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第2話

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 その頃アイリーンは――


「アイリーン、休憩にしなさいな」

「はい」

 こざっぱりとした庭に出された椅子に座った老婦人――エミリ――に促され、アイリーンはお茶を淹れた。

「貴女もお座りなさい」

「いえ、私は」

 何度もエミリに勧められ、ようやくアイリーンは向かいの椅子に腰を下ろした。

「貴女が来てくれて助かったわ。前の人が家庭の都合で辞めてしまってから、間が空いていたのよ」

「とんでもございません」

「貴女も飲みなさい。美味しいわよ」

「ありがとうございます」

 エミリは加齢からくる膝の痛みであまり動けないということでほとんど椅子から動けないため、家の中のことはほとんどアイリーンがおこなっていた。
 
 とはいえ、アイリーンは子爵の出で、もともとあまり裕福ではなかっため、ある程度の家事はこなせたので、それほど苦にはならなかった。

 聖女のころと比べると気の持ち方がずっと楽だった。

 あの頃は来訪する貴族達にも気を遣わねばならず、幾ら聖女とはいっても元々の地位は子爵令嬢のため、アイリーンは少しも落ち着けなかったのだ。


(ここは、気が楽だわ)

 仕事は次々あるがエミリは親切だし、と考えていると呼び鈴が鳴った。



 アイリーンが応対に出ると見たことのない青年がいた。

「何のご用でしようか?」

 訝し気にアイリーンが見ると青年ははしばみ色の瞳を輝かせた。

「あれ、君新しいお手伝いさん? 伯母さんはいるかい? ラスクが来たと言えば分かるから」

 どうやらエミリの甥らしかった。

「失礼しました。少々お待ちください」

 大丈夫そうだが、確認するとやはり甥で間違いないようだった。

「まあ、ラスクが。あの子ときたら。気まぐれなのだから。アイリーン、新しいお茶を用意してくれないかしら。お菓子は、これじゃあ足りないわね。戸棚の左上にまだあったはずだからお願いね」

 ラスクの名を聞いたとたん、浮き立ったエミリの様子にアイリーンもほっこりしながら準備のため、家屋へ戻ろうと踵を返しかけたとき、当の本人の声がした。

「気まぐれとはひどいですね。伯母さん」

「まあ、ラスク」

「ごめん。待ちきれなくて来ちゃった」

「アイリーン、躾のなってない甥でごめんなさいね。アイリーン、ラスクよ。私の5つ下の妹の末っ子でね、いつまでたっても落ち着かない子なのよ。ラスク、こちらアイリーンよ。今度新しく雇った人でね、とてもよくしてくれるの」

「伯母さんが元気そうでよかった」

 アイリーンはラスクに椅子を勧め、エミリに指示されたとおり戸棚から菓子を取り出す。

(いい人そうで良かった)

 ここで過ごすうちにエミリの性格も分かってきたので、話し合える人がいるというのはいいことだ、と思いながら菓子を出し、菓子入れにきれいに並べる。

(こんなところかしら)

 聞いた話だと男性は女性よりも食欲が多いらしいので、大目に入れてみたのだが。

(そう言えば私、婚約していたのにあの人のこと何も知らなかったわ)

 一緒に出掛けたこともほとんどなかったのに婚約者だなんて。

(本当に政略結婚だったのね)

