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第1話
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バレンシア王国にはある言い伝えがある。
――魔物の爆発的な増殖と暴走。
それはほぼ二百年の周期で起こるが、備えは万端なはずだった。
だが、思いもがけない魔物の勢いに騎士団が押されかけていた。
「第2次防衛線が崩れるっ!!」
「一時退却っ!!」
「くそっ、何だよあれはっ!?」
王都レシアにもその報告は齎された。
「――以上、辺境伯の騎士団は半壊、第2騎士団ならびに第3騎士団も負傷者多数にて戦線離脱。このままですとここへ来るのも時間の問題かと」
「……やはりあれがないとだめか」
「あれ、とは?」
「建国王ゾルテ様の元にあったという聖なる遺物のひとつ。今はガートラント侯爵家が管理しているだろう」
その言葉に会議場の主だった貴族の視線がガートラント侯爵家当主へ向かう。
誰かがそう言えば、と口にする。
「聖剣でしたな。ガートラント侯爵家が代々管理を任されているのは。前回のときもガートラント侯爵が活躍したと書物にはあったように思いましたが」
今回は何故その聖剣の姿がないのか。
無言の問い掛けにガートラント侯爵が苦渋ともとれる口調で答えた。
「……あれは、今はとある事情のため使えないのです」
聖剣ルミナス。
その剣としての性能もそうだが、周囲の味方の能力を底上げすることもでき、建国王ゾルテが帯剣していたことでも知られている。
建国王ゾルテの崩御後、宝物庫にて管理される予定だったが、ゾルテ王の遺言によりガートラント侯爵家が管理することとなった。
そのことからも分かるとおりガートラント侯爵家は建国時からの由緒正しき家柄であり、忠臣としても名を上げられる存在である。
そんなガートラント侯爵家の居間にはガートラント侯爵の他に2人の人間がいた。
「どうしたものだか」
呪いの内容は――『剣の契約者が想う相手と両想いとなればその命を失う』というものだった。
政略結婚の多い貴族にはあまり関係のない内容にも思える。
だが、『呪い』である。
大したことのないようでいてどこにどんな影響を現すか分からないし、本当に内容はそれだけなのか。
頭を抱えるその年齢にしてはかっちりした体躯のガートラント侯爵。
「あなた、これは私が――」
決意を込めたように言い掛けた夫人の言葉を遮る声。
「お母様。私が契約します」
宣言したのはガートラント侯爵家の長女アメリアだった。
金色の髪に緑の瞳、という貴族特有の色と品のある面差しを宿した彼女は今年17歳となる。
そしてアメリアには既に決められた婚約者がいた。
「私には婚約者がおりますが、それは政略結婚とお互い認識しております。現在のガートラント家の状況を考えると私しか適任者はいないと思いますが」
「確かにクラウスはフィーリアと仲睦まじいですからあれを引き裂くのは気が咎めますね」
現在21歳のクラウス・ガートラントは第2騎士団第3部隊の部隊長として魔物の沸く国境へ赴いていた。
妻のフィーリアは妊娠中で実家のダルウィン侯爵家へ里帰りをしている。
戦況は非常に芳しくないがあの愛妻家のクラウスが身重の妻を放っておくはずがない。
クラウスは見合いからの一目惚れ、そして政略結婚なので全く必要のない猛アタックを続け、貴族としては珍しい恋愛結婚を成し遂げたのだ。
普段からあの夫婦の仲睦まじい様子を知っている者たちは確信していた。
(絶対に帰ってくる)
「ですのでここは私が」
「だめです。お母様。……お父様と愛し合っておられるのでしょう」
現ガートラント侯爵夫妻は貴族の事情に漏れず政略結婚だったが、穏やかに愛情を育み、こちらも仲睦まじい夫婦として知られていた。
「呪いは『両想いとなったとき』とありますが、もしかしたら既にそうであった場合も含まれてしまうかもしれません」
