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第38話 女盗賊ジャッキー

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 カントローサ国は元々は人族のみの国だった。

 だが、長い間に隣り合うシュガルトからの移民を受け入れていたため、外の人間が思うより獣人の数は多い。
 
 そのカントローサの国境近くの街、コリルの一角。

 整備など全くされていない路地裏の奥に小さな店舗があった。

 そこは表の看板から武器屋を連想させたが、客らしき人影はなかった。

「ジャクリーヌ、居る?」

 そこへ顔を覗かせたのは茶色の髪をした狐の獣人――かつて『ピケラ』と名乗っていた女盗賊だった。

 光源は開けた扉からのみのため、奥まで見通すことは出来ない。

「居ないの?」

 すると奥の方から女性のものと思われる声がした。

「……五月蠅い」

「えー。そんなこと言っていいのぉ?」

 ピケラと名乗っていた女盗賊が懐から小さな硬貨を取り出し、床へ落とした。

 金属特有の高い音が店内に広がった、と思われた瞬間、

「待ってーっ!!」

 奥から突撃して来た黒い影のような人物が両手を伸ばして捕まえようとする。

「あたしのっ、拾ったんだからっ!!」

 黒いローブの下から必死に言い募る兎の獣人に、硬貨を落とした女盗賊が呆れたように口を開いた。

「分かったから。いい加減店へ入れてくれない?」

 

 ジャクリーヌの店は表向きは冴えない武器屋だったが、実際は仲介屋だった。

「それで今度はどうしたのよ。ジャッキー」

 ジャッキー、と呼ばれた女盗賊ははあ、と息を付いた。

「あー、何だかほっとする。久々にそう呼ばれたわ」

「何よそれ。あんたってば偽名使いすぎじゃないの?」

「やだなあ。この稼業に偽名は必須じゃない?」

 しれっと答えるジャッキーにジャクリーヌは椅子を勧めた。

「まあ、いいわ。取り敢えず座って」

「ありがと。でね、こっちまで足を伸ばしたのは――例の噂、知ってる?」

「……どの噂かしら?」

「もう、さっき情報料上げたじゃないっ!! 次の大きな仕事よっ!!」

「ちょっとっ、あれっぽっちで情報料、ってどっちががめついのよ。はあ、もうアレでしょ。シュガルト国での祭典ね」

「話が早くて助かるわ。それでどうなの?」

「そうね。漸くシュガルト国王の番が見付かったって向こうでは大騒ぎよ」

 ――しかも『運命の番』なんですって。

「あそこの王様って王族なのにずっと探してたんでしょう? 運命の番なんて国中捜し回ってもなかなか見つからないってのに」

 自分がその運命の番を詐称したことを棚に上げて、しれっと流すジャッキーに、

「それだけじゃないのよ」

「……どうしたのよ?」

「あら、あんた見なかったの? こないだの成婚行列? 何と王妃様は人族なのよ」

「はあ?」

「ちょっと怖いんだけどっ!! いきなり真顔になるのやめてよねっ!!」

 ジャクリーヌには自分の両親のことは話していないので理由は分からないだろう。

「それでね。神殿での正式な婚姻の前にお披露目の舞踏会をするらしいのよ。それもまさかの仮面舞踏会よっ!! あたし達獣人には殆ど意味ないんだけどね」

 それはそうだろう。

 幾ら仮面を被っても嗅覚が鋭い獣人に変装は無意味だ。

「だからこれって人族の王妃様のためなんじゃないか、って言われてるのよね。ほら、人族ってその辺の感覚がアレでしょ? 獣人だけの国に来た人族の王妃様が気負いなく過ごせるように、って配慮じゃないかって言われてるわ」

 相手が運命の番とはいえ、そこまでするのか。

 しかも相手は人族。

 こちらが幾ら番としての愛を向けても愛を返すどころか、それを受け止めることすら出来ない相手。
 
(どうせ捨てられるだけなのに)

 獣人国の王は酔狂なことだ。

(まあ、いいわ。そんなおマヌケな国王の顔を拝みに行くのも悪くないかもね)

 そんなジャッキーの顔を見たジャクリーヌが恐る恐るというふうにジャッキーを見上げた。

「あんた、何か悪い顔になってるよ」

「やあね。こんな美人捕まえて何言ってるのよ? それより出し惜しみしてないで教えなさいよ」

「いいけど。追加料金ね」

「がめついわね」

「いやそれあんたが言う? 言っとくけどさっきのじゃ子供の飴代にもならないからねっ!!」

 その言葉にジャッキーが懐から銀貨を取り出す。

「ほら。これでいい?」

「ん-。もう一声」

「ったく。どっちががめついのよ。先に情報」

 手を伸ばしたジャクリーヌをジャッキーが軽くいなす。

「仕方ないなあ。少しだけね。まずこの仮面舞踏会は招待客、それから獣人であれば基本、誰でも参加できるみたいね」

 齎された内容にジャッキーの尻尾がぴくり、と反応した。

「誰でも?」

「獣人ならね。もうそれだけで大盤振る舞いなんだけど。何とっ、平民でもその日だけは無料で衣装の貸し出しをしてくれるから、参加可能なのよっ!!」

 凄いじゃない、とご機嫌な様子を見たジャッキーが呆れたように口を開いた。

「会場に小銭は落ちてないわよ」

「当たり前じゃないっ!! そういったのが落ちてるのは大通りから一本入ったところの路地裏の側溝付近、と決まってるのよっ!!」

 あ、と口を押えるジャクリーヌに、ジャッキーが白けた視線を送る。

「まさかしてないわよね」

「まさかっ!!」
 
 あはは、と作り笑いをするジャクリーヌの手の平に銀貨を落とす。

「毎度ありー。それでね。ここにモブリン侯爵家への推薦状なんかがあったりしちゃうんだけど? 要る?」

 追加で銀貨が3枚手の平に落とされた。

「毎度ー」

 推薦状を受け取ったジャッキーが更に手を出した。

「何?」

「何、じゃないでしょ。その舞踏会の招待客名簿は?」

「ええー、これだけじゃ足りないし。それにこっちを何だと思ってるのよ」

「仲介屋兼凄腕の情報屋」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも、もうひと声」

 更にもう2枚銀貨が落ちる。

「毎度っ!!」

 差し出された名簿を受け取ろうとしたジャッキーの手が避けられた。

「ちょっと」

「ダメダメ。紙は貴重品なんだから。いつも通りね」

「はいはい」

 差し出された名簿を開き、暗記してから返す。

「いつもながら早いわね。いっそのこと文官とかした方が稼げるんじゃない?」

「え、やだ。面倒くさい」

 実際できないことではない。

 獣人間では男女間の差別は人族より少ないのだから。

 それでも種族間の差別はある。
 
 片親が人族であるジャッキーはそれだけで奇異の眼で見られてきた。

 文官になるには然るべき人物からの推薦状も必要だが、身辺調査もされることがある。

(冗談じゃない)

 立ち上がったジャッキーに、

「あら、もういいの? てっきり城内の見取り図も要求されると思ったけれど?」

「そこまではいいいわ。用があるのは大広間だしね」

 平民にも開放される舞踏会となれば皆大層着飾ってくるに違いない。

 指輪、耳飾り、首飾り、上手くすればドレスの装飾も掠められるかもしれない。

 だったら別に警戒心が高い貴族を狙わなくても済む。

 前の『仕事』のお陰で懐に余裕のあるジャッキーはそう判断した。


(舞踏会でひと仕事したら、少しのんびりするのもいいわね)




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