終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第15話 ある夜の学生寮(3)

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3.
 根本的な部分は未定だが、松風の件は一段落ついた。と言うより保留した。
 互いに場の雰囲気を読んだことで、話題が七夕祭から逸れつつあった。
 すると豪々吾がどこからともなく取り出した醤油せんべいをバリバリと囓り始め、しんみりとした雰囲気を粉砕した。

「まだ食うのか……さっき晩飯食ったばっかりだろ?」
「こりゃ、でざーとだろ?」
「……そうか」

 およそデザートとは呼びがたい代物ではあるが、そこは個人差だろうと諦めた。

「それにしても、昼休みは災難だったなぁ」

 豪々吾がバリバリと咀嚼音を響かせながら、昼休みの一件に触れた。
 屋上を舞台に行われた氷結合戦。風雪が舞い、氷塊が床を疾走り、爆炎が迸った。騒ぎの大きさに反して実害皆無だったせいか、話題を振る豪々吾に緊張感はまるでない。
 けれど、透哉からすれば白昼の学園で『雲切』を抜かされただけで過去に例のない事件だった。誰も負傷しなかったことが幸いしただけで、本当なら一悶着あってもおかしくない惨事だった。
 多少の文句はあったが、自身の言い分は飲み込み、豪々吾に調子を合わせる。
 
「こっちは委員会の用で行っただけだってのに、いきなり喧嘩ふっかけられたぞ。どうなってんだここの三年は?」
「まぁ、サイコーのタイミングで現れた俺様に感謝するんだなぁ」
「それに関しては感謝してる」

 豪々吾の乱入タイミングは申し分なかったが、礼なら昼休みに済ませたので割愛することにした。やはり重く受け止めていないのか、豪々吾はいつも通りだ。
 砕地に限定せずに学年単位で文句を言うも、豪々吾は素知らぬ顔で湯気を上げる茶を啜っている。
 こんな風に当事者だけで収められるのも、教員達が関わってこないからだ。

「いや、いつの間に茶なんて用意した?」
「茶なんて握ったら沸くだろ?」

 透哉のツッコミに、豪々吾は言いながら湯呑みをグッと握る。すると湯呑みの底の方から泡が浮かび、湯気が立ち上がった。
 魔力を熱に変えるエンチャンターとしての技術を駆使したライフハックである。

「なんだその便利な宴会芸は。素手で茶を沸かすなよ」
「おぉ、うめぇこと言うじゃねーか」
「そもそもアウトバーンだなんて聞いてねーんだよ」

 嬉々として茶を啜る豪々吾。
 透哉は茶で濁された話しを元に戻す。数分前にも話の軌道修正をした気がするが、この際どうでもいい。豪々吾との話が一本道で終えることの方が稀なのだ。
 仕事の一環として砕地に会いに行った透哉としては、突然の攻撃に嘆かずにはいられない。
 本人の言うところの昼寝を邪魔されたことを含めても氷結攻撃は度が過ぎている。
 貫雪砕地は昼休みに豪々吾が示唆したとおり奇妙な存在だった。あらかたの説明を受けた透哉だが、同じ疑問を豪々吾にはぶつけずにはいられなかった。

「何言ってんだブラザー? んなこと三年の連中じゃなくても知ってんだろ?」
「な、に?」

 微妙に話題を逸らされている感は否めないが、豪々吾の言い回しに違和感を覚えた。流行に取り越されたような、自分一人がポツンと置いて行かれている感覚。
 全く心当たりがない、透哉はそんな顔で豪々吾の顔を見る。
 噂や情報は人を介して広がり伝わるものだ。
 透哉の耳に入っていないのは、透哉が特別狭いコミュニティの中にいたからなのだ。
 しかし、それも少し前までのこと。
 旧学園の小屋を破壊され、寮生活を始めたことがきっかけで透哉は周囲の人間と盛んにコミュニケーションを取るようになった。
 七夕祭実行委員会に志願して活動を続ける内に、学年を跨いだ交流も増えてきた。
 その結果、今まで知らなかったことが多方向からたくさん流れ込んでくる。
 そんな自分の事情を考慮した上で一つの仮説を立てた。
 もしかしたら、自分が無知なだけで周知しておかなければならない事情が学園の中にはあるのかもしれない、と。

「わざわざ言って回るほどのことじゃねーけど他の学年にも噂程度には伝わっている話だろ?」
「その流れている噂ってのは悪評の類いか?」
「あ? よくない噂というか、よく分かんねー奴って噂だな」
「んだよそれ? 頼りねーな」
「あのよぉ、ブラザー。俺様は生徒会長だぜ? 下らねぇ噂すんじゃねぇって注意して風評から他の連中を守るのが仕事なんだぜ?」

 豪々吾は少し呆れた口調で言って椅子の背もたれに顎を乗せる。
 湯呑みからもうもうと上がる湯気の向こう、豪々吾がつまらなさそうに言葉を吐く。

「実際アウトバーンなんてこの学園ならそこまで珍しくねーだろ? 症状の重さに違いはあっけど、両手で数える程度は把握してるぜ?」
「そんなにいるのか?」
「噂するほどのことでもねぇよ。まぁー、あいつほど目立ってるヤツが稀なだけだ」
「そうなのか……」
「なんだぁ? 本当に知らなかったのか?」
「ああ」

