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番外編 アリサ・タンザイト
しおりを挟む「ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢っ!! 今日をもってこの婚約は破棄させてもらうっ!!」
やっとだわ。
あたし、アリサ・タンザイトこと、転生者後藤晶紀はその台詞を上機嫌で聞いていた。
(まあ、表面には出さないけどね)
綺麗なドレスで着飾った人達のなかであのすました女が青ざめた顔をしているのが気持ちいい。
(もう本当に何なのよ。悪役令嬢ならそれっぽくしてよね)
ここはあたしが前世でプレイしていた乙女ゲーム『君のために魔法を』の世界だった。
そうと分かったとき、あたしは浮かれていた。
(だってヒロインじゃないっ!! あんなイケメン達を総取りっ!!)
もうこの辺で分かると思うけど、前世のあたしはモブ顔である。
人は見た目が9割とかいうけど、それ違う。
(10割よ10割っ!! 何ていっても綺麗な顔は正義っ!!)
友人? 何とかいたけど、正直いって顔のいい友人はいらない。
だって引き立て役じゃない、そんなの。
過去の様々な経験から、あたしは当たり障りのない付き合い方を学んだ。
でもそれってすごいストレスッ!!
前世では何とか社会人になって通勤しようと駅まで行こうとしたところまでは覚えてる。
でもそれ以降の記憶はないからきっと……。
(いいのよっ!! だって今はあたしがヒロインなんだからっ!!)
だから下級貴族でも関係ない。
ゲームのようにルートを定めて攻略対象に猛アタック!!
(うーん、皆いいんだけどさ、ここは思いきって王太子狙っちゃう?)
隠しキャラもいたような気がしたんだけどね。
確かそれは銀髪のイケメン王子で、でもそれは続編で、ヒロインが王太子と結ばれて隣国に視察に行った際に偶然出会う、というルートだからそれはパス。
(流石にそれはねぇ)
ハーレムには憧れるけど、それはそれ。
あたしにだって多少の倫理観ってものはあるのだ。
(王太子妃かあ。いいなあ)
ゲームでは悪役令嬢が追放されてとても素敵なウェディングドレスを着たヒロインと王太子のスチルで終わる定番で。
結婚相手どころか、付き合う相手もいなかったあたしにはすごい憧れの場面だった。
(いいなあ、あれ着てみたい)
そのウェディングドレスが着られるかもしれないのだ。
やるっきゃないでしょっ!!
という訳で王太子陥落作戦開始っ!!
何か身分がどうのこうので皆、話し掛けないけどさ、それってどうなの?
何のための学園なのよ。
ここで人脈作らないとだめじゃない?
学園長だって言ってたでしょ、ここでは身分は関係ないって。
早速王太子に話しかけるとあたしのフレンドリーな態度と言葉に大分戸惑っていたようだけど、だんだんと話をしてくれるようになった。
そこで分かったのは、婚約者の公爵令嬢が優秀すぎることに、どうやらかなりの劣等感を抱いているらしいこと。
王太子もそこそこできるが、あのすました女に比べるといまいち。
(うーん、そもそも王太子妃にそこまでの教養って要るの?)
あたしがイメージするお妃様ってのは、綺麗なドレスを着て取り巻きを連れて微笑んでることくらいしか思い浮かばない。
(だって政務とかは男の人の仕事でしょう?)
前世はともかく、こちらの世界で女王というのは聞いたことがないし、爵位持ちの女性も見たことも聞いたこともない。
(結局、どこ行っても男性優位なのよね)
まああたしはそこまで拘らないからいいけど。
(とにかく、美味しい食べ物食べて綺麗な服着られればいいのよっ!!)
この辺で分かったと思うけど、あたし前世ではそんなに裕福な家じゃなかった。
(パンにジャム幾ら塗っても怒られない、って何て幸せっ!!)
