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第4話 訪問者

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 まだ開拓途中の街をある程度の軌道に乗せること。

 ローズが個人で領主を務められるのは現在のファラント公爵が存命の間だけで、もし万一のことがあれば、ローズは婿養子を取り、そこで領地経営をすること。

 当然だがその領地はファラント公爵家のものであり、ローズが跡継ぎである男子を産んだ際はまた新たに契約を結び直すこと。

 決められた契約はこのご時勢を考えれば随分と破格のものだった。

『よろしいのですか』

 却ってローズの方が恐縮してしまう。

『ああ。縁談が纏まらない女性にここは居心地が悪いかと思っていたが、お前がそういう考えを持っていたとなれば話は別だ』

 それにダニエルのこともあるしな。

『お兄様がどうなさいまして?』

 現在ダニエルは王都にいる。
 
 17歳のローズより2つ上の兄は第二騎士団副団長であり、殆ど王都に詰めていることが多いため、ローズはあまり話したことがなかった。 

『あいつは、いやいい。それより誰を連れて行くかだが……』


 話はそこで切り替わり、ローズも殆ど話したことのない兄より重要事項が出て来たのでそのことはすぐに頭から消えてしまった。

「お嬢様、少し休憩されてはいかがですか?」

 アンヌが部屋の一角に置かれた卓に茶器を並べながら問い掛けてきた。

「そうね」

 書類の山を睨みながらローズが応じる。

「アンヌ。私のことは『お嬢様』ではなく、領主代行でしょう?」

「申し訳ございません。領主代行様」

 元々女性が領主となる例は殆どないため、女性の領主、領主代行を表す単語は存在しなかった。

 それもあり、アンヌが『お嬢様』と呼ぶと周りが、ああやはりな、という視線を向けてくることに気付いた苦肉の策でもあった。

 ローズは先任の領主代行(こちらは言葉そのものの意味だったが、当人はいずれ自分が領主になれると思っていたらしい)から仕事を引き継ぐつもりだったが、ローズのことをただの貴族令嬢と侮っているのが見え見えだったため、即座に辞任して貰った。

 捨て台詞もあったようだったが、これから先の仕事で頭が一杯だったローズはあまり覚えていない。

 その後何度となく周囲の者達と話し合う場を持ち、領地の視察も行い、資料を読み込み、何とか大勢を理解し始めた頃である。

 護衛も含め、書類仕事の出来る側近もファラント公爵家から何人か連れて来て良かった、とローズが茶器を手に取ると、

「それにしてもあれは残念でございましたね」

「何のこと?」

「ほらあれですよ。あのお婆さんに頂いた青い薔薇の髪飾りですよ」

「ああ」

 老婆に会ったのはかなり前のことに思える位激務だったため、一瞬ローズは思い出すのに時間が掛かってしまった。

 ローズの行く末を決めた切っ掛けをくれた老婆は馬車に乗せてくれた礼だと言って、ローズに銀細工の髪飾りをくれたのだった。

 それは銀を基調としており、青く塗られた花びらの濃淡が名工の作と思わせた。
 
 一介の老婆がこんなものを持つはずがない、という思いが過るより先に細工に感嘆したアンヌが受け取ってしまったため、それを追及するのは憚られた。

(もし、昔のとても良かった時代のものだとしたら、聞き辛いわよね)

 そんな風に貰った髪飾りだったがふとした気まぐれで視察の際に髪に飾ってしまったのが不味かった。

 水路の近くに寄った際、髪飾りが落ちてしまったのである。

 間の悪いことにここ数日の雨で水量が増していたため、髪飾りはあっという間に流されてしまった。

 アンヌは存外その髪飾りがローズに似合う、と気に入っていたためとても残念がっていたがローズにはそこまで思えなかった。

(今は物よりも、早くこの領地を豊かにしたいわ)

 このオークフリートはファラント公爵領の中でも遅くに開発された街のため、ローズの仕事は山積していた。

(まあ、やりがいがあると思えばいいかしら)

 それでも何とか前に進みだした、そんなことを思い始めた時だった。

 

「客? 私にですか?」
 
 陳情なら何度かあるが、こういったことは珍しい。
 
 ローズが応接間へ入ると一人の男性がいた。

 頭から布を巻いているため髪色は分からないがその深い青の瞳は上流階級の者らしく落ち着きがあり、鍛え上げられたと察せられる体躯から男性が騎士か冒険者をしていると匂わせた。

(騎士は……違うわね)

 この強い意思の瞳は上からの命に安々と従う者が持つものではない。

 ではどこからか依頼を受けてこの領へ来たのかもしれない。

「お待たせしました。私がこのオークフリートの領主代行をしております。ローズ・ファラントです」
 
 相手の顔形は整っていたが、ローズが感じたのはそれだけだった。

 だが、相手の方は違っていたようだ。

「ベリルだ。お前がそうか」

 名だけを名乗るということは貴族ではないのか、と思ったローズだったが男性の次の言葉でその思考は引っくり返ることになる。

「俺はシュガルト国の王だ。お前を番として迎えに来た」





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