ヤリチン伯爵家次男が年下わんこ系に手を出したら誘拐されて首輪をつけられました

８：20歳

　レオンとマルセルは見つめ合ったまま沈黙が続く。


「マルセル様。少しよろしいでしょうか？」
「どうしたの？ハイネケン」


　扉の前に木の様に静かに立っていた騎士がマルセルに話しかける。
　
　ハイネケンと呼ばれた騎士は、たとえ主人であるマルセルがつまずきそうになっても、レオンに手を振り払われても身動き一つしなかった。

　それなのに、突然話し始めたことにレオンは不思議に思っていると。
　
　
「マルセル様はすでに二十歳の誕生日を迎えられています」
「あれ？そうだっけ？」
「教会に出生届けが出されているので間違いありません」
「へぇ～…………、そうなんだ」


　驚きもせずに、心なしか冷めた声でどうでもいいかのように相づちを打つマルセルに、レオンは眉間に皺を寄せる。

　
　は？
　普通、自分の誕生日を忘れるか？
　二十歳の誕生日は十九歳の誕生日とは訳が違う。

　特に、貴族の間では二十歳の誕生日は正式に大人として認められ、社交界への立ち入りを許可される。

　つまり、正式に社交界にデビューしない限り、大人だとは認められないのが貴族の世界だ。

　家督を継ぐ権利からかけ離れているのか、あるいは継ぐモノは何もない貧乏貴族か。

　それとも……、他に何かあるのか？


　また一つ増えた謎に、冷たささえ感じさせるマルセルの横顔を見ていると、レオンの視線に気が付いたマルセルはフッと乾いた笑みを浮かべ、目を細めて口を開いた。


「らしいです。だから、僕をガキと言うのはやめてくださいね」
「……そうだな」


　見た目は十七歳ぐらいの少年の姿のマルセルだが、成人済みだと分かった以上。
　ガキだなんて呼ぶのは今でこそ自由に生きているレオンだが、自分の身体に流れる貴族の血が拒絶している。


　だが、本当に成人しているのか？
　どこからどう見ても成人しているようには見えないんだが。
　
　尚も信じられず、レオンは訝しげにマルセルの全身を見る。

　春の太陽のような柔らかく輝く金髪に、髪の毛と同じ長い睫毛に縁取られた宝石のような淡い碧い瞳。

　シミ一つない白い肌に薄桃色の唇。
　レオンとは違い線の細い身体は、マルセルの中性的な雰囲気をより強めている。

　酒場でローブで全身を隠していたマルセルを見た時、レオンは男性か女性か判断できなかったほどだ。

　マルセルの年齢と容姿の相違に納得ができずにいると、マルセルは何かに気が付いたかのように手を叩いた。
　

「あっ！あと、僕のことをマルセルと呼んでください。いつ名前を呼んでくれるのかと待っていたのに。レオンさんは中々呼んでくれないから、待ちくたびれちゃいました」


　マルセルは拗ねたかのような口調で言った。

　レオンは意識的にマルセルの名前を呼んでいなかった。
　まさかマルセルに気付かれていると思っていなかったレオンは、気まずそうに視線を逸らす。

　
「何と呼ぼうが俺の勝手だろ」
「そうですね。僕にはレオンさんの意思こころを支配することは出来ませんから」

　
　そう言うとマルセルはベッドから離れ、扉へと足を進めた。
　

「次に会う時は名前で呼んでくださいね」


　その言葉を最後に部屋を出て行ったマルセルは、レオンのもとを訪れることはなかった。