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第二章
第12話 悪の片棒の担がせ方。(1)
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1.
翌日。
二年五組の教室内は異様な空気に包まれつつあった。
授業科目は担任矢場嵐子の魔力学だが、終了まで十分ほどを残して生徒たちは教科書を片付け始めていた。
矢場も片付けを終えると傍らの椅子に腰掛けて壇上を明け渡す。
空席となった壇上を見上げる二年五組の面々は少し強ばった顔をしている。
矢場から壇上を譲り受けた御波透哉がゆっくりと席を立ち、資料を片手に移動を始める。
貴重な授業時間の一部を使って昨日の七夕祭実行委員会での取り決めを報告する機会が与えられたのだ。
実行委員の報告は問題ない。学校行事を進めていく上で必要な時間だ。
問題はその役職をあてがわれた人物にある。
今更ながら、透哉が実行委員会に名を上げたことに不信感を持つ者は少なくない。
本人は知らないが(知ったところで気にしないが)裏では様々な憶測が飛び交っている背景がある。
教室内がざわめく中、透哉が壇上に立つと水を打ったように静まりかえる。
日頃の行いから来る非難を覚悟していた透哉としては意外だった。野次の一つでも飛んでくると予想していたが外れた。
けれど、クラスの面々からは歓迎のオーラは感じられない。静かに透哉の動きを見張っている。
裏を返すとそれだけ注目を集めていると言うことである。
人前で行事説明など経験のない透哉だが、大衆を前に臆する様子はない。
そもそも大まかな部分は配った資料を見れば伝わるはずなので、軽く表面だけ触れておけばいい。
そのあとは自分のやりたいことをそのまま伝えるだけ。
クラスの合意を得られるかはその後だ。
壇上の透哉は内容をまとめたメモを片手に説明を始めた。
概要説明は十分を待たず完了した。
「――という感じだ。質問はあるか?」
透哉は念のため確認を取るが特に、疑問の声は上がらなかった。
口調こそきつめだったが、理路整然とした説明に誰もが仕事ぶりを賞賛せずにはいられなかった。粗野でありながらもクラスの代表に恥じない、多くの生徒の懸念を払拭する内容だったからだ。
昨日の矢場からの指南が後押ししていることは言うまでもないが、それを加味しても透哉の力だと言える。
七夕祭の概要説明も終わりを迎え、クラスごとの催しの話しに移行しようとした頃、
「御波やっぱりお前、何か裏があるんじゃないか?」
挙手もせず、いきなり邪推する声が上がった。それはクラス全員が思いつつも透哉を恐れる余り口に出せずにいた言葉だった。
透哉は一瞬目を眇め、声を上げたクラスメイトに目を向けた。
学園の制服を着たまぁまぁの身長。そこそこの顔立ち。ぼちぼちの体躯をした男子生徒である。
名を茂部太郎と言う同じ二年五組の生徒である。
少し視線を外せば見失ってしまいそうになるほど特徴に欠ける出で立ちは、一周回って長所と錯誤するが実際そんなことはない。申し訳程度にワックスを効かせた尖った前髪と、ちょっぴりはみ出た鼻毛が数少ない個性と言えば個性なのかもしれない。
二年五組の生徒の間には『困ったときは茂部に行かせろ』と言う暗黙のルールがある。
そんなキャッチコピーが生まれるぐらいに茂部太郎は問題ごとに首を突っ込む役を与えられ、本人もなんとなくそれを自覚し、頼られていると誤解している。
水をよく吸うスポンジのようになんとなくその場を(進展も悪化もさせずに)収めてくれる。それが他のクラスメイトの茂部に対する評である。
中身のない会話、無意味なやりとり、これが本質である。
実は透哉とも過去に幾度か諍いを起こしているが、特に禍根を残さずふんわりと流れた。大半が透哉に非がある事案だったが、透哉が咎められることもなく反省もせずに今日に至る。
通例に倣い突っ込んできた茂部から目線を外し、チラリと矢場の方に目配せをする。
(このまま話していいのか?)