そんな危険は侵せない、とアメリアは反対した。
「でもね、アメリア」
尚も言い募ろうとする母親に、アメリアは殊更明るく断言した。
「それに私でしたら絶対大丈夫ですわ。私の場合は完璧な政略結婚で、あのトリスタン様が私とそういったことになりたいなんて思わないでしょうから」
アメリアの婚約者であるトリスタンは、このバレンシア王国の第2王子であり、幼いころからのアメリアの婚約者であった。
年はアメリアと同じで、王立学園の卒業後はアメリアと婚姻を結ぶことになっていた。
銀の髪と青い瞳のトリスタン王子はその秀麗な面持ちと有能さに加え、他の王族に比べると親しみやすいところがあり、学園内でも絶大な人気を誇っていた。
もちろん、アメリアもトリスタンのことを慕っていた。
はっきり言ってしまえばずっと好きだった。
(だめですわね)
自分の言葉に傷ついたことに気付き、苦笑が漏れそうになる。
アメリアは最初に会った時からトリスタン王子に惹かれていたが、どうやら向こうはそうではなく、
『何だ。お前が婚約者か』
全く興味がない、というふうに言われた。
その後もそんな様子でアメリアはトリスタンから優しい言葉を掛けて貰った記憶がほとんどない。
それでも一応は付き合いはしてくれている。
(毎回、不機嫌そうなお顔をしているけれどね)
アメリアはそこまで自分が嫌われる理由が分からなかった。
そんな風に思いに沈んでいたため父親の、
「それはいかん。アメリア」
「そうです。そんなことはありません」
焦ったような言葉や母親の否定も耳に入らなかった。
「それにその『呪い』がついてからはガートラント侯爵家の者しか契約が交わせないのでしょう。――契約は私がしたとしても、その剣を持って戦うのは他の方に任せても構わないのでしょう。ですから私が契約します」
有無を言わせない口調だった。
最後まで渋っていた両親も不承不承承諾し、アメリアは魔剣の契約者となった。
この後、魔剣を手にした第2騎士団は勇猛果敢の活躍をし、魔物達は駆逐されることとなる。
――魔物の爆発的な増殖と暴走。
それはほぼ二百年の周期で起こるが、備えは万端なはずだった。
だが、思いもがけない魔物の勢いに騎士団が押されかけていた。
「第2次防衛線が崩れるっ!!」
「一時退却っ!!」
「くそっ、何だよあれはっ!?」
王都レシアにもその報告は齎された。
「――以上、辺境伯の騎士団は半壊、第2騎士団ならびに第3騎士団も負傷者多数にて戦線離脱。このままですとここへ来るのも時間の問題かと」
「……やはりあれがないとだめか」
「あれ、とは?」
「建国王ゾルテ様の元にあったという聖なる遺物のひとつ。今はガートラント侯爵家が管理しているだろう」
その言葉に会議場の主だった貴族の視線がガートラント侯爵家当主へ向かう。
誰かがそう言えば、と口にする。
「聖剣でしたな。ガートラント侯爵家が代々管理を任されているのは。前回のときもガートラント侯爵が活躍したと書物にはあったように思いましたが」
今回は何故その聖剣の姿がないのか。
無言の問い掛けにガートラント侯爵が苦渋ともとれる口調で答えた。
「……あれは、今はとある事情のため使えないのです」
聖剣ルミナス。
その剣としての性能もそうだが、周囲の味方の能力を底上げすることもでき、建国王ゾルテが帯剣していたことでも知られている。
建国王ゾルテの崩御後、宝物庫にて管理される予定だったが、ゾルテ王の遺言によりガートラント侯爵家が管理することとなった。
そのことからも分かるとおりガートラント侯爵家は建国時からの由緒正しき家柄であり、忠臣としても名を上げられる存在である。
そんなガートラント侯爵家の居間にはガートラント侯爵の他に2人の人間がいた。
「どうしたものだか」
呪いの内容は――『剣の契約者が想う相手と両想いとなればその命を失う』というものだった。
政略結婚の多い貴族にはあまり関係のない内容にも思える。
