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第二章
第18話 ライブ・オブ・エレメント(2)『絵』
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2.
廊下でのゴタゴタを経て、透哉は無事観覧席への入場を果たした。
席数はざっと見て三十ほど。
会場全体の正確な収容人数は分からないが、警備員が選ばれた者だけが通れる場所と言った意味をひしひしと感じた。
並んだ座席はいずれも赤い革製のシートで、一般客用との格差を如実に表していた。
が、価値も値段も分からない透哉の目には席の間隔が広い映画館のようにしか映らなかった。
それとは別に透哉の存在はこの場ではかなり目立っていた。
案内してくれた警備員は当然として、この場に居合わせたものは大人ばかりで楽しみの一環として訪れた観客と呼ぶには堅苦しい格好と面構えをしている。
そのため、学生服の上から白いマントを羽織った姿は誰の目にも止まった。
透哉は周囲の視線など気せず、目的を果たすために自分に充てられた席を探す。アカリから渡されたチケットを片手にキョロキョロと席を探す透哉に突然、声がかかる。
「君、ここは学生が入る場所じゃないだろ?」
「あ?」
小馬鹿にされた風に聞こえたのは透哉の被害妄想だが、視線を合わせて即座に好意的でないと理解する。
歌や踊りを楽しむファンとはほど遠い様相の初老の男。
恐らくスポンサーとか会場の関係者だろうと推察する。これだけ巨大な会場と規模の催しだ。裏で動いている人と金の量は計り知れないだろう。
ここはそんな大多数の中から選ばれた少数しか踏み入れることが出来ない場所なのだ。だから自分と同じ待遇を受けている学生の存在が単純に気に入らなかったのだろう。
そもそも、警備員が存在するゲートからしか入場できない時点で、子供大人関係なく招待客であることが分からないのだろうか。
「学生なのは間違いないが、俺は立派な招待客だ」
透哉がチケットの半券を誇示すると男は目を丸くした。その反応は余りに露骨。チケットと透哉の顔を交互に見比べて「こんな子供を招待する者が居るのか?」と見下した評をしているのが見て取れる。
適当にやり過ごして離れたい透哉だったが、席番に従って椅子に座ると男の隣の席だった。座り心地は悪くないが、チラチラとこちらを伺う姿が視界の端に入り鬱陶しい。
(ちっ)
透哉は心の中で舌打ちをすると席にどっかりと腰掛け、足を組んでスマホで時間を確認した。
開演まであと十五分。
時間つぶしにと、入り口で半券と一緒に受け取ったパンフレットを開く。
メンバーの顔写真と簡易のプロフィールが掲載されていた。
およそ関心があるとは思えない顔をしたまま目を通す。
(へぇ、綺麗に撮れてんじゃん)
皮肉交じりに春日アカリのプロフィールを軽く読み流し、続いて宇宮湊のプロフィールを見て軽くえずいた。
「ぐえっ」
カメラ目線で笑顔全開の湊がでかでかと写った写真を見たからだ。生で微笑まれたときとは異なり静止画像。
解像度の高いグロ画像を至近距離でみせられた気分だった。
透哉が逃げるようにページをめくると見覚えのある顔。
(あー、こいつは空飛ぶデバイス女)
ある意味一番印象的な(どんどん呼称が失礼になって行く)松島つばさ。けれど透哉の感想はあくまで簡素で関心は薄く、あっさりとパンフレットを捲る。
(コイツは知らねーな……あん? よく見たらさっき睨んできたヤツか?)
次のページの少女には見覚えはない。と思ったが、僅か数分前に浴びた強烈な熱視線が蘇った。写真の笑顔とは掛け離れた敵意に、目を眇めるだけでここまで印象が変わるのかと感心してしまう。
(ヒカルってーのか。それにしても、メンバー全員似たような名前してんなぁ。わざと統一してんのか?)
