終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第13話 雪だるま懐柔戦線。(3)

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3.
 豪々吾が教室で焼きそばパン片手に葛藤していた時、透哉は屋上への階段を上りながら豪々吾の言葉を思い返していた。

『そっか、それなら問題ねえな』

 それなら、と豪々吾は言った。では、何なら問題があったのか。
 段を一段上る度に遠のく昼休みの喧噪。それに伴い妙な寒気を透哉は感じ取っていた。緊張の表れかと思ったが、階段に沿って降りてくる白い煙を見た途端、単純な気温の低下が原因と気付く。
 今は六月。
 少し動くだけで汗がにじむ季節だ。この変化が貫雪砕地の影響なのは間違いないが、魔力を氷結させる能力でここまで周囲に影響を及ぼせるのだろうかと思う。
 いずれにせよ、豪々吾が忌避するほどの理由を持っているはずだ。
 一抹の不安を抱えたまま階段を上り終えた透哉は足を止めた。
 屋上への扉が……開かない。
 施錠の有無を確かめたが、鍵はかかっていない。ドアノブはひんやりと冷たく、扉の隙間からは白い冷気が絶えず漏れている。その光景は巨大な冷蔵庫と向き合っているようだった。
 透哉は少し考えた後、扉を蹴破った。
 氷が砕け、白い欠片が無数に飛び散る。
 扉の向こうは屋上と思いきや、氷原だった。

「わー、スケートリンクだー。っと!?」

 透哉は誰も居ないのをいいことに間延びした声を発しながら氷原に踏み込むと、予想外に滑る足場にバランスを崩して危うく転びそうになる。
 屋上全体が凍り付いているように見えたが、外気温の熱で溶け出し、あちこちに水たまりが出来ていた。その証拠に水滴が零れる音があちらこちらから聞こえる。
 透哉は軋みを上げる溶けかけの氷を用心して踏みしめながら、氷原のど真ん中に目を向けて、思わず動きが止まる。
 初夏の陽光を反射して鏡のように輝く氷上に、一体の雪だるまが無造作に置かれている。
 誰が作ったのかなどと考える間もなく、ヒューヒューと隙間風に似た音に気付く。
 耳を澄ませると雪だるまから寝息のような音が漏れている。

「おい、貫雪砕地」

 こんな真顔で雪だるまに話かける日が来るとは思いもよらなかった透哉である。
 当たり前と言えば当たり前なのだが、こんなところに都合良く雪だるまが置かれているはずがない。能力の一端を用いた変身か擬態かは知らないが、これが砕地であると考えるのは、奇妙ではあるが自然なことなのだ。
 しかし、雪だるまからは何の反応もない。
 もしかしたら、雪だるま違いなのだろうか。思考回路の根本に是正する必要性を感じながら、面倒なので蹴り壊してみようかと短絡的な行動を考え始めた時だ。
 目鼻を模した黒いパーツが雪だるまの顔面の上でもそもそと動き、寝起きのような脱力した表情を作る。

「僕は見ての通り、昼寝の途中なのだが急ぎの用事かい?」
「何が見ての通りだ、訳が分からん。それより、火急の用事だ。七夕祭のことで相談がある」
「分かった。聞こう」

 言うと雪だるまがもそもそと身じろぎをする。何が始まるのか、期待よりも不審感強めの視線で様子を眺めていた。
 すると、いきなりずんぐりとした胴体を内側から突き破って両腕が生えてきた。直後胴体下部を割り砕いて足が生え、立ち上がった。
 急成長を経て瞬時に手足が生えたオタマジャクシのようである。
 更に胴体に付いた氷塊を吹き飛ばし、頭部だけの雪だるま、貫雪砕地に変体した。
 一体自分は何を見せられているのだろうか。

(ダーメだ。この学園変人しかいない)

 仕上げに肩と腕の雪を払い落とすと実行委員会の時の貫雪砕地の完成である。
 呼びかけておきながらもう帰りたい透哉だった。

「二年五組の催しについて許可を貰いたい」
「許可? そんな大層な企画を拵えたのかい? それなら僕個人ではなく、実行委員会の会合の時に議題に挙げるべきではないのか?」
「確かにそうだが、影響力があるヤツの後ろ盾を予め用意しておく方がうまくいくと考えた」
「なるほど、コネクションが欲しいと言うことか」

 誰が相手であろうと回りくどい策を用いるつもりはなかったが、砕地のような曲者相手には直球がより効果的と考えたのだ。あえて『お前の力を利用したい』と言う礼儀を吹き飛ばす直球で挑んだ。
 透哉には砕地が不敵に笑った風に見えた。今が勝負所と見極め、催しの内容をしたためた資料を手渡した。
 砕地は受け取った資料をペラペラと手早く捲り、目を通していく。

「野外ステージか、なるほど。提案は面白い。でも、設備等の段取りはどうするつもりなんだい?」

 すぐに現実的な話に移行する当たり、理解を得ていると手応えを感じた。

「それに関しては参考にする当てがある。二年五組としては仮でも提案を承認して貰わないと動きが取れない」
「分かった。次の委員会で取り上げて僕は御波君に賛成することを約束する。これで仮承認くらいになるかい?」
「ああ、心強い」
「それはよかった。いい七夕祭にしよう」

 砕地がそう言って差し出してきたのは素手とは反対、鈍色の義手。
 意図して行っているとすれば理由は一つ。

(試されているってことか、面白い)

 透哉は間髪入れず握り返す。
 触れた義手は硬質ではあったが、重さや冷たさと言った物はない。砕地の能力を加味して熱伝導率の低い非金属で作られているのだろう。
 奇妙な感触の握手終えると透哉は踵を返した。

「じゃあ、俺は帰るとする」

 対応としては淡泊だが目的は終わった。
 実質、初対面なので募る話もなければ世間話をする間柄でもない。
 どのみち、今後幾度となく顔を合わせ議論するのだ。今この場でこれ以上話すことはない、少なくとも透哉はそう考えた。

「もう帰るのかい?」

 けれど、昇降口の扉に手を伸ばした透哉の背に声がかかった。
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