終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第15話 ある夜の学生寮(4)

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4.
 横になっていた透哉は目を覚ました。
 どれくらいたっただろうか。体感で一時間くらい寝ていた気がする。
 部屋の明かりは消されているが、豪々吾の机に備えられた電気スタンドは煌々と照っているので、ある程度の明るさは保たれている。
 ベッドから起き上がると明かりを頼りに熱心に何か書いている豪々吾の背中が見えた。
 具体的な時間は分からないが、透哉の記憶では自分が横になる少し前から机に向かっていたはずだ。
 実は消灯時間はもう過ぎているが、透哉も豪々吾も素直に就寝するようなたまではない。

「ところで、さっきから熱心に何やってんだ?」
「ん? 起きたか、ブラザー。へへ、これはなんとっ!――宿題だ!」
「……真面目か」

 嬉々として答えた豪々吾の返答に急激に興味が失せた透哉は欠伸をした。
 異常なテンションは無視するとして、寮生として一緒に寝食を共にするようになってかれこれ一週間が過ぎた。
 寮での生活が決まったときは終日どんちゃん騒ぎを覚悟していたが、部屋にいるときの豪々吾は意外と大人しい。
 好戦的な性格にこそ変わりはないが、話せば分かるし、ちゃんと上級生として頼りになるというのがここ最近で改めた豪々吾への評価である。

「ブラザーの言い分はもっともだぜ。だが、俺様にはまだ他にやることがあんだよ」
「やることねぇ、また必殺技の考案とかか?」
「バカヤロウ! そう言う楽しみは宿題の後だ!」

 冗談で言ったつもりだったが、しっかり予定に組み込まれているらしい。新たな必殺技が生まれないことを祈りつつ、改めた評価を少し戻したくなる透哉である。


 更に数時間後、透哉は再び目を覚ました。
 眼球だけを動かして暗い室内を見回す。天井の明かりは当然として、豪々吾の机の電気スタンドも消されている。
 耳を澄ませると隣のベッドからかすかに寝息が聞こえる。宿題を含めたやること諸々は片付いたようだ。
 寝直そうと姿勢を変えて目を閉じても不思議と眠気は来ない。

(眠れない……寝過ぎたか?)

 食後の惰眠を省みつつ、どうにか再度眠りに付こうと目を閉じると数分で意識が薄れ始めた。
 そんな虚ろな意識の中で蘇ったのは昨日の矢場の言葉。

『御波、松風は喋る犬ではなくて、魔力の影響で体が変化し人間、魔人なの』
『――――っ!』

 松風が犬として認知されることで、魔人蔑視と言う思想と迫害から学園に守られていた事実。

『希な例って、どう言うことなんだ?』
『これ以上は教師としての守秘義務に抵触するから答えられないわ』

 答えを貰うことは叶わなかったが、あれは本当に言葉通りの意味なのか。
 自分を含め素性の危うい生徒を何人か知っている。
 矢場が何をどこまで掌握しているのか分からない。
 学園の暗部を知る身としては、一介の教師以上は濃い情報を有していると思いたい。
 この時透哉は、改めて夜ノ島学園の不気味さに触れた気がした。
 素性が知れない生徒たちが詰め込まれたことで生まれた、過去を詮索しない風潮を持つ学園形態。
 不都合を合理的に揉み消すために生まれた習慣。

(素性が分かっている奴なんて俺を除けば源だけだもんな。いや、それにしたって、幻影戦争以前のこととなるとさっぱりか……)

 以前の透哉は無関心という平等さで他の生徒たちを見て、物として管理することしか考えていなかった。一様に学園というシステムを正常に回すための歯車としか見ていなかったのだ。
 興味関心がないせいで気付かなかった。
 付き合いの深さに起因した懐疑と不安に透哉自身が初めて触れることになる。
 もう透哉は外から傍観する監視の目では見られなくなっていた。
 そして、巡りに巡り――出た、疑問。
 思考は突如として翻る。
 ナイフを逆手に持ち替えるように、疑惑の刃は自らに向けられた。

(俺は何者なんだろうな……)

 虚ろな意識の中、ポロリと心の中で呟いた。
 意図したわけではない。詩的と言うか哲学的な思いから呟いたつもりだった。
――あれ?
――おかしい。
『幻影戦争』のあったあの日、それより前のことが思い出せない。
 一年どころか、一日さえも記憶を遡ることができない。
 旧夜ノ島学園での生活やもっと昔の――――。

(なんで? 思い出せない)

 対して長くない思考を経て、カチンと何かに触れた。
 スコップで地面を掘り返していたら硬い岩に先端を弾かれたみたいに。
 まるでこれ以上の解析を脳が拒絶するみたいに。
 頭に針で刺したみたいな鋭い痛みが走る。