 透哉は恥じるように控えめな声で返事をする。
 ここに至り豪々吾もようやく透哉の動揺に気付く。
 しかし、豪々吾は釈然としなかった。
 何せ、豪々吾は透哉の正体を知っている。
 御波透哉と言う少年は自分より遙か高みにいて、自分では到底及ばない知見を得てこの学園に潜伏している。と思い込んでいた豪々吾には些か信じがたいことだった。
 透哉が知らないといった情報は学園の生徒なら容易く入手出来る、別に大したことがない物事ばかりだからだ。
 御波透哉が他人との交流が少ないことは知っている。
 しかし、それを含めても透哉は知識に疎すぎた。
 まるで必要な知識を与えられずに学園に放り込まれたみたいに。
 この時の豪々吾は友人が突然他国の言語を話し出したみたいな、そんな不気味な気配を透哉から感じていた。

「しかし、直接助けられちまったから、教室での忠告は役に立たなかったな」
「それに関しては済んだことだ。気にすることはねぇよ」

 砕地がアウトバーンであることへの忠告と思い込んでいた透哉。
 しかし、話の流れから異なる意図が見え始めた。

「ん、それじゃああの忠告はなんだったんだ?」
「あいつは、貫雪砕地からは初めて会ったときから変な感じがしやがるんだよ」
「変な感じ?」

 豪々吾にしては抽象的な言い方。

「正直、俺様をもってしても関わりたくない奴なんだ」
「そもそも、あいつは何者なんだ?」
「あいつはよぉ、二年の五月にいきなり転校してきたんだよ」
「あー、そうだったな」

 委員会終了後に野々乃に教えて貰ったことを思い出した。
 昨年の五月と言えば透哉とホタルを含めた現在の二年生が入学した直後。
 学園一の沽券をことごとく叩き潰され、豪々吾が少し丸くなった後の話だ。

「物事に分別付けられるようになった後だかんな。あいつの異常さを察知できたんだよ。ブラザーのお蔭かもな……」

 豪々吾は何かに気付いたみたいに不自然に言葉を切った。

「あのときははっきりしなかったがよう、今ならはっきりと言える……アイツからはブラザーと似た気配を感じた」
「なんだそれ。根拠は?」
「あ? んー、野生の勘ってヤツだな」

 豪々吾の根拠はひどく曖昧だったが、的を射ている。そんな気がした。
 ざわつく感覚、これが全く収まらない。
 と、そこで一つの疑問が浮かび、考えを先回りするみたいに悪寒がした。
 ブルッと身を震わせる透哉の姿に豪々吾はからかうように言う。

「どうした、ブラザー? まさかビビってたなんて言わねーだろうなぁ?」
「違う。いや、違わない……確かに俺は貫雪砕地が怖かった」

 反射的に否定した透哉だったが、即座に強がりを止めた。七奈豪々吾という男は年上であることを差し引いても背中や弱みを見せられる存在だ。
 あっさりと認めた透哉に豪々吾も表情を強ばらせる。

「おいおい、まさかあいつまでブラザーサイドってことはねぇだろうなぁ?」
「――え?」

 豪々吾の冗談交じりの問いに透哉は衝撃を受け、目を見開いた。
 先の松風同様に『幻影戦争』との関わりを即座に否定出来なかった。
 まるでさび付いたスイッチを強引に押し込まれたみたいに、砕地の不気味さが一つの仮説として浮かび上がった。

「おいおい、マジかよ?」
「……いや、分からない」

 違う。と断言できないことがここまで怖いと思わなかった。
 透哉とホタル以外の生存者がいたとしても不思議ではない。
 全くあり得ない話ではないのだ。
 砕地の接し方は豪々吾のような喧嘩っ早さに起因した単純なものではなかった。もっと複雑で意味のある、動機に基づいた行動に思えた。
 そう、例えば私怨のような。
 しかし、そう考えるとますますおかしい。
 対峙した者は例外なく殺し尽くしたのだから。
 黙り込んだまま頭の中に封じ込めた真っ黒なアルバムを捲る。
 けれど、答えは出なかった。

「……」
「んだよ、結局分からず仕舞いか」
「なぁ、貫雪砕地は寮生じゃないのか?」
「寮にあんなヤツいたら寮がたちまち冷蔵庫になっちまうだろ」

 分かっていた返事だった。
 それでも尋ねなければこのモヤモヤは収まりそうになかったのだ。透哉自身入寮してから分かったことなのだが、寮の中には食堂やトイレと言った共同スペースがいくつも存在する。
 だから、あんな目立つ容姿の生徒がいれば嫌でも目に付く。
 じゃあ、貫雪砕地はどこから毎日学園に通っているのか。
 二人しばらく額を合わせて考えてみたが埒があかない。
 やがて思考に飽きた透哉が半ば諦め気味にベッドに横になったことで話しは終わった。
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