「アリサは本当に美味しそうに食べるな」
食堂で同じテーブルに付いていた王太子が告げた。
「だって美味しいんです」
食べたいだけ食べるあたしの耳に、淑女の嗜みが、とか聞こえよがしに聞こえるけど、そんなの知ったことじゃない。
(もっと美味しいものが食べたいな)
最初は満足していた。
だけど、やっぱり欲が出てきちゃう。
(もう王太子ルートは確定でいいよね)
だから、少しだけ他の攻略対象とも話をした。
すると皆、とりすました自分の婚約者に飽きていたのか、面白いほど乗ってきて。
(まあ、友達ならいいよね)
前世ではこんなことはなかった。
話しかけると面倒くさそうな顔をされたのに、今のヒロインの姿だとそんなことは少しもなくて。
(やっぱり、顔は大事なのね)
後から考えればちょっとだけ思いあがっていたのかもしれない。
『貴女、淑女の嗜みも習っていないの?』
呆れるようにあたしにお説教してきたのは、例の公爵令嬢だった。
(何よ、同じ年のくせに)
あたしはこういういかにも優等生タイプって苦手だった。
(何か思い出しちゃうなぁ)
前世で何かというと出しゃばって来た委員長みたい。
クラスの出し物でもめたとき、上から目線でお説教してきたあの委員長に。
(何が皆で仲良く、よ。反吐が出るわ。誰もそんなこと思ってないって)
その委員長は成績もよく、コミュ力もあったから、その場では一応皆おとなしくなった。
けれど、やっぱり裏では皆、文句たらたらだった。
『何だよ、あれ。女のくせにいい気になって』
『やめとけよ。差別だってまた騒がれるぞ』
『へいへい。ったく面倒くせぇ』
『××さんってさ、何か付き合い辛いよね』
『うん、何かいっつも綺麗ごとばっかだよね』
『だよねー』
皆、そんなものなのだ。
表では仲良しにみせても裏では違う。
それを聞いていたあたしはいい気味、って思っていたけど、彼女はそのことを知っているようだった。
『それが何?』
いつも余計なことを言うクラスメイトがわざとらしく教室内で告げ口したとき、彼女はそう言った。
胸を張って。
『人の気持ちなんてそれぞれでしょう。特に問題にならないかぎり何も言うつもりはないわ』
そう堂々と言う彼女が違う生き物のように見えた。
今の公爵令嬢を見ていると何かいらいらさせられる。
(何でもっと陰険にならないのよっ!!)
これまでの嫌がらせもきっと彼女じゃない。
(何かムカつく)
あたしはわざととぼけて見せた。
『ええと、お淑やかに、殿方の邪魔をしないように、でしたっけ?』
あんたの望む答えなんてやらない。
だってあたしはヒロインなんだから。
「新しい婚約者はアリサ・タンザイト令嬢とするっ!」
どよめきが広がるなか、あたしは跪礼で答えた。
けれどちょっとよろけそうになって慌てて元の姿勢に戻る。
(危ない危ない。もう少し練習が必要だわ)
だけど、まだまだ時間はあるし大丈夫よね。
今から頑張ればきっとお妃様になる頃にはできているハズ。
「忘れたとは言わせないぞっ! ロザンナッ! 貴様がアリサにした心無い仕打ちの数々は全て知っているんだっ!」
あたしがもたもたしている間に断罪が始まっていた。
(えっと、何かいろいろ言ってるみたいだけどそれ、彼女じゃないと思うんだけど)
決めつけるように怒鳴る王太子の姿にちょっと不安を覚える。
確かに聞かれたとき、『公爵令嬢かもしれない』って答えたけど、まさか鵜呑みにしてるっ!?
おまけに侍従が耳打ちした時、小さい声だけど近くにいたから聞こえちゃった。あのさ、『父上が』って、まさか陛下に根回ししてないのっ!?
(ちょっとぉ、嫌に急いでいると思ったらそうゆうことぉっ!?)
「議論は仕舞いだ。ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢っ! 貴様はそれだけの罪を犯したのだ! 衛兵っ!」
あっという間に彼女は大広間から連れ出されてしまった。
(ええー)
その後入場してきた国王夫妻にどこか得意げに王太子が説明し、更に公爵令嬢を衛兵に取り押さえたというところで何故か国王夫妻は固まっているように見えた。
(どうしたのかな? 何でそんなにショック受けてるの?)
