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第9話

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「いい加減諦めが悪いぞ。その件は後日でもよい、と陛下から言質を貰っただろう」

 ハロルドが窘めるようにシャガール辺境伯令息を見るが、

「いいや。お前の気質はよく知っているからな。これ以上もたもたするつもりはない。明日にもそちらへ婚約の許可を貰いに行くから覚悟しておくように」

「明日は早すぎだろう。せめて一週間は置かないか」

「ダメだ」

 結局、急なことだが三日後にはシャガール辺境伯令息が公爵邸へ訪れて婚約の誓約を交わすことになった。

 その他にも諸々あったが帰りの馬車はマベウス公爵家の三人が乗ることが出来た。

 あまりにも急な展開に、馬車内でハロルドがオフィーリアを気遣うように何か言い掛けた時、オフィーリアが機先を制した。

「まるでお兄様とシャガール辺境伯令息が婚約するみたいですわね」

 とんでもない爆弾発言にオフィーリア以外のマベウス公爵家の人間が咳き込んだ。

「――オフィーリアッ!?」

「きゅ、急に何を言ってるんだっ!?」

 慌てる二人の家族にオフィーリアは澄ました顔を向けた。

「冗談ですわ。先ほどのやり取りが随分と気安く見えたものですから」

「オフィーリア、お前まさか――」

「ちょっと待てっ!! あのおバカ王太子のせいで接点は殆どなかったはずだぞっ!! どうしてこんな――」

 慌てふためく男性陣にオフィーリアは、謙遜するように告げた。

「でも、私のようなものがあんな素敵な方と婚約などしてよろしいのでしょうか」

「そんなことはないぞ。お前の器量とその実力なら隣国の王族に嫁いでもおかしくない。あああ、やはり時間が欲しいな」

「ですが父上。三日後にはバロンが来ますよ」

「そこはこれから考えよう。何も今すぐにオフィーリアをさなくてもよいのだからな」

「ええ」

 張り切る方向が違うのではないかという男性陣を余所にオフィーリアは馬車の外へ目を向けた。



 そして心配して待っていた母クローディアの抱擁を受け、いつもより気楽な雰囲気の夕食を終え、オフィーリアはは自室へ入る。

 着替えを終え、人払いをした後オフィーリアは丹念に室内を点検した。

 何も出て来ないのを確認してオフィーリアがふう、と息を吐いた。

「あっぶなかったーっ!!」

 貴族令嬢らしからぬ叫び声をあげてオフィーリアは寝台へ飛び込んだ。

「ふふっ、ジョセフィン伯母さんはいないわよね」

 懐かしの文学作品の登場人物の名を呟くとオフィーリアはあーあ、とため息をついた。

「どうしてこうなるのかしら。まあ、断罪よりは断然いいけれど。……やっぱりあそこであの台詞言っちゃったのが不味かったみたいね」

 言うまでもなくこのオフィーリアも転生者だった。

 幼い頃のレッドにあの台詞を言ったがため、数日間高熱に苦しんだ後、あれは将来ヒロインがレッドを落とす台詞だと知って愕然としたものだが。

「予定ではあのお子さま王太子とは円満に婚約解消する予定だったのだけど。あそこまでとは思わなかったわ」

 オフィーリアの予定では円満に婚約解消し、父親を説得して行儀見習いの教師としてやっていくか、更にはこっそり家出して万人があこがれるスローライフに勤しむか等々考えていたのだが。

 思ったよりも斜め上の提案をされてしまい、つい地が出てしまった。

「今時の子供ってあんなふうに考えるのね」

 前世ではアラフィフ世代だったため、十代に対する認識が甘かったようだ。

「それにしてもまさかあそこでお父様達、レッドが来るなんて」

 自分オフィーリアがそこまで周囲の愛情に囲まれていたなど初耳の彼女としてはある意味非常に困った展開だった。 

「これじゃあ、家出とかしたら捜索隊出されそう」

 かといって辺境に嫁ぐのも。

「あそこって結構冬、寒いのよね。それにもし行くなら体鍛えないと」

 辺境伯は国の守り刀。

 当然そこへ嫁ぐ令嬢にもそれなりの体力と気力を求められる訳で。

「って私、まだ嫁ぐって決まった訳じゃないし、でも――」

 レッドのことはそこまで嫌いではない。

 子供の頃の思い出と前世の乙女ゲーム情報くらいしかないが、あの容姿は好ましい。

「ううっ、だけど寒いのはなあ」

 誰もいないのをいいことに彼女は悶々と悩み叫んでいた。



「神様、仏様、ユーミン様ーっ!! もうどうすればいいのよぉっ!!」




 その後、前世文学少女だった現オフィーリアは猛プロポーズを受けて結局は辺境伯領へ赴くことになる。

 冬の厳しさに抵抗するため、魔物の素材から断熱素材を作り出し、更にはそれを量産できるように王城まで話を通し、領民達に救いの女神と慕われるのはもう少し先の話。

 

                                ( 完 )




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