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第二章
第8話 微睡みの日々。(4)
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4.
予想外の展開に揃って首を傾げる透哉とホタル。
その二人に流耶はこう切り出した。
「旧夜ノ島学園と十二学区の間には明確な交流、いえ、物流があったのよ」
「物流? 魔道機ってやつのことか」
透哉とホタルは、昨日見てきたばかりの十二学区内の技術と、それによって生み出されたデバイスと呼ばれる魔道機を思い浮かべた。旧夜ノ島学園にも魔道機を研究や製造する部署が含まれていたのかもしれない。
全く覚えがない透哉は視線でホタルに「お前はどうなんだ?」と合図する。
「――中等部や高等部の校舎にはほとんど入ったことがない。だから、はっきりと断言はできないが、……何かを作ったり学園の外に出荷したりする場所はなかったように思うぞ」
記憶を辿り、ホタルが口を開く。
当時小等部だったとしても、学園内の雰囲気や流れはなんとなく分かる。かえって小さな子供の方が機微には鋭いものである。
透哉はホタルの弁を聞き入れ、流耶に目線を向けることで答えを求める。
二人の的外れの考察に流耶は首を横に振ってあっさり否定し、核心に迫る。
「当時の旧夜ノ島学園は、十二学区も含めた中で一番規模が大きな学園だったのよ。でも、奇妙なことに学年ごとに生徒の数にばらつきがあった。それには気づいていたかしら?」
「ばらつき? 中等部や高等部の話しをしているのか?」
「そうよ。学年が上がるに連れてある現象が起きていたはずよ?」
尋ねられたホタルはうっすらと残る学園の景色を思い起こし、まさか、と漏らす。
気づいた途端、個々の記憶が有益な情報となって一点に集まり、ある現象を浮き彫りにする。
そう、旧夜ノ島学園は小中高校一貫教育のエスカレーター式のマンモス校ではなかった。
学年が上がるにつれて生徒数は少なくなっていく、ピラミッド型の人数分布をした特殊な形態の学園だった。
「……転校か?」
「そ。成績優秀者は優先的に十二学区の学園への転校が認められていたわ。エンチャンターとしての能力開花と成長速度には当然個人差があるから」
より高度な教育環境への移籍と言えば聞こえはいい。
けれど、試験管の中で反応を見て、反応があった物から取り出されて別の実験に移される、そんな光景が過ぎった。
「旧夜ノ島学園の役目は十二学区に進学させる生徒の選定。言うなれば卵を孵化させてひよこを育てる施設ね」
「確かに言われてみれば、高等部の敷地と校舎が一番小さかった気がするな」
ホタルは顎に手を当てて当時の記憶をたどりつつ呟く。
少し前に流耶が口にした物流と言う響きを思い出し、それが生徒を指し示していると気がつく。
そして、生徒たちの選定が進む度に在学する生徒の平均年齢は下がっていく。
「じゃあ、『幻影戦争』は小等部の子供を狙って起こしたのか!?」
「割合的にはそうなるわね。未来の危険因子として、襲撃の対象に選んだわ。十二学区へ流れる前に排除するために」
「……くっ」
流耶の口調はどこまでも淡々としている。透哉は歯噛みした。
この透哉の怒りは当事者としての物と少し異なる。純粋に罪もない子供を狙った事への怒り。年を重ねたことで芽生えた第三者目線の憤りだった。
今ここで議論することではない。そう理解していても許せることではない。
透哉は震える拳を太ももに懸命に押さえつけるホタルを見つつ、
「じゃあ、今の十二学区には特定の年齢層だけがいない空洞化が起こっているのか?」
自分でも気味が悪いほど冷静に分析してその考えに至った。
十二学区が旧学園からの生徒の仕入れ先なら、補給路を断たれては当然人員が不足するはずだ。旧学園が当時最大とまで言われた要衝であるならなおのこと。
「いえ、そんなことはないわ。今の十二学区には定員割れを起こさないぐらいの十分な学生たちが生活しているわ」
と、ここでも透哉の考察は容易く退けられた。悪い予感が外れて本当は安心する場面だ。そこまで悪くなくて良かった、と胸をなで下ろす場面だ。
しかし、それはおかしなことだった。
例えば、養鶏場が破壊されて鶏の出荷量が減れば市場に出回る鶏肉の量は減る。
必ず、需要と供給のバランスは崩れ、持ち直すまで時間を要する。
それが人間と言うもっと繊細で面倒な資源で行われていたのなら、なおさらはっきりと現われるはずだ。
それこそ、過程を吹き飛ばして急成長させたり、成熟した状態で生まれたりしない限りあり得ない。
「十二学区全体からすれば旧夜ノ島学園からの生徒の供給量は一部でしかないわ。でも、生徒の質という点においては群を抜いていたわ。だから、メサイアとしては変わりの供給源、最悪数合わせくらいの補填は必要だった」
人を人と思わない胸くそ悪い話の中、透哉とホタルは苛立ちと気味の悪さを覚えつつ続きに耳を傾ける。
「だからメサイアは十二学区の敷地内に新たに小学校と幼稚園、それと孤児園を作ったの」
無くなってしまったから新たな受け皿を作ろう。そう考えて対策を試みるのは分かる。
ただ、妙な引っかかりを覚えた。
例え施設が備わっていても、そこで修学する子供たちがいなければ話にならない。必要なのは生徒になる子供達であって施設ではないからだ。
それに大量死が起きた学園と同じ土地に、自分の子供を預けたいと思う親がいるのだろうか?
