白檻』を指して言う。好奇心による質問ではなく、気に入らない物への当てつけのような口調だ。
攻撃の気配はなく、まだ探りを入れている段階だろうが、いつどのタイミングで均衡が崩れるか分からない。
実は、ホタルから見たつばさが未知である以上に、つばさから見たホタルは不気味な存在なのだ。
通常、十二学区におけるデバイスは申請と登録が行われ、全学区に用途公開した上で厳重に管理されている。
不正利用防止、技術の独占、危機管理など、表向きには平和、平等を謳っている。しかしながら、裏では牽制し合っているのが実情である。
そんなルールが敷かれた十二学区に、ポンッと現れたのがホタルと言う謎の存在である。
未登録の試作品を持ち出したつばさがそうであるように、相手にも同じ動機や可能性を当てはめた。
その結果、他の学区が作り上げた闇の一端に触れている、と言う思い込みがつばさの行動を制限していた。
互いが互いの情報を欲していた。
(どうする? やる、のか?)
完全な計画段階とは言え、ホタルたちは(不本意ながら)十二学区の殲滅を企てている。当然、眼前のつばさなど最優先対象のはずだ。削げる戦力なら削いでおきたいと思う。
しかし、アイドルという目立つ位置のつばさを手にかけることで生まれる波紋は小さくないだろう。
大局を見据えたホタルは、デバイスの破壊にのみ的を絞り、手加減を決める。
技術力には舌を巻くが、魔力量に依存した、単純な力技なら上回っているという公算に基づく結論だ。
思慮を経て、覚悟を固めたホタルの前、つばさにも動きがあった。
「ちぇー、だんまりか。こんなときヒカルみたいな能力があったらいいのになぁ」
『っ?』
「考えても分からないから、実力行使、させてもらうとしようかな?」
拗ねたように吐き捨てるつばさに、ホタルは思考を乱される。
つばさから不穏な気配、牽制が闘争へと移り変わる兆候を感じたのだ。
「盗んだ物を素直に返せば許して……んー、やっぱり返さなくていいや」つばさが言いかけた言葉を切り、「死体にして回収するから♪」声を弾ませ、愉快そうに言う。
直後、仰々しい大振りと共に翻るのは両刃を緑色に輝かせる、長柄の戦斧。
先日とは別人と思えるほどの野蛮さを曝け出し豹変する。
加えて楽しんでいる節が見え隠れしている。
「聞こえた? 今更盗品を返してごめんなさいってのは白けるから徹底抗戦でよろしく」
口火を切る、と言うより痺れを切らせたのはつばさの方だった。
最終的には持てる武器への自負と期待から踏み切るに至った。
「それよりぃ、あなたはどう言う原理で飛んでいるんだい!? いや、原理なんてどうでもいいや。いつまで私の空に無断で飛んでいるつもりなんだい!?」
探る口調が一変、濃い苛立ちを含んだ怒声に変わる。そして、長柄の戦斧を外観通り、両手で大袈裟に掲げる。
しかし、つばさはその長柄の戦斧を、九十度回し、巨大な団扇のようにその場で振り下ろす。
(――っ!)
距離を詰めて斬りかかるか、薙ぎ払うために振るわれると、見た目から想像したホタルは完全に虚を突かれた。
戦斧を振りきると同時、虚空から太鼓を叩くような音を響かせ、烈風が巻き起こる。巨大な空気の壁の直撃を受け、車に跳ねられたみたいに吹き飛ばされる。
「やっぱりいいわぁ。合法的に人を攻撃できるのってサイコー! うひひ、これを得るための対価とは言え、クソみたいなアイドル活動に精を出すのは本当に苦痛……? って、あれ?」
攻撃の余韻に浸り、独り言を垂れ流すつばさ。
しかし、ホタルへのダメージは皆無だった。受けた風には逆らわずわざと流され、建物への衝突は最低限の磁力操作で回避したのだ。
攻撃が空回りしていた事実につばさの表情が不快感に染まる。
「本当にどんな原理なんだい? 動力を使っているようにも、風を操っているようにも見えないじゃないかい。もしかして、気圧操作? まさか大気に乗ったり、重力操作じゃあるまいし……」
(どう言う原理って私は磁力で飛んでいるのだ! ん、原理?)
つばさの言葉にホタルが疑問を抱く。
反対に考えるなら、つばさも何からかの原理に基づいてあの飛行を可能にしている。論じるまでもなく十二学区は科学と魔力が横行する場所だ。
原理を解くことは突破口に繋がる。
(魔力を使って空を飛ぶ方法? なるほど、分からん。こんなことなら、もっと勉強しておけば良かったのだ!)
そんなホタルにはお構いなしに、つばさは攻撃の手を緩めない。
よもや、戦闘の最中に自らの不勉強への悔恨を口にしているとは思うまい。
戦斧を振る度、空気が爆ぜ、太鼓を打つような音と共に烈風が激しくホタルを揺さぶる。人為的に起こすには大きすぎる風力だが、直接的なダメージはない。
実際、つばさの起こす風は攻撃と言うよりも、吊り橋をわざと揺らして脅かすように恐怖を煽ることが目的なのだ。
空中戦を理解しているつばさからすれば、滞空や姿勢制御を阻害される突風は墜落や建造物への激突を招きかねない危険極まりない行動だ。
そう言った意味を含めた、二次被害を目論んだ間接攻撃だったわけだが、磁力を使った空中での姿勢制御を自在に行えるホタルには効き目は薄い。
つばさが攻撃として生み出す暴風、烈風の乱打も、ホタルからすれば鬱陶しい風でしかないのだ。
しかし、姿勢を崩し、自由を奪うという意味では十二分に機能していた。
現にホタルは墜落こそしないものの、まともな攻撃姿勢を取れずにいた。
(くっ、これでは『雷王』を出したところでまともに戦えない)
そんな中、急に無風になる。
反射的につばさの方を仰ぎ見て、暴力という言葉の具現を見た。
漆黒のボディスーツと機械の翼で風を切りながら、身の丈程の巨大戦斧を担ぎ、自分に向けて叩きつけんとして降下してくる。
突進と同時に向きを直した戦斧の刀身を振り下ろす。
その、斧としての正しい使い方にまた、虚を突かれる。
ホタルは慌てて壁を蹴り、磁力を働かせ緊急回避。代わりに戦斧の直撃を受けた建物の外壁が見た目通りの物量で抉れた。
しかし、つばさの一撃はそれでは終わらない。
戦斧の激突は衝撃波を伴う暴風を巻き起こし、屋内の物資をミキサーでぐちゃぐちゃに掻き回したみたいに悉く破壊し、建物内部の物を一掃、反対側に瓦礫として吐き出した。
結果として、隕石が貫いたような惨状が戦斧の一振りで生み出された。
もうもうと立ち上る埃と煙につばさは眉をひそめた。
「へぇ、うまく避けたんだ。って? いないじゃないかい!?」
戦斧の軽い一振りで煙を薙ぎ払うと、そこにホタルの姿はない。
大口を開け、瓦礫を零す、倒壊間際の建物が鎮座するのみだった。
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