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第8話
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「ですから、お断りいたします」
フランは先ほどの流れのまま部屋を辞さなかったことを後悔していた。
「どうしてだい? これまでのことは謝ったじゃないか」
今のフランの状態を見てこんなことが言えるとは正気を疑いたいところだが、どうやら本気のようだ。
フランは悪寒を覚えながら反論した。
「私にはこの仕事をする理由も義務もありませんから」
失礼致します。
後を見ないで扉へ掛かったフランの腕が、ぐい、と引かれた。
「そうか。なら理由があればいいんだな」
どこか据わった目をしたアール王子がフランの目を覗き込む。
「書類を片付けろ。できなければお前の命はない」
そんなの無茶苦茶です、と言い掛けたフランの腕が強く掴まれた。
「無茶苦茶?どこがだ?」
そう言うアール王子の目は焦点が合ってないように見えた。
(話が通じない)
ここはひとまず話だけでも合わせた方がいいのではないか、とフランが覚悟を決めた時だった。
「全部じゃないか」
蓮っ葉な女性の声がしたと思ったらフランの身は自由になっていた。
「何だお前はっ!!」
アール王子の誰何に思わずフランもその女性の方を見た。
一体どこから現れたのか、その女性は茶色の髪を総髪にしており、そしてこのような場には似つかわしくない、まるで冒険者のような身なりをしていた。
その細い腕がアール王子を取り押さえていた。
「何をするっ!! 不敬だぞっ!!」
女性が翠の瞳に強い意思を宿らせる。
「はあ? 不敬っていうのは人々の尊敬を集める方に使われる言葉じゃないの? ってか、そういう資格ある方に言われてみたいわ」
下衆を見るかのような顔で放たれた、これまた鋭さ無限大のような台詞に、流石にアール王子の思考が停止したらしい。
「な、な……」
今のうちに、とフランはそっと扉へ寄った。
「俺はこの国の王子だぞっ!!」
「うん。それで?」
「は?」
フランが廊下へ出た時も口論が聞こえていた。
「王子様ってのは、婚約者に自分の仕事押し付けたり、その時の気分で勝手に婚約破棄したり、都合で元の婚約者連れ戻してまたこき使おうとしたりする方のこと、言ってるんじゃないよね?」
「……」
心当たりがありすぎるのか無言が続く。
「そんじゃ、あたしは用があるからこれで」
頑張ってね、王子サマ。
と少しもそう思ってない口調で暇を告げると、あっという間にフランに追い付いてきた。
「あー。すっきりした。っと、待たせてごめんね」
行こうか、と言われてフランは面食らった。
自分はこの女性と面識は全くない。
一瞬、自分と同じ年代かと思ったが、よく見るとその瞳には経験からくる落ち着きが見え隠れしており、恐らくフランより年上と思われた。
「ありがとうございました。私はフランと申します」
「あ、まだ言ってなかったわね。あたしはサンドラ。ここには貴女を守るように依頼されて来たのよ」
(え?)
