この想いは届かない

神崎 ルナ

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(どうしたらいいんだ)


俺は今困った事態になっていた。


噛まれた後の『飢え』である。


先ほど自分で処理をして何とか落ち着いたと思っていたのだが、それは違ったらしく、満たされない熱が体の奥で渦巻いていた。


いつもは噛まれた後、当然のように閨事に持ち込まれていたから気付かなかったが、この『飢え』は予想より長く続くようだ。


「……」


甘い息が漏れそうになり、慌てて口を押える。


我が主は嗅覚が鋭い。


まさか、こんなところまで聞こえるはずがないと思うが、気分の問題だ。


(それに)


あの少年のことが気になってしまい、集中なんてできない。


(仕方ないな)


俺は力の入らない体を叱咤して起き上がった。


豪奢に飾り付けられた廊下を抜けて半円形の階段を降り、厨房から外へ出る。


星明かりはあるが、普通の人間ならそれだけで森へ入るのは自殺行為だ。


だが、俺は貰った少しばかりの魔力で、どうにか視界を得ることができた。


(もう人とは違うのか)


覚悟はしていたはずなのに何とも言いきれない寂しさが襲ってきて驚いた。


(まだこんな感情があったのか)


複雑な気分で森へ入ったその時、嗅覚に訴える臭いがした。


(え)

振り返った俺はその光景から目を離せなくなった。



館が燃えていた。



あの館は我が主の魔力が籠められており、燃えるなんて有り得なかった。


(まさか)

その時、人の気配がした。


「本当にできるなんてなぁ」


「ああ。あんな顔で凄腕の退魔師、って言われてもな、って思ったけどな」


反射的に身を潜めた俺の耳に更に有り得ない声が届いた。


「油断しないで下さい。相手はあの吸血鬼の惣領なんですよ」


男達を纏めていたのは、あの少年だった。



(え?)


「三年前に倒したと思ったのに、再びまみえることになるとは思いませんでしたが」



(は?)


彼らが立ち去ってから俺はゆっくり立ち上がった。


(何だ今の? 三年前に倒したって……)


頭の中が上手く纏まらない。


「やはり、居ましたね」



落ち着いた声に振り返ると先ほど去ったと思った少年……退魔師がいた。


「なん、で」


「あいつの魔力はすぐに分かりますから」


それにしても、と言いながら近付かれ、俺は一歩下がった。


「あいつがまだ一人しか手を出していないとは驚きですね。しかも」


退魔師の投げた小刀が頬を掠めた。


(速い)


その一瞬の隙に間合いを詰められ、伝い落ちる血を拭われた。


「まだ眷族にしていないとは」


最初に会った時とは全く違う自信に満ちた態度。



「さて」


捕食者の瞳が俺を見た。


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