上 下
8 / 15

第8話

しおりを挟む
「ですから、お断りいたします」

 フランは先ほどの流れのまま部屋を辞さなかったことを後悔していた。

「どうしてだい? これまでのことは謝ったじゃないか」

 今のフランの状態を見てこんなことが言えるとは正気を疑いたいところだが、どうやら本気のようだ。

 フランは悪寒を覚えながら反論した。

「私にはこの仕事をする理由も義務もありませんから」

 失礼致します。

 後を見ないで扉へ掛かったフランの腕が、ぐい、と引かれた。

「そうか。なら理由があればいいんだな」

 どこか据わった目をしたアール王子がフランの目を覗き込む。

「書類を片付けろ。できなければお前の命はない」

 そんなの無茶苦茶です、と言い掛けたフランの腕が強く掴まれた。

「無茶苦茶?どこがだ?」
 
 そう言うアール王子の目は焦点が合ってないように見えた。

(話が通じない)

 ここはひとまず話だけでも合わせた方がいいのではないか、とフランが覚悟を決めた時だった。

「全部じゃないか」
 
 蓮っ葉な女性の声がしたと思ったらフランの身は自由になっていた。

「何だお前はっ!!」

 アール王子の誰何すいかに思わずフランもその女性の方を見た。

 一体どこから現れたのか、その女性は茶色の髪を総髪ポニーテールにしており、そしてこのような場には似つかわしくない、まるで冒険者のような身なりをしていた。

 その細い腕がアール王子を取り押さえていた。

「何をするっ!! 不敬だぞっ!!」
 
 女性が翠の瞳に強い意思を宿らせる。

「はあ? 不敬っていうのは人々の尊敬を集める方に使われる言葉じゃないの? ってか、そういう資格ある方に言われてみたいわ」

 下衆げすを見るかのような顔で放たれた、これまた鋭さ無限大のような台詞に、流石にアール王子の思考が停止したらしい。

「な、な……」

 今のうちに、とフランはそっと扉へ寄った。

「俺はこの国の王子だぞっ!!」

「うん。それで?」

「は?」

 フランが廊下へ出た時も口論が聞こえていた。

「王子様ってのは、婚約者に自分の仕事押し付けたり、その時の気分で勝手に婚約破棄したり、都合で元の婚約者連れ戻してまたこき使おうとしたりする方のこと、言ってるんじゃないよね?」

「……」

 心当たりがありすぎるのか無言が続く。

「そんじゃ、あたしは用があるからこれで」

 頑張ってね、王子サマ。

 と少しもそう思ってない口調で暇を告げると、あっという間にフランに追い付いてきた。

「あー。すっきりした。っと、待たせてごめんね」

 行こうか、と言われてフランは面食らった。

 自分はこの女性と面識は全くない。

 一瞬、自分と同じ年代かと思ったが、よく見るとその瞳には経験からくる落ち着きが見え隠れしており、恐らくフランより年上と思われた。

「ありがとうございました。私はフランと申します」

「あ、まだ言ってなかったわね。あたしはサンドラ。ここには貴女を守るように依頼されて来たのよ」

(え?)

 全く心当たりのないフランは疑問を口にしかけたが、それより早くサンドラがどこか焦ったように、

「ごめんね。悪いけれど説明はあとで。何か、やっぱりというかあの単細胞の無鉄砲がひとりで突っ走っちゃってるみたいでね」

 急ぐよ、と手を取られて王城の廊下を走り出す。

「あの、」

 ここは王城である。

 品格を求められるこのようなところで走ってなどよいはずがない。

 そう伝えようとしたフランだったが、

「ちょーっと今、緊急事態ってやつなのよっ!! 悪いけれど邪魔する奴はみんな吹っ飛ばしてくからっ!!」

 その言葉通り、咎めようとした侍従や衛兵達は床と仲良くすることになった。

「ごめんなさーいっ!! 文句はあの馬鹿に言ってねーっ!!」

 ぴくりともしない彼らにそう詫びるとサンドラはフランを連れて王城から走り去った。


(いいのかしら)

 一抹の不安と疑問を感じながらもこのサンドラと名乗った女性から悪意は感じられなかったので、フランは付いていくことに決めたのだった。


  




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の茶番に巻き込まれました。

あみにあ
恋愛
一生懸命勉強してようやく手に入れた学園の合格通知。 それは平民である私が貴族と同じ学園へ通える権利。 合格通知を高々に掲げ、両親と共に飛び跳ねて喜んだ。 やったぁ!これで両親に恩返しできる! そう信じて疑わなかった。 けれどその夜、不思議な夢を見た。 別の私が別の世界で暮らしている不思議な夢。 だけどそれは酷くリアルでどこか懐かしかった。 窓から差し込む光に目を覚まし、おもむろにテーブルへ向かうと、私は引き出しを開けた。 切った封蝋を開きカードを取り出した刹那、鈍器で殴られたような強い衝撃が走った。 壮大な記憶が頭の中で巡り、私は膝をつくと、大きく目を見開いた。 嘘でしょ…。 思い出したその記憶は前世の者。 この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気が付いたのだ。 そんな令嬢の学園生活をお楽しみください―――――。 短編:10話完結(毎日更新21時) 【2021年8月13日 21:00 本編完結+おまけ1話】

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

卒業パーティーに『事件』が発生いたしました

来住野つかさ
恋愛
 王立学院では卒業式がつつがなく終了し、今まさに謝恩パーティーが始まったところだった。その雰囲気を壊すように、突如婚約破棄宣言が始まった。声を上げたのはサミュエル・ガンス侯爵令息。彼の腕にしがみつくのは包帯を巻いたユミリー・フェルト男爵令嬢。わたくしカトリーナ・メロー侯爵令嬢が、婚約者のサミュエル様と親しい彼女に嫉妬して今まで数々の非道を働き、先程ついに大階段から突き落とす罪を犯したと断定されたのだ。でもちょっと待って。わたくしはそんな事していない。なのに被害者の彼女はわたくしと同じ髪色の犯人を見た? ということは······『事件』が起きたのだわ!   容疑者となったわたくしは、汚名を雪ぐために真犯人を見つけなくてはならない。わたくしに罪を着せ、ユミリー嬢を殺したいほど憎んでいるのは誰なのか?  推理小説好きとしては胸が高鳴る状況ですが、真相解明に向けて頑張ります!!

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々
恋愛
 先日、3度目の婚約が破談となったモニカは父である皇帝から呼び出しをくらう。  また皇帝から理不尽なお叱りを受けると嫌々謁見に向かうと、今度はまさかの1回目の元婚約者と再婚約しろと言われて----!?  これは、宮中でも難しい立場にある嫌われ者の第四皇女モニカと、彼女に仕える素行不良の一途な騎士、そして新たにもう一度婚約者となった隣国の王弟公爵との三角関係?のお話。

後妻は最悪でした

杉本凪咲
恋愛
新しい母と妹は私を容赦なく罵倒した。 父はそれを知っていながら無視をした。 全てを変えるために、私は家を飛び出すが……

処理中です...