あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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四皿目 どら焼きと離婚寸前の夫婦

その1 味見とどら焼き

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 八月に入った。
 「葉月」や、紅葉して葉が落ちる「葉落ち月」や、雁が初めてくる「初来月はつきづき」、台風が来る「南風月はえづき」など、八月は呼び名が多い。
 いずれも秋の気配を感じる呼び名だが、蝉時雨の大音響の中、照り付ける日差しが強く、厳しい暑さが続いている。
 菜々美は徒歩で通勤していたが、自転車に変更した。帽子を被ってペダルを漕ぐと風が気持ちよく、結界を抜ける時に翡翠のピアスが熱を帯びることにもすっかり慣れた。

「おはようございます!」

 扉を開けて『甘味堂夕さり』に入ると、小豆を煮るよい匂いがして、咲人が和菓子の命ともいえる餡を厨房で作っていた。
 真剣な眼差しで厨房に立つ咲人の凛々しさは、いつ見ても惚れ惚れする。

「菜々美、早速だが、味見してくれ」
「はい!」

 差し水を繰り返し、小豆をコトコトと煮て、上白糖を加えて混ぜ合わせて作られた餡子は今日も三種類だ。
 小豆の食感が味わえ、大福や最中、きんつば、どら焼き、たい焼きなどに用いられる『粒餡』、なめらかな食感でさらりとした口当たりの『こし餡』と、色を染めて練り切りやこなし、きんとんなどに使われる『白餡』それぞれを味見する。
 いつ食べても、咲人が作る餡は市販の餡の何倍も美味しい。
 
「小豆の味が濃厚で、実に味わい深いです。今日の餡もいい味ですね」
「そうか」

 咲人の目元が少しだけ緩み、口元がゆっくり弧を描く。
 菜々美が臙脂の作務衣に着替えて戻ると、小鬼の鬼之丞が咲人に甘えていた。

「パパ、ボクもななたんみたいに、あじみするー」
「ん、鬼之丞も味見がしたいのか」

 咲人はスプーンで餡を掬い、鬼之丞の前に差し出した。

「いたらきましゅっ」

 小さな両手で餡をおにぎりのように握り、あむっと頬張ると、鬼之丞は満面の笑みを浮かべた。

「おいしー! ななたん、おいしいね」
「うんっ。私も咲人さんの作る餡が、世界一美味しいと思うわ」

 菜々美は鬼之丞のぶにっとやわらかな頬を、指先でちょんとつついた。

「ふふ、鬼之丞ちゃんの頬は、お餅のように弾力があって、美味しそうね」
「ボクのほっぺ、おいしそう? えへへ」

 嬉しそうに笑いながら、鬼之丞は餡を頬張っている。

「菜々美は、『どら焼き』と『みたらし団子』を作ってくれ。分量はこれだ。俺は上用粉仕立ての餅菓子『ききょうもち』と、寒天を使った涼菓『琥珀羹こはくかん』を作って店頭に並べる。できたら鬼之丞に味見させてやってくれ」
「わかりました」
「わぁい、ボク、『どら焼き』も『みたらし団子』も、大すき!」

 嬉しくてぱあぁぁっと鬼之丞の顔が輝き、黄色と黒の縞々パンツ姿で「どらやき~、おだんご~」と歌いながら踊り出した。
「それじゃあ、まず『どら焼き』を作ります。鬼之丞ちゃん、待っていてね」

 菜々美は髪をポニーテールにすると、念入りに手を洗った。
 平安時代、あの弁慶が牛若丸のために熱した銅鑼どらで焼いたという伝承が残っている『どら焼き』は、ふっくらとしたカステラ生地の間に餡を挟み込んだ和菓子だ。
 卵を常温に戻し、上白糖と薄力粉をそれぞれふるって、重曹を水で溶いた。それらに蜂蜜を加えて混ぜ合わせ、常温で生地を休ませる。やわらかさを加減しながら、丸く広がるようにフライパンで焼き、ふつふつと気泡が浮いたらひっくり返す。

「いいにおい。たべたい」

 鬼之丞がうっとりしている。

「どんどん焼いていくからね」
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