終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第15話 ある夜の学生寮(2)

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2.
 豪々吾が再び部屋に戻ってきたのはあれから二十分ほど経ってからだ。
 一人考えに耽るうちに危うく眠りについてしまうところだった透哉は、半覚醒のまま目元をこすり、体を起こすと言葉を失う。
 時代錯誤なたんこぶを頭に乱立させ、半笑いを浮かべる豪々吾が立っていたからだ。

「戻ったぜ、ブラザー。ちょっとばかり皿と格闘しちまってよう」
「お、おう」

 余りの惨状に流石の透哉もちょっと引き気味である。
 皿洗いは寮の壁を破壊した罰当番なのだが、当の豪々吾に反省の色は見えない。もはや破壊も皿洗いも慣習化して罰としての意味をなさなくなっている。
 最近では食器を洗った瞬間即乾燥という自分の力を利用した荒技を習得し、食洗機の立場を脅かす存在になりつつある。
 頭部のたんこぶはさておき、元気すぎる豪々吾に臨時休業の札でも付けてさっさと大人しくさせたい気分になる。
 と、いつもならこんな風に思う透哉も今日ばかりは豪々吾に用があった。
 労いか慰めの言葉を口にするか迷ったが、根本的な原因は豪々吾にあるので止めた。

「さっきの話し、奇遇だが俺たちも同じことを企てている」
「俺たち?」
「言ってしまうと二年五組全員で松風を七夕祭に潜り込ませる計画が進行中だ」
「あぁ? あいつあのときは何も言ってなかったのによぉ。下地は出来てんじゃねーか」

 豪々吾は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、理解すると拍子抜けした様子で椅子に飛び乗り、あぐらをかいて頬杖を突いた。
 クラス全員を巻き込んでの計画が決まったのは今日の昼間なので、豪々吾が松風と散歩したときはまだ体勢は整っていなかったのだ。
 細かな事情はともかく、この件に関して透哉にはなんの憂いもなかった。
 しかし、直後それは揺らぐ。
 椅子に座り直した豪々吾の目が全く笑っていなかったからだ。
 透哉は松風を七夕祭へ連れ込むと言われただけだ。学園全体を騙す大規模作戦を先導すると言われたわけではない。
『松風を七夕祭に連れ込む』と言う一点のみを見て、豪々吾を同じ企てを持つ味方だと勝手に勘違いしていた。
 豪々吾が単独で学園上層と話を付け、限定的に禁を解いた可能性もある。
 つまり、情報を開示するには早計だった。

「だがよぉ? そんな大事なことを生徒会長の俺様に言ってもよかったのか? 明確な規律違反だろそりゃ? 俺様が教師にチクったりす――」
「あんたはそんなことはしない」

 まるで試すような目つきで見る豪々吾の言葉に、透哉は食い気味に断言する。
 普段なら『生徒会長』などと肩書きを強調したりしないし、権力を笠に威張る人物ではないからだ。
 しかし、周囲が思っている以上に豪々吾が生徒会長という役職に従順で誇りを持って活動している場合、透哉の大失態である。
 透哉には確信に近い自信があったが、それでも緊張を完全には抑えられない。
 空調は効いているはずなのに額と手のひらに汗が滲む。
 七奈豪々吾は学園における年長者であり、自分の素性を知っていてある程度までなら腹を割って話せる。加えて生徒会長という学園内においては教師に次いで生徒たちを鑑みて活動する存在。
 公平を求められる立場であることは理解しているが、自分たちの方に靡いてくれると期待できる、学園中探してもこれ以上にない相談相手なのだ。
 やがて、観念とも納得とも取れる口調で豪々吾が口火を切る。

「なるほど、七夕祭実行委員会なんてめんどくせーもんに首突っ込んだのはあいつが理由なんだな?」
「まぁな。柄じゃないのは自覚しているし、それぐらいの理由がないと実行委員会になろうとは思わねーだろ」