当時のことを思い返すと『幻影戦争』のことが連日報道されて風評被害の真っ只中だった気がする。
「んなもん作ったって、都合良く子供が集まらないだろ」
「いえ、就業を初めて二年目には定員の上限に近い子供たちが集まったわ」
透哉は不思議というか不審そうに眉を顰める。ホタルも納得がいっていない顔だ。
『幻影戦争』で亡くなった人数を考えると百人どころの話ではない。千人規模の人数の補填が簡単なはずがない。にもかかわらず、流耶の口調からそう言った苦労を窺わせる色を一切感じない。
それほどエンチャンター専科の学園に魅力があるのか、信頼を取り返す策を十二学区が外部に発信し、成功したと言うことなのか。
経営の知識などあるはずがない透哉には、それを実現した大人の手腕に検討が付かなかった。
「意外と考えがまっとうなのね」
「お前、それは――っ」
流耶がどこか嘲笑うみたいに言って取り出したのは、ハードカバーの本。
『箱庭』と呼ばれる学園の見取り図を立体化することができる魔道具だ。
流耶の手にした『箱庭』を見たホタルが思わず声を漏らした。
ホタル自身も、夜間警邏のために生徒会メンバーとして同種の物を預けられているが、流耶が手にした『箱庭』と自分が所持する『箱庭』ではデザインが少し異なった。
「あなたたちに渡してあるのはこの学園だけを記載した複本なのよ。それより――ここ見てくれる?」
流耶は軽く補足すると裏表紙の方からパラパラと捲り、目的のページを見つけると開いた状態で置いた。
ホタルは釈然としない顔、透哉は少し不思議そうな顔をすると揃って身を乗り出し、『箱庭』が映し出したどこかの地図をのぞき込む。
恐らく十二学区のどこかの地図だろう。綺麗に区画整理した道路と、学校や商業施設に病院と言った生活に必要な建物の名前が並んでいる。
そして、流耶が指を指しているは孤児院。話の流れからするに『幻影戦争』の後に建てられた物なのだろう。
「そして、ここ」
言われるがまま視線を移すと、『夜ノ島バイオ研究所』と書かれている。
透哉は怪訝な目で流耶を見る。
「一応農作物の品種改良を目的とした施設よ。表向きはね」
「おい、ちょっと待て。孤児院の隣じゃねーか」
嫌そうに顔を顰めた透哉に含み笑いをする流耶。
余りに露骨な配置に吐きそうになる。
十二学区には見えている部分にさえ高い次元の科学技術が溢れていた。だからその裏で、あるいは下で、公開できない技術が蠢いていたとしても不思議はない。
だから、そういう技術や生成方法があったとしてもおかしくない。
「透哉の想像通りよ。孤児院なら素性の分からない子供たちが多数いても外への言い訳が立つし、不自然な生徒数の増加も気にならない。いざとなれば『幻影戦争』の生存者を匿っていましたとでも言えばなんとでもなるわ」
「…………っ」
風評を度外視した技術力を盾にした外道の力業。
「作ったってのか!? 人間を!?」
「十二学区はね、魔力を科学する場所であり、科学で魔力を生み出す場所でもあるのよ。つまりあの街中には人工のエンチャンター、人によって作られた人魔が何人も紛れ込んでいるというわけ」
透哉自身もおよそ人とは言えない身であり、たくさんの人を手にかけた罪を背負っている。
それでも、それでも込み上がってくる気味の悪さ。さっきまでは耐えていた何かが壊れてしまいそうになる。
人が人を作る、それは最大の禁忌ではなかっただろうか。
人を殺すことと人を作り出すことはどちらがより禁忌なのだろうか?
