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好きということは――
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魔王の誕生と人間界への侵攻。
世界の命運は決まったはずだった。
一人の勇者が立ち上がるまでは。
(素敵……)
それはどう見ても人である勇者が不利としか思えなかった。
だが、彼はその不利な状況を逆に利用し、劣勢を覆した。
小さな威力しかない攻撃魔法を魔道具と連結させ、その攻撃力を高め。
魔物の攻撃でできた窪地に咄嗟に指示を飛ばし、水魔法と土魔法を放たせ、沼地を生じさせて足止めさせたり。
その身体能力の高さもだが、臨機応変というのかその咄嗟の判断力は優秀な軍師を連想させた。
(かっこいい……)
まだ二百歳にも満たないミスティアからすれば、その姿は全て格好よく思えた。
だが、相手は敵側である。
幾らミスティアが少女(※注 魔族基準)とはいえ、敵である勇者を表立って褒めることなど出来るはずもなく。
悶々とする想いを抱えたミスティアはある妥協策を取る。
適当にその辺りにあった枝を手折り、そこへ勇者への思いを籠めたのである。
それも一つ一つ、宝珠のような形にして。
(――金の髪も深い青の瞳も好きだけれど、魔物と向かい合う時の真剣な眼差しも好き)
(――どんな不利な状況でも必ず立ち上がる姿が格好いい)
(――どんな相手にでも優しいところが好き)
実はミスティアはこっそり勇者の姿を見に行ったことがある。
勿論人間に擬態してだが。
森に野営している一行をそっと遠くから見ただけだったが、流石勇者というべきなのか、すぐに気付かれてしまった。
だが、ミスティアに敵意がないのが分かったのか、剣を取ることはなかった。
それどころか、
(て、手を振ってくれた)
にっこりと小さな笑みまで貰ったミスティアの全身が熱くなる。
(……無理)
村娘の恰好をしたミスティアはそのまま棲家まで逃げ帰った。
(尊すぎて、無理~~っ)
この思い出は丸ごと宝珠にして枝へ取り付けた。
その後も勇者への想いを幾つも宝珠に籠めて枝へ取り付け、勇者亡き後はその頻度は減ったがそれでも大ぶりな枝が埋まるほど宝珠で埋め尽くされていた。
(……黒歴史だわ)
あれから随分と時が過ぎ、少女だったミスティアも成人した。
冷静になって考えてみると充分すぎるほどの黒歴史である。
後になって適当に折った枝が生命の枝であり、まさかその頃の純粋な想いが昇華されてその力が増幅されていることなど、ミスティアには眼中にないことだった。
そして幾度となく取り出して思い出に浸っていた枝も、最近ではあまり取り出すことがなくなって来たこの頃、隣国に謎の病が蔓延し始めたと噂に聞いた。
(まあ彼の国には聖女も居ることだし、私には関係のないことだろう)
そんなミスティアの思いはとんでもない方向で裏切られることになる。
「急なことで申し訳ないのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸しして頂きたく――」
「断る」
反射的に言葉が出ていた。
今、この勇者の孫は何と言った?
髪の色は違えどかつての勇者を彷彿とさせる青年――カイルが疑問をぶつけてきた。
「何故ですか? 勿論丁重に扱わせて頂きますし、必ず返しに来ます。お願いします。この病にはそれを使うしかないと幻水晶が断言したのです」
「使用する、とは?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「はい。お告げによるとその枝には聖女の力など比べ物にならないほどの浄化と生命の力が宿っているようで、病人の近くで枝を振って――」
「断る」
(そんなことされたら、宝珠の中身が零れてしまうじゃないのっ!!)
宝珠にはミスティアの想いがこれでもか、と籠められている。
今でさえ枝を運ぶには慎重に持ち運びしているのだ。
それを振られでもしたら――。
大惨事である。想いを籠めたミスティアにとっては。
国宝である幻水晶のお告げならば確かに病には効くのだろう。
だが、それと引き換えに一人の魔族が確実に悶え死ぬ。
勿論ミスティアはその一人になるつもりはなかった。
「幻水晶がそう言うのならそうなのだろう。だが、人間共になど貸す謂れはない」
わざと嫌われるような物言いをしたミスティアに槍使いが槍を構え、弓使いも臨戦態勢に入る。
杖を振りかぶった魔導師がローブの下から叫ぶ。
「ちょっと、どこが女魔族は友好的、なのよっ!! めっちゃ警戒されてるじゃないっ!!」
ミスティアが魔力を練り上げたのを悟ったのか魔導師が術を発動させようとした。
勿論ミスティアが黙って見ているはずがなかった。
「甘い」
ミスティアの言葉と同時に氷の礫が無数に放たれる。
「――ファイアーシールドッ!!」
氷の礫の殆どは魔導師が放った防御壁に落とされたが、幾つかがすり抜けた。
すり抜けたそれらは槍と弓矢に粉砕された。
魔導師が軽く口笛を吹く。
「やるじゃない」
「ったく世話が焼ける」
「今のはお前が全部防ぐはずじゃないのか?」
「よけーなこと言わないのっ!!」
彼らが軽口を叩く間にミスティアは次の術を展開した。
「――ザンダーバースト」
特大の雷が辺り一帯を埋め尽くした。
「――シールドッ、クエイクッ!!」
防御から地属性の魔術を放つ魔導師セイレンだが、遅かった。
雷が消え、大地が焦げた地表を露わにした場所に勇者カイルの姿はなかった。
「え、カイルッ!?」