勘ぐりを解くためには松風の話題に触れることになる。
茂部の乱入に関係なく話すつもりだったが、まだタイミングが早い気がした。独断で解決せずに教師を頼る挙動からも慎重さが窺える。
透哉としては隠したくない。
しかし、松風のことはデリケートで扱いに注意を払うべきだと釘を刺されたばかりである。
ここで後々の活動に支障をきたしたくない。
あわよくば、眼前でふんぞり返る反乱分子も取り込んでしまいたいと画策している。
透哉が具体的な言葉を発する前に、矢場が挙手して生徒たちの注目を集めた上で言う。
「不審に思うのも仕方がないわね。これに関しては御波自身も自覚していし私の口から説明するのは簡単だけど……」
矢場は一度言葉を切ると継ぎ足した。
「実は今朝一番に御波から七夕祭に関する相談を受けた。だから七夕祭にかける思いと動機を御波の口から聞いて、その上で裏があるのかを判断してやって欲しい」
矢場の説明は多少美化されているような気もする。今日公開する案は今朝の段階で矢場だけには開示して、了解を得ている。
矢場は椅子に深く座り直した。後は自力で頑張れ。そんなエールを送られた気がした。
透哉は矢場からのゴーサインを受け、即座に説明を引き継いだ。
再び発言権が透哉に戻り、教室内が大人しくなる。
茂部も腕を組んで僅かに首を縦に振ったが誰も気にとめないし、そんな空気でもない。
本来ならここまで戦々恐々とすることはないが、怪しい気配が見え隠れしだしては仕方がない。
務めるのが学園通じての問題児である御波透哉だからに他ならない。去年の七夕祭の時には一切存在しなかった緊張感が、教室内に充満している。
透哉を代表として送り出した責任として、クラス全員がしっかり聞く義務があった。
もはや、学校行事などと安易に構えてはいけない。
でも、先程の概要説明を聞く限りでは心配はない。どこか安心した面持ちで、大人しく仕事に従事していた透哉に意識を向ける。
直後、閉じていた透哉の口元が真横に引き裂かれた。
獲物が油断するのを待っていたみたいに、待っていましたと言わんばかりに。
「まず始めに、この七夕祭に松風犬太郎の参加が認められていない事実を知っているヤツはいるか?」
透哉の第一声は先程までとは明らかに違うトーンで放たれた。目を見開き、犬歯を剥き出しにした今にも飛びかかってきそうなほど獰猛な話し方。
肉食獣が獲物を品定めするように、透哉が壇上から教室内を睥睨する。
突然話題に上がった松風は驚きから尻尾をピンと立て石化した。
しかし、教室内の動きはそれだけで、他の誰もが口を開こうとしない。
知っているけど回りが言及しないし、自分に直接関係がないと言わんばかりに。意図的に避け、やり過ごそうとしていた。
大抵の人間は実害がなければ不具合から目を背ける。不必要に藪を突き回したりはしない。
結果、見て見ぬふりをしていじめの拡大を手助けするように。
誰もが口を閉ざし、責任のなすり合いをするように各々の反応を窺っていた。
そんな様子を見かねた壇上の透哉が、淀んだ空気を自ら切り裂いた。
「俺も例外じゃない。去年に関しては同じだったからな。でも、言わせて貰う。どうやら俺はこいつの飼い主という認識らしいからな。飼い主として言わせて貰う。俺は松風犬太郎を今回の七夕祭に参加させたい」
透哉の宣言が静かだった教室内に揺らぎを生む。それは息を飲む音だったり、身じろぎだったり、些細な動作の複合体だ。
透哉の宣布をただ権利を振り回しているだけの横暴とは誰も思わない。
「だから俺は、学園のルールを破壊する」
一歩目から破綻した宣言に、さっきとは打って変わってクラス一同がざわめきを上げる。
翌日。
二年五組の教室内は異様な空気に包まれつつあった。
授業科目は担任矢場嵐子の魔力学だが、終了まで十分ほどを残して生徒たちは教科書を片付け始めていた。
矢場も片付けを終えると傍らの椅子に腰掛けて壇上を明け渡す。
空席となった壇上を見上げる二年五組の面々は少し強ばった顔をしている。
矢場から壇上を譲り受けた御波透哉がゆっくりと席を立ち、資料を片手に移動を始める。
貴重な授業時間の一部を使って昨日の七夕祭実行委員会での取り決めを報告する機会が与えられたのだ。
実行委員の報告は問題ない。学校行事を進めていく上で必要な時間だ。
問題はその役職をあてがわれた人物にある。
今更ながら、透哉が実行委員会に名を上げたことに不信感を持つ者は少なくない。
本人は知らないが(知ったところで気にしないが)裏では様々な憶測が飛び交っている背景がある。
教室内がざわめく中、透哉が壇上に立つと水を打ったように静まりかえる。
日頃の行いから来る非難を覚悟していた透哉としては意外だった。野次の一つでも飛んでくると予想していたが外れた。
けれど、クラスの面々からは歓迎のオーラは感じられない。静かに透哉の動きを見張っている。
裏を返すとそれだけ注目を集めていると言うことである。
人前で行事説明など経験のない透哉だが、大衆を前に臆する様子はない。
そもそも大まかな部分は配った資料を見れば伝わるはずなので、軽く表面だけ触れておけばいい。
そのあとは自分のやりたいことをそのまま伝えるだけ。
クラスの合意を得られるかはその後だ。
壇上の透哉は内容をまとめたメモを片手に説明を始めた。
概要説明は十分を待たず完了した。
「――という感じだ。質問はあるか?」
透哉は念のため確認を取るが特に、疑問の声は上がらなかった。
口調こそきつめだったが、理路整然とした説明に誰もが仕事ぶりを賞賛せずにはいられなかった。粗野でありながらもクラスの代表に恥じない、多くの生徒の懸念を払拭する内容だったからだ。
昨日の矢場からの指南が後押ししていることは言うまでもないが、それを加味しても透哉の力だと言える。
七夕祭の概要説明も終わりを迎え、クラスごとの催しの話しに移行しようとした頃、
「御波やっぱりお前、何か裏があるんじゃないか?」
挙手もせず、いきなり邪推する声が上がった。それはクラス全員が思いつつも透哉を恐れる余り口に出せずにいた言葉だった。
透哉は一瞬目を眇め、声を上げたクラスメイトに目を向けた。
学園の制服を着たまぁまぁの身長。そこそこの顔立ち。ぼちぼちの体躯をした男子生徒である。
名を茂部太郎と言う同じ二年五組の生徒である。
少し視線を外せば見失ってしまいそうになるほど特徴に欠ける出で立ちは、一周回って長所と錯誤するが実際そんなことはない。申し訳程度にワックスを効かせた尖った前髪と、ちょっぴりはみ出た鼻毛が数少ない個性と言えば個性なのかもしれない。
二年五組の生徒の間には『困ったときは茂部に行かせろ』と言う暗黙のルールがある。
そんなキャッチコピーが生まれるぐらいに茂部太郎は問題ごとに首を突っ込む役を与えられ、本人もなんとなくそれを自覚し、頼られていると誤解している。
水をよく吸うスポンジのようになんとなくその場を(進展も悪化もさせずに)収めてくれる。それが他のクラスメイトの茂部に対する評である。
中身のない会話、無意味なやりとり、これが本質である。
実は透哉とも過去に幾度か諍いを起こしているが、特に禍根を残さずふんわりと流れた。大半が透哉に非がある事案だったが、透哉が咎められることもなく反省もせずに今日に至る。
通例に倣い突っ込んできた茂部から目線を外し、チラリと矢場の方に目配せをする。
(このまま話していいのか?)
