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最強騎士令嬢の出生の秘密

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 ガーネットはジルフォードの肩に凭れかかるように抱き寄せられ、寮の彼女の寝台に腰かけて項垂れている。
 王宮内はまだ騒がしい。
 捕らえた者たちの残党がいないか、王直轄軍と騎士団全員が総動員され、窓の外から男たちの声や足音などの気配で満たされていた。
 ガーネットの狭い寮の部屋には、彼女とジルフォード、そしてアレクセイと三人のかつての遊び相手たちがおり、一様にガーネットを気遣う視線を送っている。ガーネットの机の椅子に腰かけていたアレクセイは、彼女と対面になるように膝の上で手を組んでいた。
「――どこまで、思い出したのかな」
「…………」
 ガーネットは喋らない。
 乱れた長い銀髪を垂れ流し項垂れ、ジルフォードに凭れ掛かっている。その表情はわからない。
 アレクセイは小さく息を吐きだし、気持ち前屈みになって、彼女の様子を窺いながら口を開く。
「キミが私の従妹で、リンデンが父親だってことは、思い出したんだよね」
「…………」
「私の従妹――とはいえ、血は全く繋がっていないことは、わかるかな」
「…………」
 ガーネットの様子は変わらない。驚いている様子はなかったが、アレクセイは最初から話そう、と記憶を辿った。
「キミの母君――私にとっては叔母に当たるが、彼女……マーガレット様は私の祖父・先代リーゼリック国王の恩人の娘だった――」




 大陸の南側にある水の都。
 そこが彼女のルーツだ。
 マーガレットはシルクのような銀髪と紅水晶の瞳を持った、笑顔の素敵な平民の美少女だった。
 彼女の父は銀髪赤瞳の滅んだ戦闘民族の生き残りで、母は子爵家の娘だった。平民以下の流れ者の男とマーガレットの母は恋に落ち、駆け落ち同然で結婚し、そこでマーガレットが生まれた。
 彼女は父の特徴である銀髪赤瞳で、面差しは母そっくりの、それは大層な美女だった。
 彼等親子は家を持たず、様々な場所を渡り歩き、ある日、リーゼリック王国へとやってきたのだ。
 そのとき、リーゼリック王国は戦乱の時代だった。王族の覇権争いに王家の五人の子供たちがその王座を巡り、争っていたのだ。
 妻子を養うため、傭兵としてその争いにマーガレットの父・ディレクは偶然知り合った第五王子の傭兵として参戦した。そこで五男であった先代国王――アレクセイの祖父が四人の兄たちを打倒すことに最も貢献したのがディレクだった。
「ガーネットのお祖父さまのディレクはね、それはそれは強かったそうだ。ガーネットの強さは、お祖父さま譲りなんだろうね」
 十歳から剣術や武道を習ったところで、細身のガーネットに何故、一国の騎士一となれる実力を得られるだけの潜在能力があったのか。それは彼女に流れる今は亡き父の血筋によるものが非常に高かった。
「――昔からね、その戦闘能力を欲しがる王族貴族が多かった……。ディレクの一族は世界最強とも謳われていたけど、それでも数を減らしていったほどに……」
 彼等自身、戦いに明け暮れ自らの血を残すようなことをあまりしなかったのも、その要因の一つだった。
「マーガレット様はいつも狙われていた。ディレクの血を引くマーガレット様を飼いならして、子を孕ませ、その血を継ぐ者を奴隷として売れば、かなりの高値がつくからね」
 マーガレット十四の時、ディレクとその妻は事故に巻き込まれ、そのまま息を引き取った。
 最強の戦士の、予想だにしない思わぬ死だった。
 マーガレットは十四で両親をなんの前触れもなく一度に失ってしまったのだ。
「私の祖父はね、自分を王座へ導いてくれた戦友の娘であるマーガレット様を憂いて、王宮に匿ったんだ」
 そのとき、誰にも手出しされないよう養女として迎え入れたのだ。
 王女、という肩書があれば、騎士を添えて彼女の身を護ることができる。それほどまでにリュクスメディア王はディレクの功績を称え、一方でその血の恐ろしさに恐怖すらしていた。
「――たぶん、それがいけなかった……」
 マーガレットには貴族の従姉がいた。
 その名をキャサリン――現マイアス子爵夫人である。
 蛇のような見た目としても恐れられる戦闘民族の流れ者の男と駆け落ちしたマーガレットの母は、キャサリンの母の妹だった。
 マーガレットの母とキャサリンの母はとても仲が悪く、キャサリンは母からいつも妹母娘をあざけり、蔑み、軽蔑したような言葉を聞いて育った。マーガレットの輝やかんばかりの美貌に、周囲にもてはやされる彼女に嫉妬していたキャサリンは、母の言葉を受け彼女もいつしか、マーガレットを取り柄は容姿けであり、男を誑かすことしか知らぬ目も当てられない格下の哀れな娘だ、と見下し、優越感に酔いしれるようになっていた。
 そのマーガレットが王家の養女に、つまり王女として迎え入れられた。
 ずっと見下していた女が、子爵家の自分では手を伸ばしても、どんなに金を積んでもなれない地位を得た。
 キャサリンはそのとき、嫉妬という名の狂気に狂ったのだ。
「ある日、マーガレット様が誘拐されそうになった。それを助けたのが、リンデンだ」
 恐らくはキャサリンの手によるものだったのだろうが、証拠はなかった。だが幸いにも計画はひとりの壮年の男によって打ち砕かれたのである。