もしかしたら、自分には倫理観を問う資格はないのかもしれない。
それでも、それでも……。
『今はただここで見られる範囲のことを覚えておいて。十二学区の存在を知り、僅かでも理解して帰ることに意味があるの』
パレットで宇宮湊が口にした言葉を反芻し、意味を噛み締める。
半日にも満たない時間にどれだけの物を見たのか。さりげない言葉の裏には、嫌悪感などでは片付けられない闇が潜んでいた。
そして、流耶はたたみかけるように続ける。
「事のついでだし、話しておこうかしら?」
流耶は『箱庭』を閉じて片付けると、驚愕に言葉を失う透哉とホタルを残し、カーテンに覆われた窓の前で足を止める。
血の滲んだ額の包帯を揺らせ、表裏を入れ替えるように大仰に身を翻す。
そして、目を見開き、諸手を広げ、狂気を振りまきながら宣言する。
「いっひひひっ、さぁ、始めましょう。十年越しの計画を!」
「――俺たちにも分かる説明をしろ。結局俺たちは何をやらされるんだ!?」
珍しく興奮気味の流耶に透哉は答えを求め、直後言葉を失う。
地獄の底で手招きするように、流耶の言葉は透哉たちを深淵へと誘う。
「十年前の続き、十二学区の殲滅よ」
流耶の宣言は二人の前提を大きく揺るがす。
十年前の事件はまだ終わっていない。それどころか、始まってさえいなかった。
十二学区、すなわちメサイアの要衝の破壊。それは『幻影戦争』を起こした『悪夢』園田凶平が始めた野望の続き。
かつて恩師として自分たちを導いてきた園田はレジスタンスとしてメサイアの企てに抗ってきた。
エンチャンターが人間から世界の覇権を取り返すためにメサイアが画策している戦争。
しかし、それを阻む園田はもういない。
自分たちが加担させられる、戦争を止めるための屁理屈みたいな戦争。
不条理極まりない宣布に二人は肩を震わすしかできなかった。
この先は終末への本当の始まり。
今はまだ浅い眠りに過ぎない。
深い悪夢は淡い微睡みの奥。
十年の時を経て蠢き出す。
予想外の展開に揃って首を傾げる透哉とホタル。
その二人に流耶はこう切り出した。
「旧夜ノ島学園と十二学区の間には明確な交流、いえ、物流があったのよ」
「物流? 魔道機ってやつのことか」
透哉とホタルは、昨日見てきたばかりの十二学区内の技術と、それによって生み出されたデバイスと呼ばれる魔道機を思い浮かべた。旧夜ノ島学園にも魔道機を研究や製造する部署が含まれていたのかもしれない。
全く覚えがない透哉は視線でホタルに「お前はどうなんだ?」と合図する。
「――中等部や高等部の校舎にはほとんど入ったことがない。だから、はっきりと断言はできないが、……何かを作ったり学園の外に出荷したりする場所はなかったように思うぞ」
記憶を辿り、ホタルが口を開く。
当時小等部だったとしても、学園内の雰囲気や流れはなんとなく分かる。かえって小さな子供の方が機微には鋭いものである。
透哉はホタルの弁を聞き入れ、流耶に目線を向けることで答えを求める。
二人の的外れの考察に流耶は首を横に振ってあっさり否定し、核心に迫る。
「当時の旧夜ノ島学園は、十二学区も含めた中で一番規模が大きな学園だったのよ。でも、奇妙なことに学年ごとに生徒の数にばらつきがあった。それには気づいていたかしら?」
「ばらつき? 中等部や高等部の話しをしているのか?」
「そうよ。学年が上がるに連れてある現象が起きていたはずよ?」
尋ねられたホタルはうっすらと残る学園の景色を思い起こし、まさか、と漏らす。
気づいた途端、個々の記憶が有益な情報となって一点に集まり、ある現象を浮き彫りにする。