ファンから袋だたきに遭いそうなことを心の中で呟く。
熱狂的なファンならプロフィールを暗記し、穴が開くほどブロマイドを凝視して目に焼き付ける物だ。それが透哉ときたら漫画を読まずに絵だけを流し見る程度の雑さでしか見ていない。
実際、透哉からするとアイドルの顔写真が載ったパンフレットなど、新聞に挟まったピザ屋の広告と大差はないのだ。
深く考察したわけではないが、五人中の四人が三文字で統一されている。
残る五人目の名前に関連性を求めつつ、ページを捲る。
さっきまでのメンバー達とは異なり、トップの写真が見開きだった。
知識のない透哉にもすごそう、程度の理解は出来た。メンバーの中で特別な扱いを受けているのは言うまでもない。
彼女こそが、センターと呼ばれる名誉あるポディションであり、(さっき廊下で教えられたが透哉は覚えていない)エレメントの中心人物に他ならない。
名前に目を転じ、
讃岐うどん子。
…………………………………ん?
透哉の思考が停止する。
顔写真の下、名前が載っていた場所に食べ物の名前が書いてある。
今になって通路で大泣きしていたうどん屋の娘であると認識する。やたらとうどんうどんと連呼するものだからふざけていると思って聞き流していたのだ。
(名前が『うどん子』だと!?)
意図せずパンフレットを握る手に力がこもる。珍妙な名への驚きが力加減を誤らせた。
このふざけた呼称を初見で聞き間違いと疑わずに人名と信じられる者はいるのだろうか。
ひときわ異彩を放つ名前だと認識するまでにかなりの時間を要した。
(一人芸名が混ざってんだけど……もしかして、アイドルってヤツは笑いをとるための集まりなのか?)
名前の統一感は偶然で、全て本名であることなど知るよしもない。
(くっ、これ以上の詮索と熟考は脳に負担がっ!)
一種の錯乱状態に陥った透哉は、逃避するようにパンフレットを畳み、ため息を一つ。
呼吸を整え、再度パンフレットを開き、やはり即座に断念。
(俺には荷が、重すぎるっ! もう、誰でもいいから助けてくれ))
心の中で弱音を吐露しながら目を閉じると、塚井を始め今日出会った岩灘と虎井の姿がうっすらと浮かんだ。
廊下でのゴタゴタを経て、透哉は無事観覧席への入場を果たした。
席数はざっと見て三十ほど。
会場全体の正確な収容人数は分からないが、警備員が選ばれた者だけが通れる場所と言った意味をひしひしと感じた。
並んだ座席はいずれも赤い革製のシートで、一般客用との格差を如実に表していた。
が、価値も値段も分からない透哉の目には席の間隔が広い映画館のようにしか映らなかった。
それとは別に透哉の存在はこの場ではかなり目立っていた。
案内してくれた警備員は当然として、この場に居合わせたものは大人ばかりで楽しみの一環として訪れた観客と呼ぶには堅苦しい格好と面構えをしている。
そのため、学生服の上から白いマントを羽織った姿は誰の目にも止まった。
透哉は周囲の視線など気せず、目的を果たすために自分に充てられた席を探す。アカリから渡されたチケットを片手にキョロキョロと席を探す透哉に突然、声がかかる。
「君、ここは学生が入る場所じゃないだろ?」
「あ?」
小馬鹿にされた風に聞こえたのは透哉の被害妄想だが、視線を合わせて即座に好意的でないと理解する。
歌や踊りを楽しむファンとはほど遠い様相の初老の男。
恐らくスポンサーとか会場の関係者だろうと推察する。これだけ巨大な会場と規模の催しだ。裏で動いている人と金の量は計り知れないだろう。
ここはそんな大多数の中から選ばれた少数しか踏み入れることが出来ない場所なのだ。だから自分と同じ待遇を受けている学生の存在が単純に気に入らなかったのだろう。
そもそも、警備員が存在するゲートからしか入場できない時点で、子供大人関係なく招待客であることが分からないのだろうか。
「学生なのは間違いないが、俺は立派な招待客だ」