 誘拐されかけた十四の少女を救ったのは、四十を等に超えた騎士リンデンだった。
「マーガレット様は、その瞬間、三十も歳の差があるリンデンに恋をした。まぁリンデンは相手にしていなかったそうだけど」
 だが、マーガレットは本気だった。
 親子ほどの差のあるリンデンを、本気で愛したのだ。
「ガーネットにはマーガレット様は元踊り子だったって教えてたけど――。それは本当だよ」
 リンデンは養女とはいえ王女の身分であるマーガレットの積極的過ぎるアプローチをことごとく無視した。そんな彼女は、リンデンがいつも踊り子のいる店で酒をかっ食らっていることを知った。リンデンの心をどうしても射止めたくて、マーガレットは王女としての身分を返上し、踊り子としてリンデンの前に立とうと決めたのだ。
「父上はなかなか認めなかったけど、マーガレット様の気持ちはご存じだった。で、父上もリンデンであれば彼女の父上のような優れた能力がなかったマーガレット様を護れるって思っていたようだから、傍観していたらしい」
 そうして二年の歳月をかけ、マーガレットは自分を相手にしなかった男を、実に様々な策で迫り続け、遂に堕としたのだ。
 そうして生まれたのが、ガーネットだった。
「ねぇ、あの紋章――あぁ、それだね」
 アレクセイの視線が、ガーネットの机の上に置かれていた箱へと移された。それは、彼女が騎士としてリーゼリック王国に来るというのであれば、と彼女を公爵家の位を授けると告げたときに渡したものだ。
「――キミは覚えているかなぁ……」
 遠い日の記憶だ。
 まだちっちゃいコロコロとした愛らしいガーネットは、国王に呼び出され、父リンデンに手を引かれて王宮へとやってきていた。
「その紋章はね、キミが暮らしていたリンデンの屋敷と共に、かつて彼の功績、そしてマーガレット様とキミの身の安全のために、平民だったリンデンに父が公爵家の身分をやろうと、周囲への牽制も兼ねて、下賜したものだったんだよ」
 だがリンデンは紋章を受け取らなかった。
『妻とコイツのためにも屋敷は有難く受け取るが、俺は貴族っつーもんが性に合わない。なので、それはお返しします』
 そうきっぱりと言い放ち、王からの賜りものは屋敷だけで良いと、貴族になることを拒否したのだ。
 だが小さなガーネットは、このキラキラと光る綺麗なブローチを見て、指を指して言った。
『おとーさまがいらないなら、ガーネット、それほしい!』
 リンデンは慌て、そして十一歳だったアレクセイは父の横で、そう主張したガーネットに可愛い従妹だな、と笑みをこぼしたのだ。
「だから、ジルと結婚しようが、これは返してくれなくていい。キミが持っていてくれ。キミの父リンデンの功績を称えたものでもある。これは――ずっと渡せなかった……、私からのリンデンのもうひとつの形見だよ」
 この時初めて、ガーネットの指先がぴくりと動いた。ジルフォードとの婚約の話を、まだ彼女はアレクセイにしていないのだ。それを知っていたことに対しての反応だった。
「それに結婚するなら、身分だって気になるでしょう」
 まだ真相を思い出していなかったガーネットが、ジルフォードへ淡い恋心を抱きつつある、その可能性がある、ということはアレクセイにはわかっていた。
 彼はジルフォードもまた、ガーネットに惹かれていることに相当前から気づいていたが、正直彼女がこのままジルフォードへの気持ちに気づかずリーゼリック王国に戻り、本当の父が賜るはずだった新たな名と共に騎士として自らの夢を何も思い出さないまま目指したとしても良かった。
 どちらも彼女にとって幸せなことだ。なればこそ双方どちらに事が進んだとしても、下賤に穢れた家の者としてではなく、実の父リンデンの名のもとに、幸せになってほしい。それが従兄としてできる最大限の彼女への祝福だった。
「それを持って、リーゼリック王国が公爵――リンデン・シュヴァリエ公爵の令嬢として、ジルに嫁いでほしい。それなら、リンデンだってこの紋章を受け取ることに文句はないだろうさ。父上もガーネットに下賜しなおすことは了承しているよ。マイアスの名のまま……、あんな下賤な貴族家に名を連ねたままキミが嫁ぐなんて、私は認めない」
 ふと思い出す。
 ガーネットが誘拐されて半年後、ようやく救い出し、匿っていたアレクセイの前にあの女――キャサリンは堂々とやってきたのだ。
『あの子はわたくしの従妹の娘。可哀そうに記憶を失っているそうで――。どんな思いをしてきたのか――』
 どの口でそれを言っているのか、とアレクセイは女の言葉に、内心激怒していた。
 だがそれに気づいているのかいないのか、キャサリンは胸を張り続けた。
『従妹のマーガレットは亡くなってしまいました。老い先短い平民のリンデン殿が男手一つで娘を育てるのは難しいでしょう。ですので、わたくしの家で養女に迎え、貴族令嬢として育てますわ。しっかりと、大切に育てさせていただきますので』
 女はにやりと笑い、そう言ってガーネットを都合よく奪いに来たのである。
 マーガレットは産後の肥立ちが悪く病気がちになり、ガーネットが誘拐された日にとうとう息を引き取っていた。
 マーガレット亡き後、キャサリンの嫉妬の矛先が娘のガーネットへと向けられていることはすぐに気づいた。あの女が一枚噛んでいることも知っていた。だが証拠はあっても物証が何も出なかった。
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