そう、旧夜ノ島学園は小中高校一貫教育のエスカレーター式のマンモス校ではなかった。
学年が上がるにつれて生徒数は少なくなっていく、ピラミッド型の人数分布をした特殊な形態の学園だった。
「……転校か?」
「そ。成績優秀者は優先的に十二学区の学園への転校が認められていたわ。エンチャンターとしての能力開花と成長速度には当然個人差があるから」
より高度な教育環境への移籍と言えば聞こえはいい。
けれど、試験管の中で反応を見て、反応があった物から取り出されて別の実験に移される、そんな光景が過ぎった。
「旧夜ノ島学園の役目は十二学区に進学させる生徒の選定。言うなれば卵を孵化させてひよこを育てる施設ね」
「確かに言われてみれば、高等部の敷地と校舎が一番小さかった気がするな」
ホタルは顎に手を当てて当時の記憶をたどりつつ呟く。
少し前に流耶が口にした物流と言う響きを思い出し、それが生徒を指し示していると気がつく。
そして、生徒たちの選定が進む度に在学する生徒の平均年齢は下がっていく。
「じゃあ、『幻影戦争』は小等部の子供を狙って起こしたのか!?」
「割合的にはそうなるわね。未来の危険因子として、襲撃の対象に選んだわ。十二学区へ流れる前に排除するために」
「……くっ」
流耶の口調はどこまでも淡々としている。透哉は歯噛みした。
この透哉の怒りは当事者としての物と少し異なる。純粋に罪もない子供を狙った事への怒り。年を重ねたことで芽生えた第三者目線の憤りだった。
今ここで議論することではない。そう理解していても許せることではない。
透哉は震える拳を太ももに懸命に押さえつけるホタルを見つつ、
「じゃあ、今の十二学区には特定の年齢層だけがいない空洞化が起こっているのか?」
自分でも気味が悪いほど冷静に分析してその考えに至った。
十二学区が旧学園からの生徒の仕入れ先なら、補給路を断たれては当然人員が不足するはずだ。旧学園が当時最大とまで言われた要衝であるならなおのこと。
「いえ、そんなことはないわ。今の十二学区には定員割れを起こさないぐらいの十分な学生たちが生活しているわ」
と、ここでも透哉の考察は容易く退けられた。悪い予感が外れて本当は安心する場面だ。そこまで悪くなくて良かった、と胸をなで下ろす場面だ。
しかし、それはおかしなことだった。
例えば、養鶏場が破壊されて鶏の出荷量が減れば市場に出回る鶏肉の量は減る。
必ず、需要と供給のバランスは崩れ、持ち直すまで時間を要する。
それが人間と言うもっと繊細で面倒な資源で行われていたのなら、なおさらはっきりと現われるはずだ。
それこそ、過程を吹き飛ばして急成長させたり、成熟した状態で生まれたりしない限りあり得ない。
「十二学区全体からすれば旧夜ノ島学園からの生徒の供給量は一部でしかないわ。でも、生徒の質という点においては群を抜いていたわ。だから、メサイアとしては変わりの供給源、最悪数合わせくらいの補填は必要だった」
人を人と思わない胸くそ悪い話の中、透哉とホタルは苛立ちと気味の悪さを覚えつつ続きに耳を傾ける。
「だからメサイアは十二学区の敷地内に新たに小学校と幼稚園、それと孤児園を作ったの」
無くなってしまったから新たな受け皿を作ろう。そう考えて対策を試みるのは分かる。
ただ、妙な引っかかりを覚えた。
例え施設が備わっていても、そこで修学する子供たちがいなければ話にならない。必要なのは生徒になる子供達であって施設ではないからだ。
それに大量死が起きた学園と同じ土地に、自分の子供を預けたいと思う親がいるのだろうか?