見ていると、ブリオッシュ公爵が国王夫妻に駆け寄っているところで。
そこであたしはああ、と思い出した。
(そう言えば王妃様ってブリオッシュ公爵のお姉さんなんだっけ)
すいぶんと慌てているようだけど、そりゃまあ姪がそんな目にあったら大変だよね。
その時のあたしはお気楽に考えていた。
だって相手は公爵令嬢。
ゲームでは国外追放だけど、きっとそれなりに優遇されるんだろう、って。
(やっぱ公爵とかだと違うんだよね)
などと呑気に構えていれば、いきなり王様達に呼ばれた。
「そなたが新しい婚約者候補と聞くが?」
とても冷たい声だった。
「はい」
すると王様は深いため息をついて、こう言ったのだ。
「此の度は息子がとんだ勘違いをしてしまったらしいな。悪いがこの話は無しだ。皆の者、本日はここでお開きにする」
王様がそう言うなり侍従が大きな声で解散を告げ、パーティーはお開きになってしまった。
(何よ、それ)
ゲームではこんな展開なかった。
(どうしてよ)
その後のことはよく分からない。
結局あたしは下級貴族だし。
詳しくは知らされなかったけど、人の口に戸は立てられない、という言葉通り、あの公爵令嬢が国外追放になったと聞いた。
(ああ、やっぱりね)
というかそうでないと困る。
ゲーム展開に近付いたことでほっとしたあたしは窓越しに外を見る。
あの後、事態を知り何故か父親であるタンザイト子爵にすんごい怒られて自室に軟禁状態なので、あんまり外のことは分からない。
(でも、あの女が国外追放ってことはもうすぐ王太子から連絡来るよね)
「え、何ですってお父様?」
あれから何日も経った。
きっと国外追放された公爵令嬢は国境を越えた頃だろう。
そんな時、いきなり父であるタンザイト子爵に呼ばれ、居間に入ると、
「お前は修道院に行くことが決まった。これでも大分温情を掛けて貰えた方だ」
といきなり言われたのだ。
(何よ、それっ!)
ゲームにはそんな展開はなかった。
というか、公爵令嬢が国外追放になったルートではヒロインは必ず攻略対象の誰かと結ばれていて。
「自分のしたことが分かっているのか? このトレント王国では王となる者は必ずブリオッシュ公爵家の者と婚姻する。その代々の習わしを破るということがどんなことなのか」
「……お父様?」
何だか様子がおかしい。
大分疲れた様子のタンザイト子爵は、投げやりに言った。
「この国はもうおしまいだ」
「はい?」
どういうことだろう。
全く意味が分からない。
「分からないだろうな。私もあのことがなければ気付けなかった」
淡々と話されたのは、このトレント王国の成り立ち。
現在は風の魔法が幅を利かせているが、もともとは水竜と地竜の加護のお陰という。
なかでも地竜は風の精霊の助力を得てくれた方で、
「人の身に二つ以上の竜の加護は付けられん。だから地竜の加護は代々ブリオッシュ公爵家の者が担っている」
その話を聞いたのは先々代の子爵で。
何と彼は精霊の姿を見ることができたのだという。
そこで懐いてきた精霊達から今の話を聞き出したのだという。
だが、こんなことが周囲に漏れたら大事となる。
そのため子爵家では跡取りのみに伝えることとなった、とか。
(なにその設定。知らないんですけど)
そんな設定はゲームには出てこなかった。
「まだ水竜様の加護は残っているが、地竜様の加護が消えたことは大きい。恐らくこの国は――」
ゆっくりと衰退の道を進むだろう。
どこか疲れたようなその言葉を聞いてあたしは焦った。
(冗談でしょうっ!! 何でそんな!!)
「何とかならないんですか?」
「お前がそれを言うのか」
疑問形のない言葉にかなりの怒りが込められているみたいだった。
「最初に入学する際に言っただろうが。この子爵家に相応しい男子を婿にできるよう勉学に励め、と」
言われたけれど、あたしはヒロインだということに浮かれていた。
「そもそもそれなりに地位のある貴族の令息達にはすでに婚約者がいる。だからそれ以外の者を探せ、と。それをよりにもよって王太子など」
だって着てみたかったんだもの、ウェディングドレス。
その打ちのめされた様子を見て、あたしはようやく思った。
ここはゲームの世界じゃなかったんだ、と。
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お読みいただきありがとうございます。次の番外編(グイン王子視点)にて完結となります(現在執筆中のため、更新遅れます(m´・ω・`)m …。
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