 ここ数日幾度も聞かれた委員会への志望動機。
 改めて誰かのためと考えるとむず痒かった。

「随分執着してんだな。他に理由でもあんのか?」
「学園の扱いが気に入らねぇ。単なる反抗期だよ」

 苛立ち混じりの言葉で返す透哉。
 豪々吾は呆れた顔をしながら、逃げ回ったあとのしょぼくれた松風の顔を思い出していた。
 更には一年前。
 自分が関わらぬ内に幕を閉じていた昨年の七夕祭。祭の影で松風が一人どんな気持ちで過ごしていたのかを考えるといたたまれない。

「んだよ、同じじゃねーかよぉ。知らねぇってのは半端な悪意よりよっぽど罪だぜ」
「全くだ」
 
 奇しくも、同じことを思い返していた透哉も頷いた。昨年の自分と来たら、七夕祭の手伝いは愚か当日も参加せずにサボっていたのだから。
 豪々吾の意見に同調しつつ、透哉に浮上する疑問。
『豪々吾は松風の扱いを、正しく理解しているのか?』
 学園内において松風は『犬』としての差別と同時に『魔人』としては庇護を受けている。
 先日の自分と同様、都合の悪い部分だけを見て学園を敵視していないか。
 松風への正しい理解を欲しながらも、事情を不用意に広め晒すことを躊躇した。

(下手にかき回すべきではないか……)

 豪々吾を無事味方に引き込むことができたと言って差し支えない今の状況。
 深部には触れず、あくまで七夕祭への参加を進めることだけに意識を集中するべきなのだ。
 それでも、指揮系統の混乱を避ける意味でも豪々吾側の動きを知ることは重要だった。思惑や情報の食い違いで計画そのものが頓挫しては元も子もない。
 透哉は深層に触れることは避け、今とこれからを課題とした。

「参考までに聞くんだけど、どうやって犬を七夕祭に連れ込むつもりなんだ?」
「あん? そりゃーよぉ。あれだ」

 聞かれた豪々吾の歯切れが珍しく悪い。脊髄で会話するほど即答する豪々吾には珍しいことだった。
 実は啖呵を切っただけで具体案を全く持っていない豪々吾。

「そう言うブラザーサイドはどうなんだ? 名案でもあんのか?」
「あん? えーっと、まぁあれだ」

 豪々吾はほとんど何も考えていないと白状しながら質問を返す。
 一方の透哉もクラスを巻き込んで連れ込むとまとめただけで具体案はまだない。

「「それが、まだ何も考えて………あ?」」

 双方、逆ギレ気味に声を漏らしてぐったりと肩の力を抜く。

「何だよノープランかよ」
「そりゃこっちの台詞だぜブラザー。クラス全員揃って考えなしか?」
「計画は今日決まったばかりで、根本の催しの方も宙ぶらりん状態なんだ。纏まってるわけねーだろ。そっちこそ生徒会長の癖に」

 一応クラスの面目を保ちつつ、抗議するが、責めたところで妙案など生まれない。
 気を張ってた影響か、お互いぐにゃりと脱力する。

「ま、追々考えるとするか」
「そうだな」

 無駄な牽制のし合いを早々に切り上げた。
 これで一旦話題は尽きたかに思われたが、透哉にはやはり確認しておきたいことがあった。
 無為な混乱を恐れ、先程躊躇したばかりだが、知りたい気持ちを抑えられなかった。
 松風犬太郎と言う『魔人』への正しい理解についてである。
 無意識の内に独力の行使では、これから先の幾多の難局を乗り越えられないと感じ、他人に助力を求めた。
 それは全てを独力で成そうとしていた透哉からすればある種の成長と言える。
 しかし、透哉でさえ、昨日知り得たばかりの情報を一般の生徒に求めるのは無茶だと思っている。
 けれど、豪々吾ならもしやと言う期待と、豪々吾でもダメなら学園全てが、と言う不安があった。
 同時に諦めも付く。
 ひとまず、探るように曖昧に聞くことにした。
 ベッドに仰向けになり、何気ない世間話を装った。