だが、『呪い』である。
大したことのないようでいてどこにどんな影響を現すか分からないし、本当に内容はそれだけなのか。
頭を抱えるその年齢にしてはかっちりした体躯のガートラント侯爵。
「あなた、これは私が――」
決意を込めたように言い掛けた夫人の言葉を遮る声。
「お母様。私が契約します」
宣言したのはガートラント侯爵家の長女アメリアだった。
金色の髪に緑の瞳、という貴族特有の色と品のある面差しを宿した彼女は今年17歳となる。
そしてアメリアには既に決められた婚約者がいた。
「私には婚約者がおりますが、それは政略結婚とお互い認識しております。現在のガートラント家の状況を考えると私しか適任者はいないと思いますが」
「確かにクラウスはフィーリアと仲睦まじいですからあれを引き裂くのは気が咎めますね」
現在21歳のクラウス・ガートラントは第2騎士団第3部隊の部隊長として魔物の沸く国境へ赴いていた。
妻のフィーリアは妊娠中で実家のダルウィン侯爵家へ里帰りをしている。
戦況は非常に芳しくないがあの愛妻家のクラウスが身重の妻を放っておくはずがない。
クラウスは見合いからの一目惚れ、そして政略結婚なので全く必要のない猛アタックを続け、貴族としては珍しい恋愛結婚を成し遂げたのだ。
普段からあの夫婦の仲睦まじい様子を知っている者たちは確信していた。
(絶対に帰ってくる)
「ですのでここは私が」
「だめです。お母様。……お父様と愛し合っておられるのでしょう」
現ガートラント侯爵夫妻は貴族の事情に漏れず政略結婚だったが、穏やかに愛情を育み、こちらも仲睦まじい夫婦として知られていた。
「呪いは『両想いとなったとき』とありますが、もしかしたら既にそうであった場合も含まれてしまうかもしれません」
そんな危険は侵せない、とアメリアは反対した。
「でもね、アメリア」
尚も言い募ろうとする母親に、アメリアは殊更明るく断言した。
「それに私でしたら絶対大丈夫ですわ。私の場合は完璧な政略結婚で、あのトリスタン様が私とそういったことになりたいなんて思わないでしょうから」
アメリアの婚約者であるトリスタンは、このバレンシア王国の第2王子であり、幼いころからのアメリアの婚約者であった。
年はアメリアと同じで、王立学園の卒業後はアメリアと婚姻を結ぶことになっていた。
銀の髪と青い瞳のトリスタン王子はその秀麗な面持ちと有能さに加え、他の王族に比べると親しみやすいところがあり、学園内でも絶大な人気を誇っていた。
もちろん、アメリアもトリスタンのことを慕っていた。
はっきり言ってしまえばずっと好きだった。
(だめですわね)
自分の言葉に傷ついたことに気付き、苦笑が漏れそうになる。
アメリアは最初に会った時からトリスタン王子に惹かれていたが、どうやら向こうはそうではなく、
『何だ。お前が婚約者か』
全く興味がない、というふうに言われた。
その後もそんな様子でアメリアはトリスタンから優しい言葉を掛けて貰った記憶がほとんどない。
それでも一応は付き合いはしてくれている。
(毎回、不機嫌そうなお顔をしているけれどね)
アメリアはそこまで自分が嫌われる理由が分からなかった。
そんな風に思いに沈んでいたため父親の、
「それはいかん。アメリア」
「そうです。そんなことはありません」
焦ったような言葉や母親の否定も耳に入らなかった。
「それにその『呪い』がついてからはガートラント侯爵家の者しか契約が交わせないのでしょう。――契約は私がしたとしても、その剣を持って戦うのは他の方に任せても構わないのでしょう。ですから私が契約します」
有無を言わせない口調だった。
最後まで渋っていた両親も不承不承承諾し、アメリアは魔剣の契約者となった。
この後、魔剣を手にした第2騎士団は勇猛果敢の活躍をし、魔物達は駆逐されることとなる。
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