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第39話 仮面舞踏会 ①

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「今宵は我がシュガルトの王妃のためによくぞ集まってくれた。余も長い間番に恵まれなかったが、こうして運命の番を得ることが出来た。今日は楽しんで行ってくれ」
 
 繋げられた三つの大広間の内、第3の間に平民が控えているのを知ってかシュガルト国王の挨拶は王としてはかなり砕けたものになっていた。

 そして王妃の言葉も。

「此の度はこのような宴を開いていただき有難うございます。ローズ・ファラントにございます。お集まりになった皆様にも感謝の気持ちで一杯にございます」

 その後は無礼講となった。

 シュガルト国は階級こそ人族と殆ど変わらないものを踏襲していたが、それとはまた別に種族ごとの順列があった。

 ここが少々ややこしいところで、上流貴族が認めてもそれぞれの種族の長が認めなければ通らない案件もあり、いつからか純粋に力が強い者が幅を利かせるようになっていった。

「だからこの間の決闘でローズが勝利したのは良かったな」

 人族はか弱いと思われているらしい。

 そんなローズが令嬢とはいえ、獣人のサファイア嬢に勝利したのだから、さほど侮られることはないだろう、というのがベリル達の見解だった。

「此の度は誠におめでとうございます。お慶び申し上げます。ユベルト・ゴルドーにございます。お見知りおきを」

 ゴルドー伯爵はサントワール医師と同じくヤギの獣人でサントワール医師とは遠い親戚という。

 それもあってか物腰が柔らく感じる初老の伯爵にローズは微笑みを返した。

「有り難うございます。私もこうして運命の番に出会えてとても嬉しく思っております」

 そう答えると少しだけ、おやという表情をされた。

 それはそうだろう。

 知っている者は知っている。
 
 人族には『運命の番』を察知する能力どころか、向けられている苦しいほどの愛情に気付くこともないと言われているのだから。

(でも、私は違う)

 こうしている今も隣に居るベリルからの愛情を感じることも出来るし、自分でも信じられないほどベリルが欲しかった。

 今はギルバート(敬語も尊称も要らないと言われた)が調合してくれた鎮静剤をローズも服用しているので、さほどひどい症状ではないが。

(それにしても凄いわね。ギルバートは)

 仮面舞踏会にしては地味(いつものローブを被った姿に仮面を付けて魔術師の仮装だとのたまった)な仮装をしたギルバートは中流貴族の集まる会場を主に警備を担当していた。
 
 もう少し華やかな恰好を進めたかったのだが、これが一番魔術師としての実力を発揮できると言われると反論も難しかった。

 挨拶の波が少し途切れてほっと息を付いたローズはそっと首飾りチョーカーに指先を当てた。

 中央に青石サファイヤがあしらわれたそれはギルバートが元々あった魔道具を急遽改造して作ってくれた障壁機能付きのものだった。

 かつて過剰共鳴だった運命の番が、想いが全て筒抜けと言うのはキツい、と訴えて当時の魔術師が作成したものだった

『これで心の奥底まで覗かれる、なんてことはないと思いますよ』
 
 良かった、心底ほっとしたローズとは裏腹に、

『人を付き纏いストーカーみたいに言うな』

 ベリルは憤慨していたようだったが。

(やっぱり心の中が全部見られてしまうというのは落ち着かなかったわね)

 ベリルは残念そうだったが、ローズとしてはこちらの方が良かった。

(これで漸く考えられるわ)

 ――ゆいいつを失わない最善の方法。
 
 そのためには情報が必要だった。

 舞踏会でベリルはカントローサの刺客の凶刃に倒れることになっている。

 ベリルは武人でもある。

 また獣人なので嗅覚にも優れている。

 それで不穏な気配に気付かないのはおかしいと思っていたが、こうして仮面舞踏会へ参加してみると分かる気がする。

 会場内が令嬢や夫人達の白粉や香水の匂いで溢れかえっているのだ。

 勿論、獣人である彼らはそれなりに気を配っているがその分母が多ければ何の意味もない。

(そう言えばマトアニア王国の王太子妃もそうだったわね)

 マトアニア王国国王は都合がつかず、名代として王太子夫妻が参列していたが、金髪碧眼のとても上品な容貌の彼女もかなり香水を振りまいていたようだった。

(それとも私の感覚が変わったのかしら?)

 こういった社交の場にはローズも出席したことがあるが、匂いにそこまで敏感になることはなかった。

(ここに来てから侍女達の話を聞いていたからかしらね)

 仮面は獣人にとってはあまり意味がない。

 何故なら彼らはその鋭い嗅覚で誰が誰だから嗅ぎ分けてしまうのだから。
 
 事実、こうして仮装して仮面を被ったローズにもきちんと挨拶する者が次々と来ていた。

 今回、ローズは光沢のある白地に銀糸を刺繍がふんだんに入ったドレスを着用し、身体にぴったりしたシルエットを基調としながら、身体に纏わりつくようなひだを幾重にも取り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 主題は妖精界の女王らしい。
 
(私がそんなの烏滸がましいとは思うのだけれど)

 だが何と言っても皆話を聞いてくれなかった。

(まあ王妃わたしのお披露目なのだから目立たないと困るのでしょうけれど)

 遠い目になったローズは知らなかった。

 シュガルト国の王妃は仮面を被っていても幻惑的な美女だと皆に注視されていたことに。




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