透哉がチケットの半券を誇示すると男は目を丸くした。その反応は余りに露骨。チケットと透哉の顔を交互に見比べて「こんな子供を招待する者が居るのか?」と見下した評をしているのが見て取れる。
適当にやり過ごして離れたい透哉だったが、席番に従って椅子に座ると男の隣の席だった。座り心地は悪くないが、チラチラとこちらを伺う姿が視界の端に入り鬱陶しい。
(ちっ)
透哉は心の中で舌打ちをすると席にどっかりと腰掛け、足を組んでスマホで時間を確認した。
開演まであと十五分。
時間つぶしにと、入り口で半券と一緒に受け取ったパンフレットを開く。
メンバーの顔写真と簡易のプロフィールが掲載されていた。
およそ関心があるとは思えない顔をしたまま目を通す。
(へぇ、綺麗に撮れてんじゃん)
皮肉交じりに春日アカリのプロフィールを軽く読み流し、続いて宇宮湊のプロフィールを見て軽くえずいた。
「ぐえっ」
カメラ目線で笑顔全開の湊がでかでかと写った写真を見たからだ。生で微笑まれたときとは異なり静止画像。
解像度の高いグロ画像を至近距離でみせられた気分だった。
透哉が逃げるようにページをめくると見覚えのある顔。
(あー、こいつは空飛ぶデバイス女)
ある意味一番印象的な(どんどん呼称が失礼になって行く)松島つばさ。けれど透哉の感想はあくまで簡素で関心は薄く、あっさりとパンフレットを捲る。
(コイツは知らねーな……あん? よく見たらさっき睨んできたヤツか?)
次のページの少女には見覚えはない。と思ったが、僅か数分前に浴びた強烈な熱視線が蘇った。写真の笑顔とは掛け離れた敵意に、目を眇めるだけでここまで印象が変わるのかと感心してしまう。
(ヒカルってーのか。それにしても、メンバー全員似たような名前してんなぁ。わざと統一してんのか?)
ファンから袋だたきに遭いそうなことを心の中で呟く。
熱狂的なファンならプロフィールを暗記し、穴が開くほどブロマイドを凝視して目に焼き付ける物だ。それが透哉ときたら漫画を読まずに絵だけを流し見る程度の雑さでしか見ていない。
実際、透哉からするとアイドルの顔写真が載ったパンフレットなど、新聞に挟まったピザ屋の広告と大差はないのだ。
深く考察したわけではないが、五人中の四人が三文字で統一されている。
残る五人目の名前に関連性を求めつつ、ページを捲る。
さっきまでのメンバー達とは異なり、トップの写真が見開きだった。
知識のない透哉にもすごそう、程度の理解は出来た。メンバーの中で特別な扱いを受けているのは言うまでもない。
彼女こそが、センターと呼ばれる名誉あるポディションであり、(さっき廊下で教えられたが透哉は覚えていない)エレメントの中心人物に他ならない。
名前に目を転じ、
讃岐うどん子。
…………………………………ん?
透哉の思考が停止する。
顔写真の下、名前が載っていた場所に食べ物の名前が書いてある。
今になって通路で大泣きしていたうどん屋の娘であると認識する。やたらとうどんうどんと連呼するものだからふざけていると思って聞き流していたのだ。
(名前が『うどん子』だと!?)
意図せずパンフレットを握る手に力がこもる。珍妙な名への驚きが力加減を誤らせた。
このふざけた呼称を初見で聞き間違いと疑わずに人名と信じられる者はいるのだろうか。
ひときわ異彩を放つ名前だと認識するまでにかなりの時間を要した。
(一人芸名が混ざってんだけど……もしかして、アイドルってヤツは笑いをとるための集まりなのか?)
名前の統一感は偶然で、全て本名であることなど知るよしもない。
(くっ、これ以上の詮索と熟考は脳に負担がっ!)
一種の錯乱状態に陥った透哉は、逃避するようにパンフレットを畳み、ため息を一つ。
呼吸を整え、再度パンフレットを開き、やはり即座に断念。
(俺には荷が、重すぎるっ! もう、誰でもいいから助けてくれ))
心の中で弱音を吐露しながら目を閉じると、塚井を始め今日出会った岩灘と虎井の姿がうっすらと浮かんだ。
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