「クソッ!」

 透哉は吐き捨てるとベッドから起き上がり、時刻を確認する。
 深夜二時。
 意味もなく頭に手を当て、意識が完全に覚醒している事実に気味悪ささえ覚える。
 隣のベッドで寝息を立てている豪々吾を起こさないように静かに動き、寮の部屋を後にする。
 消灯時間はとうに過ぎていて、静まりかえった寮の廊下内に透哉の足音だけが反響する。
 下駄箱でスニーカーに履き替えて玄関の施錠を解き表へ出る。
 当然夜間の外出は禁じられている。
 ゆっくりと歩き始め、しかし、次に足を踏み出す頃には走り出していた。
 音を立てたら見つかるとか、早く寮を離れたいとか、何も考えなかった。
 無意識だった。
 確証はなかった。
 予感とも違う何か。
 衝動や本能に近い。
 それを言葉にするすべを御波透哉は持っていなかった。
 ただ、深夜の道を走り続けた。
 何かを追いかけるように、あるいは逃げるように。
 何かを掴もうともがいた手は空を切り、思いは虚ろながら、意志だけは明確に。
 捉えようのない焦燥感だけが支配する。
 学園の前を横切り、民家の間を突き抜け、足は自然と山の方へと向かう。
 立ち入り禁止の看板を飛び越え、細い獣道を駆け上がる。
 蜘蛛の巣を顔に浴びて、草が体に擦れることも意に介さず。
 獣道の終点、ヤマアジサイを払い、その場所に至る。
『国立夜ノ島学園』
 ボロボロの正門が変わらず透哉を待ち構えている。
 豪々吾に小屋を焼き払われ、寮での生活が始まってからは一度も訪れていない。
 両膝に手を突き、肩で息をしながら荒くなった呼吸を整える。
 けれど、動揺は収まらない。
 記憶の終着点。
 何があるというのか。
 呼ばれるように、誘われるように、門を潜る。
 周囲は当然の暗闇。暗さに目が慣れているとは言え、敷地内の様子は輪郭でしか掴めない。
 けれど長年過ごして培ってきた感覚がこの場所での活動を助長している。
 視覚情報が大幅に削られつつも、足取りに恐れは感じられない。耳を澄ましても虫の声一つ聞こえない。
 倒壊して横倒しになった校舎の上を歩きつつ、瓦礫の隙間から一枚のプレートがのぞいていた。
 拾い上げるとかろうじて『図書室』と読み取れた。
 こんなところにあったっけ?
 それは押し入れを漁り、幼少の頃に遊んでいたおもちゃを漁る程度の感覚。
 広大な敷地なため、長年生活してきた透哉でも未知のエリアはある。
 崩れた校舎から飛び降りて窓から中をのぞくとぐちゃぐちゃにまき散らされた児童書や辞典、図鑑と言った蔵書が河原の石のように積もっていた。
 引き寄せられるように窓を潜り、中へ入ると立ったまま移動できるくらい広い空間が残っていた。
 幸い、雨の影響は受けていないらしく、内部に濡れた形跡はない。
 けれど足場という足場はなく、ほとんど堆積した本の上を歩いている状態だ。
 特に興味を引かれる物は見当たらない。

(はぁ、何やってんだか。チクショウ)

 真っ暗な中でため息を一つ吐き、自問自答しながら頭を抱える。
 さっきまであった頭痛や焦燥感は嘘みたいに収まっていた。
 冷静を取り戻した透哉は寮に戻ろう。そう思い至り、本の山を踏みしめながら踵を返し、視界の片隅にそれを捉えた。
 紅色の背表紙の分厚い本。

(卒業アルバム?)

 深く考えずに拾い上げ、表面に付いた埃を払い、日付を見て喉の奥が急速に干上がった。
 それは十一年前の旧夜ノ島学園の卒業アルバム。
『幻影戦争』の一年前の旧夜ノ島学園最期の卒業アルバム。
 旧夜ノ島学園は小中高が一緒になったマンモス校で、全ての等部の在校生が一冊に納められている。
 そのため辞書みたいな厚みになっているのだ。
 透哉は表紙に手をかけて迷った後、止めた。
 周囲が暗くて見にくかったと同時、今この場で過去に触れることを恐れた。
 今夜の奇妙な衝動がここへ、あるいはこの本に導いたとすれば、何かの手がかりがあるかもしれない。
 そう、安易に考えて、結局持ち帰ることにした。
 しかし、それが勘違いだってことに本を小脇に抱え校舎から出た瞬間に理解した。
 校舎の隣。
 そこにあるはずのシルエット、透哉とホタルが残した物が変わり果てた姿で横たわっていた。
 人間であることを捨て、『悪夢』になると決意した、誓いの碑。
 それが嵐にでも遭って吹き飛ばされたように、薙ぎ倒されていた。
 石碑の前に並べておいた机と椅子は見当たらず、置かれていた元の場所は地面ごと広範囲に抉り取られている。
 ここ数日の天候を思い返してみたが、ここまでの破壊を生む荒れた日はなかった。
 あったとしてもこんな局所的に被害が集中するとは考えにくかった。
 人為的な力の介入があったことは明らかだった。

(誰が、こんなことを)

 机と椅子はともかくとして、二メートルを超える石碑を破壊するとなると並みの力ではままならない。
 足下に視線を向けると石の下敷きになった山アジサイの残骸が目に入った。
 献花に用いた花だっただけにいたたまれない気持ちが込み上げてくる。
 一人ではどうにも出来ないので後ろ髪を引かれる思いがしたが、この夜は去ることにした。
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