 聖女の地位は高い。

 そしてその聖女の血を王族に入れたい、と思う輩がいるのも当然。

 つい肩を落としているとすぐ傍らで声がした。

「手伝うよ」

「ラスク様っ!?」

「敬語はいいよ。なんだかむず痒い」

 そう言ってさっさと菓子の鉢を持って先に行ってしまう。

「私が、」

「うーん、伯母さんに手伝ってこい、って言われたんだけどなあ」

 あっという間に菓子の鉢を持ったラスクは庭へ出てしまった。

「はい、持ってきたよ」

「あら、ありがとう。どうアイリーン? ラスクは役に立つでしょう?」

「伯母さん。俺の長所ってそれだけなの?」

 あまりにも情けないラスクの様に思わずアイリーンの口角が上がる。

「そっちのほうがいいな」

「え?」

「だからアイリーンは笑ったほうがいい、って別に口説いてないからっ!!」

 焦った様子に再びアイリーンの口角が上がる。

「あら、そうだと思ったけれど」

「伯母さんっ!!」


 
 ラスクは冒険者なのだという。

 パーティを組んだこともあるが現在はソロであちらこちらを移動しているらしい。

「今回久しぶりにこっちへ来たからついでに、と寄ったんだけど」

「本当に久しぶりね」

「だからそこは申し訳ないって思ってるって!!」

 気の置けない会話を聞きながらアイリーンは何かが癒されていくような気がしていた。

(こんなに気分が楽になったのって何年ぶりだろう)

 うっかりしていたらしい。

「……アイリーン?」

「あ、すみません。何でしょうか?」

 はっとして表情を戻したが遅かったらしい。

「アイリーン。やっぱり貴女何か事情があるのね」

「……それは」

「ちょうどいいから話してくれないかしら? 私もいつまでここにいられるか分からないしねぇ」

「エミリ様っ!!」

「伯母さん!!」

 席を立ちかけたアイリーン達に、

「物の譬えよ。でもね、貴女もしかしてとてもいいところのお嬢さんではないの? 何か力になれないかと思ったのよ」

 真摯な問いにアイリーンは根負けした。

 もし、話を聞いて避けられたらそれまでだ。

(その時は出て行こう)

 この親切な老婦人を巻き込むことなんてできない。

 アイリーンは覚悟を決めた。




 アイリーンが話し終えると、

「まあ、そんなことがあったのね。……辛かったわね」

「というかその王子も含めて皆、節穴じゃないか。アイリーンの一体どこを見てるんだ?」

 ある程度付き合いのあるエミリはともかく、出会って間もないラスクまでがそう言ったので、アイリーンは不思議に思った。

「そんなもの、見ていれば分かるよ。君は伯母さんにとてもよくしてくれている。この庭だって。ここまでしてくれたのは君くらいだよ」

「当たり前のことをしただけです」

「君は自分のことが分かっていないね」

 そこでエミリがラスクに顔を向けた。

「ねえ、こんな大事になっているなら貴方もしかして何か知っているんじゃないの?」

(え?)

 聞くと冒険者は、特にソロの冒険者は各国の情報を常に耳に入れているという。

「まあね。聖女召喚に成功した国の噂なら知っているけど」

 そう言ってアイリーンの方をちら、と見る。

(ああ、やっぱり)

 きっと召喚された聖女はとても優秀で国を取りまとめているのだろう。

(でも、このほうがよかったんだわ)

 クルト王子も煩わしい政略結婚から逃れられたのだし。

 そうアイリーンが思っていると、

「あの国は現在入国禁止になっている」

(え?)

 とんでもない答えが返ってきた。

「局的な干ばつや豪雨、地震が起きていてとてもじゃないが近寄れる状況ではない」

「そんな――」

 どういうことだろう。

 聖女祈ればそんなことは怒らない。

「聖女はどうされたのですか?」

「召喚されたという聖女は役に立たないらしいよ」

「……は?」

 あれほど能力が高い、と言われていたのに?

「現在は体調不良とかで臥せっている、と公表されているけれど、どうやらお祈りを怠けていたらしいね」

「そんな……」

 聖女が祈りを休むなんて。

 前代未聞のことに思考が停止しかかっているアイリーンに、

「だから、アイリーン、君にお願いがあるんだけど」

「リルム国へ行くのですね」

 アイリーンが答えるとラスクが頭を抱えた。

「どうしてそうなるんだ。というかアイリーンは人が良すぎる。そうじゃないよ。君にはラムネス王子に会ってもらいたい」

「はい?」

「ラムネス王子はこの国の第2王子だが、ちゃんと時勢は読める方だ。大丈夫、ちゃんと保護して貰えるから」

「まあ、それはいいわね。ここはいいから行ってっらしゃいな」

 思いがけない発言だったが、エミリも強くラスクの発言を指示したのでアイリーンはラスクと王宮へ向かうことになってしまった。


(いいのかしら)




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