「「カイルッ!?」」
女魔族ミスティアと勇者カイルの姿がその場から消え失せたのだった。
世界の命運は決まったはずだった。
一人の勇者が立ち上がるまでは。
(素敵……)
それはどう見ても人である勇者が不利としか思えなかった。
だが、彼はその不利な状況を逆に利用し、劣勢を覆した。
小さな威力しかない攻撃魔法を魔道具と連結させ、その攻撃力を高め。
魔物の攻撃でできた窪地に咄嗟に指示を飛ばし、水魔法と土魔法を放たせ、沼地を生じさせて足止めさせたり。
その身体能力の高さもだが、臨機応変というのかその咄嗟の判断力は優秀な軍師を連想させた。
(かっこいい……)
まだ二百歳にも満たないミスティアからすれば、その姿は全て格好よく思えた。
だが、相手は敵側である。
幾らミスティアが少女(※注 魔族基準)とはいえ、敵である勇者を表立って褒めることなど出来るはずもなく。
悶々とする想いを抱えたミスティアはある妥協策を取る。
適当にその辺りにあった枝を手折り、そこへ勇者への思いを籠めたのである。
それも一つ一つ、宝珠のような形にして。
(――金の髪も深い青の瞳も好きだけれど、魔物と向かい合う時の真剣な眼差しも好き)
(――どんな不利な状況でも必ず立ち上がる姿が格好いい)
(――どんな相手にでも優しいところが好き)
実はミスティアはこっそり勇者の姿を見に行ったことがある。
勿論人間に擬態してだが。
森に野営している一行をそっと遠くから見ただけだったが、流石勇者というべきなのか、すぐに気付かれてしまった。
だが、ミスティアに敵意がないのが分かったのか、剣を取ることはなかった。
それどころか、
(て、手を振ってくれた)
にっこりと小さな笑みまで貰ったミスティアの全身が熱くなる。
(……無理)
村娘の恰好をしたミスティアはそのまま棲家まで逃げ帰った。
(尊すぎて、無理~~っ)
この思い出は丸ごと宝珠にして枝へ取り付けた。
その後も勇者への想いを幾つも宝珠に籠めて枝へ取り付け、勇者亡き後はその頻度は減ったがそれでも大ぶりな枝が埋まるほど宝珠で埋め尽くされていた。
(……黒歴史だわ)
あれから随分と時が過ぎ、少女だったミスティアも成人した。
冷静になって考えてみると充分すぎるほどの黒歴史である。
後になって適当に折った枝が生命の枝であり、まさかその頃の純粋な想いが昇華されてその力が増幅されていることなど、ミスティアには眼中にないことだった。
そして幾度となく取り出して思い出に浸っていた枝も、最近ではあまり取り出すことがなくなって来たこの頃、隣国に謎の病が蔓延し始めたと噂に聞いた。
(まあ彼の国には聖女も居ることだし、私には関係のないことだろう)
そんなミスティアの思いはとんでもない方向で裏切られることになる。
「急なことで申し訳ないのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸しして頂きたく――」
「断る」
反射的に言葉が出ていた。
今、この勇者の孫は何と言った?
髪の色は違えどかつての勇者を彷彿とさせる青年――カイルが疑問をぶつけてきた。
「何故ですか? 勿論丁重に扱わせて頂きますし、必ず返しに来ます。お願いします。この病にはそれを使うしかないと幻水晶が断言したのです」
「使用する、とは?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「はい。お告げによるとその枝には聖女の力など比べ物にならないほどの浄化と生命の力が宿っているようで、病人の近くで枝を振って――」
「断る」
(そんなことされたら、宝珠の中身が零れてしまうじゃないのっ!!)
宝珠にはミスティアの想いがこれでもか、と籠められている。
今でさえ枝を運ぶには慎重に持ち運びしているのだ。
それを振られでもしたら――。
大惨事である。想いを籠めたミスティアにとっては。
国宝である幻水晶のお告げならば確かに病には効くのだろう。
だが、それと引き換えに一人の魔族が確実に悶え死ぬ。
勿論ミスティアはその一人になるつもりはなかった。
「幻水晶がそう言うのならそうなのだろう。だが、人間共になど貸す謂れはない」
わざと嫌われるような物言いをしたミスティアに槍使いが槍を構え、弓使いも臨戦態勢に入る。
杖を振りかぶった魔導師がローブの下から叫ぶ。
「ちょっと、どこが女魔族は友好的、なのよっ!! めっちゃ警戒されてるじゃないっ!!」
ミスティアが魔力を練り上げたのを悟ったのか魔導師が術を発動させようとした。
勿論ミスティアが黙って見ているはずがなかった。
「甘い」
ミスティアの言葉と同時に氷の礫が無数に放たれる。
「――ファイアーシールドッ!!」
氷の礫の殆どは魔導師が放った防御壁に落とされたが、幾つかがすり抜けた。
すり抜けたそれらは槍と弓矢に粉砕された。
魔導師が軽く口笛を吹く。
「やるじゃない」
「ったく世話が焼ける」
「今のはお前が全部防ぐはずじゃないのか?」
「よけーなこと言わないのっ!!」
彼らが軽口を叩く間にミスティアは次の術を展開した。
「――ザンダーバースト」
特大の雷が辺り一帯を埋め尽くした。
「――シールドッ、クエイクッ!!」
防御から地属性の魔術を放つ魔導師セイレンだが、遅かった。
雷が消え、大地が焦げた地表を露わにした場所に勇者カイルの姿はなかった。
「え、カイルッ!?」
「「カイルッ!?」」
女魔族ミスティアと勇者カイルの姿がその場から消え失せたのだった。
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