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46 sideエラ

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「んんっ」


 ブツブツと何かを呟いて俯くエミリーを見ていると、どこからか咳払いが聞こえてくる。

 音の方に振り返ると、懐中時計を持った保安官が面会時間の終わりを知らせてくる。

 
 メイドの行方とかもっと話したいことがあったのだけれど、時間が来てしまったみたいね……。

 視線をエミリーに戻して目を細める。

 何よりこの状態の彼女に話が通じるかも分からないから、これ以上話しても意味がなさそうね。

 修道院から生涯出ることのない彼女には知る必要のないことかもしれないわね。

 牢屋の前から去ろうとして、あることを思い出す。

 いけない。彼女に伝えないといけないことがあるんだった。


 正気の時に彼女に話したかったのに、話す順番を間違えてしまったわね。


 どうすれば正気に戻るかしら?

 こちらを見ないエミリーに考えを巡らす。


「エミリー・ジェイキン。こっちを見なさい」


 試しに名前を呼んでみたけれど、エミリーはこちらを見ようともしない。


 少し声を張ってみたのに、これだと聞こえていないみたいね。


 私は隠し持っていた護身用のナイフを躊躇なく、鉄格子に叩きつけた。


 鉄と鉄がぶつかる音が思いの外響き渡る。

 そのお陰でエミリーは、正気を取り戻した驚いた顔で私を見ている。
 そんなエミリーに私はにっこりと微笑みかけた。


「あなたに言わなければいけないことがあるの」
「……これ以上何を言うと言うのですか……」


 エミリーは恐怖の色を浮かべて私を見ている。

 ナイフを持ったままでは怖がられるのも当たり前ね。

 私はナイフを服の中に隠して、エミリーに言葉という刃を突き刺す。


「あなたのご両親はあなたのことを忘れたみたい」

「……どういう意味ですか……?」

「正確には、あなたに構っている暇はない。が正しいかもしれないわね」

「そんな筈はありません……!お父様は面会にも……」


 慌てて否定したと思ったら黙って目を開くエミリーには、何か思い当たるふしがあるらしい。


「ご両親は最近面会に来ました?最後に面会に来たのはいつですか?」

「……ただ忙しいだけです。お父様は私のことを忘れていません………。だって…だって、私は…………」

「たった一人の娘だから?」


 言い淀むエミリーの言葉を遮って私が言うと、エミリーは興奮したように話し出した。


「そうです……!私はお父様のたった一人の娘ですもの…………!!」

「それはどうかしら?」


 エミリーの言葉に首を傾げる。
 情報ギルドからあることを聞いた私は、エミリーの言うことに同意出来ない。


「何が言いたいんですか?」


 怪訝な顔をするエミリーにある事実を告げる。


「あなたの両親は離婚をするんですって」
 
「………………ぇっ?」

「跡継ぎであるあなたが修道院送りになったから、ジェイキン伯爵は伯爵夫人と離婚するんですって」


 繰り返し言うとエミリーは、壊れた人形ように反応をせず動かなくなってしまった。


 貴族にとって跡継ぎ問題は重要なことだ。
 親戚から養子を貰うという手もあるのに、ジェイキン伯爵は養子ではなく、どうして離婚するのか?それは……。


「知らないかもしれないけれど、あなたのお父様であるジェイキン伯爵には愛人がいて、愛人との間に子供までいるの。伯爵は愛人との子供を跡継ぎにするために、離婚して愛人を後妻として迎え入れるそうです。だから安心してください。一人娘のあなたが修道院に行っても、ジェイキン伯爵家の直系は断絶することなく続くわ」

「そんな………」


 私が話し終えると、エミリーは震える声で一言話したきり黙ってしまう。


 また暴れると思っていた私は、彼女の大人しい姿に拍子抜けしてしまう。


 保安官が呼びに来るのを横目に、私は感情がこもっていない冷たい声で言った。


「愛されるのがあなたじゃなくて残念ですね」

 


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