32 / 78
三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その5 清美とアカリ
しおりを挟む
暖簾を出すと、すぐに三十代くらいの母親らしき女性が、六歳くらいの女の子と一緒に入って来た。
「いらっしゃいませ!」
菜々美と蘭丸の元気な声がハーモニーのように重なった。蘭丸はデザインの仕事が落ち着いているそうで、最近はよくお店を手伝ってくれ、助かっている。
「……初めてのお客さんですね」
咲人がじっと母娘を見つめ、囁くように言うと、ぱっと母親の頬が朱色に染まった。
「ええ、そうなんです。永井清美といいます。この子は娘のアカリ。ここの和菓子が美味しいと噂で聞いたので」
「ありがとうございます。店内で召し上がることも、お持ち帰りもできます。こちらのショーケースの中からお好きなものをお選びください」
菜々美がそう説明すると、娘のアカリがにっこり微笑んだ。
「お店の中、涼しい。よかった。ここで食べて帰ろうよ、ママ」
アカリはTシャツを捲り上げ、パタパタ仰いでいる。
「あらまあ、アカリったらそんなに仰いで。お腹が見えて、お行儀が悪いわよ」
「だって暑かったもん。ママの車、冷房が壊れているから。窓を開けても、風が入らなくて、ムシムシしてたもん」
「はいはい、今度修理してもらうから」
そう言いながら、清美はショーケースを見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
「どれも美味しそうですね。それじゃあ、『冷やしわらび餅』と『茹で小豆の葛プリン』を二個ずつ、こちらで食べます」
「かしこまりました。どうぞお好きな席にお座りください」
「ママ、この席に座ろう」
清美とアカリが、二人掛けのテーブル席に向かい合って座ると、小鬼の鬼之丞が、とたとたと近づいていく。
鬼之丞はお手伝いをしているつもりなのだろう。母娘の前で、ぺこりとお辞儀をする。
「いらったいまて! ボクは鬼之丞でしゅ」
「あら、可愛い。鬼族の……。あたしはろくろ首のあやかしで清美といいます。この子は娘のアカリです」
「キヨたんとアカたん? よろしく」
「まあ」
可愛い鬼之丞に、清美は両手を頬に当てた。アカリはそっと小鬼の頭を撫で、にっこり笑っている。
「いいなぁ。あたしも鬼之丞ちゃんみたいな弟がほしい。でも……うち、ママとあたし二人で、パパがいないから……」
「そうだわ。このお店は婚活の手伝いをしてくれると、噂で聞いたわ」
清美が問うと、鬼之丞はコクンと頷いた。
「そうでしゅ。このお店はコンカツもやってましゅ」
「ママ、コンカツって?」
アカリが首を傾げた。母親の清美が説明する。
「結婚相手を探すお手伝いをしてくれるの。いい人を紹介してくれたり、悩みを聞いてくれたり、サポートしてくれるよ」
「それじゃあ、ママに新しい結婚相手を見つけることもできるの?」
「うんっ。キヨたん、ケッコンしたいでしゅか?」
清美が恥ずかしそうに小さく頷いた。
「あ、それでは」
蘭丸が用紙を取り出した。身上書だ。
「よろしければ、こちらの用紙にご記入してもらえますか。婚活希望者の方に記入してもらっています。相手の種族とか住む場所とか、詳しいご希望とか」
清美は用紙に記入しようとして、じっと考えて手を止めた。
「すみません。やっぱり……自分で頑張ってみますわ。あたしは同じろくろ首の種族の夫と、一年前に離婚したんです。それからは事務の仕事をしながら、アカリと二人で暮らしているのですが、最近、付き合いはじめた男性がいるんです。彼はまだ、結婚する気はないと言ってますが……」
もじもじ両手を動かして、清美は照れながらそう言った。
「いらっしゃいませ!」
菜々美と蘭丸の元気な声がハーモニーのように重なった。蘭丸はデザインの仕事が落ち着いているそうで、最近はよくお店を手伝ってくれ、助かっている。
「……初めてのお客さんですね」
咲人がじっと母娘を見つめ、囁くように言うと、ぱっと母親の頬が朱色に染まった。
「ええ、そうなんです。永井清美といいます。この子は娘のアカリ。ここの和菓子が美味しいと噂で聞いたので」
「ありがとうございます。店内で召し上がることも、お持ち帰りもできます。こちらのショーケースの中からお好きなものをお選びください」
菜々美がそう説明すると、娘のアカリがにっこり微笑んだ。
「お店の中、涼しい。よかった。ここで食べて帰ろうよ、ママ」
アカリはTシャツを捲り上げ、パタパタ仰いでいる。
「あらまあ、アカリったらそんなに仰いで。お腹が見えて、お行儀が悪いわよ」
「だって暑かったもん。ママの車、冷房が壊れているから。窓を開けても、風が入らなくて、ムシムシしてたもん」
「はいはい、今度修理してもらうから」
そう言いながら、清美はショーケースを見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
「どれも美味しそうですね。それじゃあ、『冷やしわらび餅』と『茹で小豆の葛プリン』を二個ずつ、こちらで食べます」
「かしこまりました。どうぞお好きな席にお座りください」
「ママ、この席に座ろう」
清美とアカリが、二人掛けのテーブル席に向かい合って座ると、小鬼の鬼之丞が、とたとたと近づいていく。
鬼之丞はお手伝いをしているつもりなのだろう。母娘の前で、ぺこりとお辞儀をする。
「いらったいまて! ボクは鬼之丞でしゅ」
「あら、可愛い。鬼族の……。あたしはろくろ首のあやかしで清美といいます。この子は娘のアカリです」
「キヨたんとアカたん? よろしく」
「まあ」
可愛い鬼之丞に、清美は両手を頬に当てた。アカリはそっと小鬼の頭を撫で、にっこり笑っている。
「いいなぁ。あたしも鬼之丞ちゃんみたいな弟がほしい。でも……うち、ママとあたし二人で、パパがいないから……」
「そうだわ。このお店は婚活の手伝いをしてくれると、噂で聞いたわ」
清美が問うと、鬼之丞はコクンと頷いた。
「そうでしゅ。このお店はコンカツもやってましゅ」
「ママ、コンカツって?」
アカリが首を傾げた。母親の清美が説明する。
「結婚相手を探すお手伝いをしてくれるの。いい人を紹介してくれたり、悩みを聞いてくれたり、サポートしてくれるよ」
「それじゃあ、ママに新しい結婚相手を見つけることもできるの?」
「うんっ。キヨたん、ケッコンしたいでしゅか?」
清美が恥ずかしそうに小さく頷いた。
「あ、それでは」
蘭丸が用紙を取り出した。身上書だ。
「よろしければ、こちらの用紙にご記入してもらえますか。婚活希望者の方に記入してもらっています。相手の種族とか住む場所とか、詳しいご希望とか」
清美は用紙に記入しようとして、じっと考えて手を止めた。
「すみません。やっぱり……自分で頑張ってみますわ。あたしは同じろくろ首の種族の夫と、一年前に離婚したんです。それからは事務の仕事をしながら、アカリと二人で暮らしているのですが、最近、付き合いはじめた男性がいるんです。彼はまだ、結婚する気はないと言ってますが……」
もじもじ両手を動かして、清美は照れながらそう言った。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる