嘘やん……

神崎 ルナ

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思わず顔を上げるとようやくかな、とでも言いそうな顔でこっちを見ている伊能さんがいた。


「思い出したみたいだね」


『雪の日に生まれたから、ってよく言われるんだけど少し違うんだ』



頭の中の声に従ってあたしは続けた。


「降りしきる雪の中にそれぞれ違う世界があったら、と思ったお母さんがつけた、で合ってる?」


「そう。俺の時はこの辺にしては珍しくぼたん雪だったけど。ゆっくりと落ちる雪の一片を見たお袋がそう思ったって。この無数に広がる世界ゆきのように広い見聞を持ち、何物にも動じない人間になってほしい、ってね」



(嘘やん……)


たまたまバーで会った相手が自分と同じような理由で名づけられている確率なんてどれくらいのものなんだろう。


「やっぱり運命だと思わないかな?」

伊能さんが口角を上げてこちらを見た。

(待て、流されるなあたしっ!!)


流石にあんな目に遭った後に、はいそうですか、何て言えるはずもなくて。


(傍から見たらチャンスを棒に振っているように見えるんだろうな)


「悪いけど、それだけで決められないから」


「相性は凄く良いと思うけど?」


「いやあの、それだけで決められないからっ!!」


「そうかな。結構大事だと思うけどな」

意味ありげな視線を受け、体が反応した。


(落ち着け、あたしっ!!)


幾ら相性が良くてもそれだけで決めちゃいけない。


「それじゃあ、試験期間を設けようか?」


「はい?」


「取り敢えず何日間か一緒に住んでそれでよければ」


とテーブルに書かれたままの婚姻届を手にする。


「……書いてくれるよね?」


(うわあぁぁぁっ!! あざといっ、その笑みっ!! 一体何人落としてきたんじゃいっ!!)



「いや、あたし、伊能さんが何してる人なのかも知らないし」



(ってあたし、職業も知らない相手とあんなことをっ!!)


うわぁぁぁっ、と頭の中で頭を抱えてのたうち回っていると、


「はい」


取り出されたのは名刺。


目を落としたあたしは絶句した。


そこには某有名省庁の名称があったのだ。


(……え、ええっ!!)


「一応、国家公務員ってやつなんだけど」


居酒屋行くと絡まれるから言い辛いんだよね。


(いやいやいやいやっ!!)


有り得ない、と呆然としているといつの間に傍に来たのか、顔を覗き込まれていた。


「だから、生活の保証は十分にあるし。ああ、このまま勤めを続けてもどちらでも構わないけど」


「え、は……」


頷きかけて慌てて首を振る。


(あっぶなー)


心の中でセーフ、と息をついていると、



「もう少しだったのに」


(だからっ、その顔で舌打ちは止めて下さい、ってば!! てか、もうどんな表情でも決まってますよーっ!!)


心の中では大分参っているというのに、


「まあ、少しくらいなら待ってもいいですよ。そういうのは得意じゃないんですが、あなたのためですから」




(そう言いつつ、距離を詰めてくるの止めてっ、めちゃくちゃ心臓に悪いからっ!!)



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