終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第21話 第六学区の魔女(1)『絵』

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1.
 二時間ほどが経過して、透哉は辟易する。
 アカリに手渡された飲料のラベルをまじまじと見るが、どこにもアルコールの表記はない。時間経過に伴い、アカリの呂律が怪しくなってきたので訝しく思って確認したが何度見てもオレンジジュースとコーラだ。
 自分も同様の物を口にしたが、当然身体に異常はない。
 それぞれ缶を二つ開け、三本目に手を伸ばすアカリ。

「ふぉら、もっと、ろみなさいよぉ~」
「お前、大丈夫なのか?」

 口やかましいが、性格と仕事柄から自己管理はちゃんとしているだろうと言うのが透哉のアカリに対する評だ。
――だったのだが、現状を見るに考えを少し改める必要がある。割と酒乱の気があるらしく(酒は飲んでいないが)気持ちが昂ぶると抑制が効かなくなるようだ。
 恐らく「ほら、もっと、飲みなさいよ」と言っているのだろうが、呂律が回っていないためはっきりと聞き取ることが出来ない。

「らいひょーぷぅ! ふぉら、あんふぁのぶんも~」
「どうしてジュースでベロンベロンになってんだよ! ほどほどにしとけよ!?」
「たかぁが、じゅーすでしょ? しぇんしぇんしんふぁいないよぉ~?」
「そのジュースのせいで発声もままならないのはどこの誰だよ!?」

 透哉の少し長めのツッコミにも「えー?」と気の抜けた返事を返すだけで完全にできあがってレロレロだ。
 とりあえず三本目のコーラの缶を受け取りつつ、透哉はダメだこりゃと頭を抱える。
 そんな透哉を余所に、カシュっと小気味よい音が響く。

「とーやがぁ、しんふぁいしてくれるならぁ、もっと、も~っと、ろんじゃおっかなぁ~」
「だー! もう抱きつくなこの酔っ払いが!」

 不毛なやり取りを交わしつつ、酔い潰れるまでには時間はかからないだろうと考えた透哉。繰り返すが、ジュースにアルコールは入っていない。
 アカリが寝るまで待ってこっそり抜け出す算段を立てる。
 腰にしがみついてくるアカリを引き剥がしながら、ふにょりと柔らかな感触が手に当たる。

「ふぁあ!?」
「なんだよ、いきなり!?」
「透哉、今、私のむ、むねを……!?」

 アカリが尻尾を踏んづけられた猫みたいな悲鳴を上げて、透哉から飛び退いた。
 一方の透哉は、手に返ってきた未知の感触に戸惑っていた。

(今のが胸の感触? いや、本人が言っているなら間違いないか……でも)

 奇妙な柔らかさが余りにも不可解だった。
 不慮の事故とは言え、過去にホタルの胸(?)と野々乃の胸にタッチした経験を持つ透哉だ。
 無意識で失礼な比較を自覚せぬまま黙り込むこと数秒。
 個人差なのか? と考えたが、それでも人体とはかけ離れた感触は説明が付かない。
 己の失態にも気付かず首を傾げる透哉に影が覆い被さる。
 ふと、顔を上げると拳をわなわなと震わせるアカリの赤面が出迎えた。
 しかし、透哉は心底不思議そうな顔つきで、単純な疑問をぶつける。

「なぁ。今の、胸だった、のか……?」
「何よっ! そのリアクション!? 小さいとでも言いたいわけ!?」
「そうじゃない、なんか変な触り心地がしたから――」

 透哉の正直な弁目は聞き入れて貰えそうにない。何故なら般若の形相でこちらを睨み、ツインテールを鞭のように独立可動させ、今にも襲いかかってきそうなアカリがそこに出来上がっていたからだ。
 これには流石の透哉も言葉を慎んだ。

「透哉、ごめんなさいは?」
「えっと、ごめんなさい」
「よろしい」

 透哉の素直な謝罪に満足したアカリは組んでいた腕を解き、寛大な処置を下す。
 個人の疑問よりも優先すべきことは世界には沢山あることを学んだ透哉だった。
 乙女の貞操に触れられたことで酔いが醒めたのか、ベロンベロンで終始饒舌だったアカリが急に思い出したみたいに壁の時計を見上げた。

「あ、終電の時間」
「ん? 終電って何時なんだ?」
「朝松市方面の下り列車は十一時五十分が最終便よ」

 慌てて時計を確認すると十一時四十七分。
 ここは高層ビルの十二階。
 エレベーターを待って降りるだけで時間が足りなくなってしまう。
 ベランダから地上まで飛び降りればギリギリ間に合いそうだが、十二学区の住人に目撃されると面倒なことになる。
 走って帰るか迷ったが、人の出入りが極端に減った中を出歩くのも目立つ。

「他に電車はないのか?」
「一応深夜には貨物車両が何台か走っているみたいだけど、そんなものの時刻表なんて知らないわよ?」

 一瞬、貨物列車に忍び込んでの密航を企てるが、見つかった場合これまた面倒だ。
 流れで変なことになってしまった。電車を使わない帰路方法を模索する透哉の袖が不意に引かれる。
 振り向くと片方の手でシャツの裾を握ってもじもじさせ、頬を赤く染めたアカリとぴったり目が合う。

「その、泊まっていけばいいじゃない……あ、泊まるって言っても部屋は別だからね!?」
「なんでそうなる? 最悪、走って帰ればいいだろ?」

 羞恥の誘いに赤面するアカリに透哉は至って普通の口調で返す。
 そう言うこと・・・・・・を一切想定していない無垢な返答に、紅潮したアカリがボンッと音を立てて煙を噴いてばつが悪そうに俯いてしまう。

「――っ! とっ、透哉のバカァ!」
「なんだよ!? わけわかんねぇ!」

 謂われのない罵声に透哉は首を傾げる。何故か顔を背けたアカリの背を見ながら透哉はこれ以上一緒にいるべきではないと感じた。
 分かりやすい好意の転換を感じ取った、からではない。
 自分はこの先の未来、十二学区の敵になる存在だ。
 有事の際の抵抗になりえる邪魔な情を育てかねないと感じたから。
 現にアカリへの感情が傾きつつあることを透哉は自覚していた。敵意を向けて罵声を浴びせられる相手ではなくなっていた。
 しかし、既に手遅れであることまでは自覚できていなかった。
 彼女たちの世界の破壊を企てていることとは別に、彼女に壊れて欲しくない。そんな甘いことを思ってしまった。

(やっぱり帰ろう。手段は、外に出て考えるか……)

 最悪感知されることを覚悟した上で魔力の解放も辞さないつもりだった。
 立ち上がろうとした透哉の手を完全に先回りする形でアカリが掴んだ。

「居て、欲しい」
「なんっ?」



 多くは語らず、消え入りそうな声で一言。
 数刻前に自ら危惧した通り、透哉はその手を振り解けなかった。
 見たままの華奢でか弱い手だ。
 路上で引きずり回したときの強引さはなく、魔力で補填されてもいない。
 そんな、払うだけで折れてしまいそうな手が、巨大な錨に匹敵する力で透哉を繋ぎ止めた。
 透哉は動けなかった。
 色香に惑わされたわけではない。
 アカリの境遇への同情なのかも分からない。
 ただ、やんわりと受け入れることしか出来なかった。

 後に透哉は思い知る。
 この時強引に振り払っていれば、
 何も見ることはなかったと、
 何も知ることはなかったと、
 何も殺すことはなかったと、
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