勘ぐりを解くためには松風の話題に触れることになる。
茂部の乱入に関係なく話すつもりだったが、まだタイミングが早い気がした。独断で解決せずに教師を頼る挙動からも慎重さが窺える。
透哉としては隠したくない。
しかし、松風のことはデリケートで扱いに注意を払うべきだと釘を刺されたばかりである。
ここで後々の活動に支障をきたしたくない。
あわよくば、眼前でふんぞり返る反乱分子も取り込んでしまいたいと画策している。
透哉が具体的な言葉を発する前に、矢場が挙手して生徒たちの注目を集めた上で言う。
「不審に思うのも仕方がないわね。これに関しては御波自身も自覚していし私の口から説明するのは簡単だけど……」
矢場は一度言葉を切ると継ぎ足した。
「実は今朝一番に御波から七夕祭に関する相談を受けた。だから七夕祭にかける思いと動機を御波の口から聞いて、その上で裏があるのかを判断してやって欲しい」
矢場の説明は多少美化されているような気もする。今日公開する案は今朝の段階で矢場だけには開示して、了解を得ている。
矢場は椅子に深く座り直した。後は自力で頑張れ。そんなエールを送られた気がした。
透哉は矢場からのゴーサインを受け、即座に説明を引き継いだ。
再び発言権が透哉に戻り、教室内が大人しくなる。
茂部も腕を組んで僅かに首を縦に振ったが誰も気にとめないし、そんな空気でもない。
本来ならここまで戦々恐々とすることはないが、怪しい気配が見え隠れしだしては仕方がない。
務めるのが学園通じての問題児である御波透哉だからに他ならない。去年の七夕祭の時には一切存在しなかった緊張感が、教室内に充満している。
透哉を代表として送り出した責任として、クラス全員がしっかり聞く義務があった。
もはや、学校行事などと安易に構えてはいけない。
でも、先程の概要説明を聞く限りでは心配はない。どこか安心した面持ちで、大人しく仕事に従事していた透哉に意識を向ける。
直後、閉じていた透哉の口元が真横に引き裂かれた。
獲物が油断するのを待っていたみたいに、待っていましたと言わんばかりに。
「まず始めに、この七夕祭に松風犬太郎の参加が認められていない事実を知っているヤツはいるか?」
透哉の第一声は先程までとは明らかに違うトーンで放たれた。目を見開き、犬歯を剥き出しにした今にも飛びかかってきそうなほど獰猛な話し方。
肉食獣が獲物を品定めするように、透哉が壇上から教室内を睥睨する。
突然話題に上がった松風は驚きから尻尾をピンと立て石化した。
しかし、教室内の動きはそれだけで、他の誰もが口を開こうとしない。
知っているけど回りが言及しないし、自分に直接関係がないと言わんばかりに。意図的に避け、やり過ごそうとしていた。
大抵の人間は実害がなければ不具合から目を背ける。不必要に藪を突き回したりはしない。
結果、見て見ぬふりをしていじめの拡大を手助けするように。
誰もが口を閉ざし、責任のなすり合いをするように各々の反応を窺っていた。
そんな様子を見かねた壇上の透哉が、淀んだ空気を自ら切り裂いた。
「俺も例外じゃない。去年に関しては同じだったからな。でも、言わせて貰う。どうやら俺はこいつの飼い主という認識らしいからな。飼い主として言わせて貰う。俺は松風犬太郎を今回の七夕祭に参加させたい」
透哉の宣言が静かだった教室内に揺らぎを生む。それは息を飲む音だったり、身じろぎだったり、些細な動作の複合体だ。
透哉の宣布をただ権利を振り回しているだけの横暴とは誰も思わない。
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