「なぁ、松風をどう思う?」
「どうって、犬は犬なりに苦労してんなってくらいか?」
「そうか、」

 その当たり前の反応に透哉は淡い希望を砕かれた。矢場が無理にでも止めた理由をはっきりとした形で見たからだ。
 やはり、松風犬太郎は学園内ではあくまで『犬』なのだ。
 庇護下にある『魔人』ではなかった。
 自らの中に留め、秘匿しておかなければならない。
 しかし、そうなると豪々吾と松風、二人の接点がわからなかった。
 魔人である松風のことを思いやった行動ならまだしも、ただの犬である松風に豪々吾が肩入れする理由が見つからなかった。
 これが元来思いやりに満ちた博愛主義者なら疑問の介在は起きなかった。
 思いやりの有無を問うには至らずとも、万人に優しく接するという意味では豪々吾はほど遠い。
 つい一年前までは暴力が制服を着たような非模範的生徒であったなら尚更だ。
 と、探りついでに分析する透哉と同じく、豪々吾も心中で首を傾げた。
 豪々吾も豪々吾で、透哉と松風との関係を疑問に思い、先日松風に探りを入れていた。結果は空振りに終わったが、疑問は解消されていない。
 しかし、今になってより臭そうな側から情報が舞い込もうとしている。

「もしかして、あいつも何か関わりあんのか?」
「関わり? 違っ、どう言う風の吹き回しだって意味だよ? あんたが犬に肩入れするなんて考えられなかったからな」

 豪々吾の言う何かが『幻影戦争』を指していると察した透哉は予想外の質問カウンターに驚きつつ、即座に否定した。
 嘘は吐いていないが、隠し事をしているので後ろめたさはあった。
 多少の気まずさを抱えた透哉に豪々吾は端的な返事をする。

「ちょっとばかし散歩に付き合ってやったのよ」
「散歩?」

 豪々吾には似つかわしくないのんびりとした単語。何故か尾びれと背びれを毟って話を過少に伝えられている気がした。
 椅子に反対向きに跨がった豪々吾が感心した様子で言う。

「しっかし、犬ってのはすげぇな」
「唐突だな、あいつが何かしたのか?」
「ん? 魔力の補助もなしに山肌を垂直に駆け上がりやがったんだよ。まぁ、俺様は飛べるがよぉ、ちょっと真似できねぇな」

 あっさりと暴露されたのは予想を裏切らないとんでもない散歩コース。
 豪々吾は素直に見たままを称賛したに過ぎず、意図していないだろう。
 しかし、透哉は改めて松風が魔人であることを伝えられた気がした。

「山が登れたところで、七夕祭には関係ねーだろ。どうやって連れ込むか、問題は何一つ解決してねーよ」

 と、無関心を装いつつ、話題の軌道を修正する。
 そんな折、豪々吾が手を打って立ち上がる。余程の閃きがあったのか、表情は嬉々としている。

「おぉ!? こう言うのはどうだ? 犬に犬の着ぐるみ着せて犬として連れ込むんだ。どうだ? 完璧なカムフラージュだ」
「えー、あんたってたまに時々結構馬鹿だよな?」
「おいおい、俺様の高尚な作戦を」
「まぁ、日時はたっぷりあるゆっくり考えようぜ」

 透哉は呆れと、諦めの混ざった顔で頼れる先輩の顔を眺めることしかできなかった。

 そう、それが正しいのだ。
 諦めと楽観に身を委ねることが御波透哉という一介の少年としての正着なのだ。
 しかし、少年はその先を、答えを求めた。
 人魔と魔人の間に生じる軋轢を、世に蔓延した悪しき風習の解消。
 大人や有識者達が長年挑む、それでも為し得ない難題に。
 本来は透哉が足を踏み入れて懊悩する問題ではない。
 一個人が抱え込んでどうこうできる問題ではないのだ。
 世の中のあり方に不満を抱え、無知故に怒り、嘆きつつも、大きな力に抑え込まれ、可能な範囲でしか足掻くことを許されない、少年はそんな小さな存在なのだ。
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