全く心当たりのないフランは疑問を口にしかけたが、それより早くサンドラがどこか焦ったように、
「ごめんね。悪いけれど説明はあとで。何か、やっぱりというかあの単細胞の無鉄砲がひとりで突っ走っちゃってるみたいでね」
急ぐよ、と手を取られて王城の廊下を走り出す。
「あの、」
ここは王城である。
品格を求められるこのようなところで走ってなどよいはずがない。
そう伝えようとしたフランだったが、
「ちょーっと今、緊急事態ってやつなのよっ!! 悪いけれど邪魔する奴はみんな吹っ飛ばしてくからっ!!」
その言葉通り、咎めようとした侍従や衛兵達は床と仲良くすることになった。
「ごめんなさーいっ!! 文句はあの馬鹿に言ってねーっ!!」
ぴくりともしない彼らにそう詫びるとサンドラはフランを連れて王城から走り去った。
(いいのかしら)
一抹の不安と疑問を感じながらもこのサンドラと名乗った女性から悪意は感じられなかったので、フランは付いていくことに決めたのだった。
フランは先ほどの流れのまま部屋を辞さなかったことを後悔していた。
「どうしてだい? これまでのことは謝ったじゃないか」
今のフランの状態を見てこんなことが言えるとは正気を疑いたいところだが、どうやら本気のようだ。
フランは悪寒を覚えながら反論した。
「私にはこの仕事をする理由も義務もありませんから」
失礼致します。
後を見ないで扉へ掛かったフランの腕が、ぐい、と引かれた。
「そうか。なら理由があればいいんだな」
どこか据わった目をしたアール王子がフランの目を覗き込む。
「書類を片付けろ。できなければお前の命はない」
そんなの無茶苦茶です、と言い掛けたフランの腕が強く掴まれた。
「無茶苦茶?どこがだ?」
そう言うアール王子の目は焦点が合ってないように見えた。
(話が通じない)
ここはひとまず話だけでも合わせた方がいいのではないか、とフランが覚悟を決めた時だった。
「全部じゃないか」
蓮っ葉な女性の声がしたと思ったらフランの身は自由になっていた。
「何だお前はっ!!」
アール王子の誰何に思わずフランもその女性の方を見た。
一体どこから現れたのか、その女性は茶色の髪を総髪にしており、そしてこのような場には似つかわしくない、まるで冒険者のような身なりをしていた。
その細い腕がアール王子を取り押さえていた。
「何をするっ!! 不敬だぞっ!!」
女性が翠の瞳に強い意思を宿らせる。
「はあ? 不敬っていうのは人々の尊敬を集める方に使われる言葉じゃないの? ってか、そういう資格ある方に言われてみたいわ」
下衆を見るかのような顔で放たれた、これまた鋭さ無限大のような台詞に、流石にアール王子の思考が停止したらしい。
「な、な……」
今のうちに、とフランはそっと扉へ寄った。
「俺はこの国の王子だぞっ!!」
「うん。それで?」
「は?」
フランが廊下へ出た時も口論が聞こえていた。
「王子様ってのは、婚約者に自分の仕事押し付けたり、その時の気分で勝手に婚約破棄したり、都合で元の婚約者連れ戻してまたこき使おうとしたりする方のこと、言ってるんじゃないよね?」
「……」
心当たりがありすぎるのか無言が続く。
「そんじゃ、あたしは用があるからこれで」
頑張ってね、王子サマ。
と少しもそう思ってない口調で暇を告げると、あっという間にフランに追い付いてきた。
「あー。すっきりした。っと、待たせてごめんね」
行こうか、と言われてフランは面食らった。
自分はこの女性と面識は全くない。
一瞬、自分と同じ年代かと思ったが、よく見るとその瞳には経験からくる落ち着きが見え隠れしており、恐らくフランより年上と思われた。
「ありがとうございました。私はフランと申します」
「あ、まだ言ってなかったわね。あたしはサンドラ。ここには貴女を守るように依頼されて来たのよ」
(え?)
全く心当たりのないフランは疑問を口にしかけたが、それより早くサンドラがどこか焦ったように、
「ごめんね。悪いけれど説明はあとで。何か、やっぱりというかあの単細胞の無鉄砲がひとりで突っ走っちゃってるみたいでね」
急ぐよ、と手を取られて王城の廊下を走り出す。
「あの、」
ここは王城である。
品格を求められるこのようなところで走ってなどよいはずがない。
そう伝えようとしたフランだったが、
「ちょーっと今、緊急事態ってやつなのよっ!! 悪いけれど邪魔する奴はみんな吹っ飛ばしてくからっ!!」
その言葉通り、咎めようとした侍従や衛兵達は床と仲良くすることになった。
「ごめんなさーいっ!! 文句はあの馬鹿に言ってねーっ!!」
ぴくりともしない彼らにそう詫びるとサンドラはフランを連れて王城から走り去った。
(いいのかしら)
一抹の不安と疑問を感じながらもこのサンドラと名乗った女性から悪意は感じられなかったので、フランは付いていくことに決めたのだった。
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