当時のことを思い返すと『幻影戦争』のことが連日報道されて風評被害の真っ只中だった気がする。
「んなもん作ったって、都合良く子供が集まらないだろ」
「いえ、就業を初めて二年目には定員の上限に近い子供たちが集まったわ」
透哉は不思議というか不審そうに眉を顰める。ホタルも納得がいっていない顔だ。
『幻影戦争』で亡くなった人数を考えると百人どころの話ではない。千人規模の人数の補填が簡単なはずがない。にもかかわらず、流耶の口調からそう言った苦労を窺わせる色を一切感じない。
それほどエンチャンター専科の学園に魅力があるのか、信頼を取り返す策を十二学区が外部に発信し、成功したと言うことなのか。
経営の知識などあるはずがない透哉には、それを実現した大人の手腕に検討が付かなかった。
「意外と考えがまっとうなのね」
「お前、それは――っ」
流耶がどこか嘲笑うみたいに言って取り出したのは、ハードカバーの本。
『箱庭』と呼ばれる学園の見取り図を立体化することができる魔道具だ。
流耶の手にした『箱庭』を見たホタルが思わず声を漏らした。
ホタル自身も、夜間警邏のために生徒会メンバーとして同種の物を預けられているが、流耶が手にした『箱庭』と自分が所持する『箱庭』ではデザインが少し異なった。
「あなたたちに渡してあるのはこの学園だけを記載した複本なのよ。それより――ここ見てくれる?」
流耶は軽く補足すると裏表紙の方からパラパラと捲り、目的のページを見つけると開いた状態で置いた。
ホタルは釈然としない顔、透哉は少し不思議そうな顔をすると揃って身を乗り出し、『箱庭』が映し出したどこかの地図をのぞき込む。
恐らく十二学区のどこかの地図だろう。綺麗に区画整理した道路と、学校や商業施設に病院と言った生活に必要な建物の名前が並んでいる。
そして、流耶が指を指しているは孤児院。話の流れからするに『幻影戦争』の後に建てられた物なのだろう。
「そして、ここ」
言われるがまま視線を移すと、『夜ノ島バイオ研究所』と書かれている。
透哉は怪訝な目で流耶を見る。
「一応農作物の品種改良を目的とした施設よ。表向きはね」
「おい、ちょっと待て。孤児院の隣じゃねーか」
嫌そうに顔を顰めた透哉に含み笑いをする流耶。
余りに露骨な配置に吐きそうになる。
十二学区には見えている部分にさえ高い次元の科学技術が溢れていた。だからその裏で、あるいは下で、公開できない技術が蠢いていたとしても不思議はない。
だから、そういう技術や生成方法があったとしてもおかしくない。
「透哉の想像通りよ。孤児院なら素性の分からない子供たちが多数いても外への言い訳が立つし、不自然な生徒数の増加も気にならない。いざとなれば『幻影戦争』の生存者を匿っていましたとでも言えばなんとでもなるわ」
「…………っ」
風評を度外視した技術力を盾にした外道の力業。
「作ったってのか!? 人間を!?」
「十二学区はね、魔力を科学する場所であり、科学で魔力を生み出す場所でもあるのよ。つまりあの街中には人工のエンチャンター、人によって作られた人魔が何人も紛れ込んでいるというわけ」
透哉自身もおよそ人とは言えない身であり、たくさんの人を手にかけた罪を背負っている。
それでも、それでも込み上がってくる気味の悪さ。さっきまでは耐えていた何かが壊れてしまいそうになる。
人が人を作る、それは最大の禁忌ではなかっただろうか。
人を殺すことと人を作り出すことはどちらがより禁忌なのだろうか?
もしかしたら、自分には倫理観を問う資格はないのかもしれない。
それでも、それでも……。
『今はただここで見られる範囲のことを覚えておいて。十二学区の存在を知り、僅かでも理解して帰ることに意味があるの』
パレットで宇宮湊が口にした言葉を反芻し、意味を噛み締める。
半日にも満たない時間にどれだけの物を見たのか。さりげない言葉の裏には、嫌悪感などでは片付けられない闇が潜んでいた。
そして、流耶はたたみかけるように続ける。
「事のついでだし、話しておこうかしら?」
流耶は『箱庭』を閉じて片付けると、驚愕に言葉を失う透哉とホタルを残し、カーテンに覆われた窓の前で足を止める。
血の滲んだ額の包帯を揺らせ、表裏を入れ替えるように大仰に身を翻す。
そして、目を見開き、諸手を広げ、狂気を振りまきながら宣言する。
「いっひひひっ、さぁ、始めましょう。十年越しの計画を!」
「――俺たちにも分かる説明をしろ。結局俺たちは何をやらされるんだ!?」
珍しく興奮気味の流耶に透哉は答えを求め、直後言葉を失う。
地獄の底で手招きするように、流耶の言葉は透哉たちを深淵へと誘う。
「十年前の続き、十二学区の殲滅よ」
流耶の宣言は二人の前提を大きく揺るがす。
十年前の事件はまだ終わっていない。それどころか、始まってさえいなかった。
十二学区、すなわちメサイアの要衝の破壊。それは『幻影戦争』を起こした『悪夢』園田凶平が始めた野望の続き。
かつて恩師として自分たちを導いてきた園田はレジスタンスとしてメサイアの企てに抗ってきた。
エンチャンターが人間から世界の覇権を取り返すためにメサイアが画策している戦争。
しかし、それを阻む園田はもういない。
自分たちが加担させられる、戦争を止めるための屁理屈みたいな戦争。
不条理極まりない宣布に二人は肩を震わすしかできなかった。
この先は終末への本当の始まり。
今はまだ浅い眠りに過ぎない。
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十年の時を経て蠢き出す。
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