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せめてもの愛情
しおりを挟むアレクセイとゼノたちは、ガーネットの部屋を出て行った。
パタン、と部屋の扉が閉まる。
従兄王太子と幼馴染たちを見送ったガーネットは、抱きしめてくれる最愛の恋人・ジルフォードへと視線を向けた。
「騎士長殿――、いいえ。ジルフォード殿下。お願いがあります」
その瞳は、自らの上司へと向ける真摯なものであり、ジルフォードは小さく頷いた。
「発言を許す」
「――私に、マイアス一族の処刑場の場にて、わたくしガーネット・シュヴァリエにあの者の最期に――……最期を看取る許可を頂きたい」
すくり、と立ち上がり、ガーネットは彼の前へと跪く。
「これは、我がシュヴァリエ家の不始末でもあります。――許可を」
頭を下げ、許しを乞う。
ジルフォードは自分の足元に片膝を付いて伯母一族の死刑執行人になる許可を乞う最愛の恋人でもあり優秀な部下を、じっと見つめた。
この国で人身売買は斬首の死刑だ。
如何なる理由があろうがそこに慈悲はなく、死だけが待っている。
「――……、キャサリン・マイアス、そしてその一家はその罪を償わせるため拷問の後、死刑となるだろう」
今頃、マイアス家も騒然としていることだろう。
アレクセイ率いるリュクスメディア王国の王国騎士団が、リーゼリック王国王太子との協定関係を意味する書類を掲げ制圧し、その身柄を拘束している頃合いだ。
恐らく、否、確実にキャサリン・マイアスはジルフォード直々にその拷問の刑に処される。それに手を貸したマイアス子爵もだ。
マイアス子爵は、妻が不倫していると知っていながら、それでも彼女のことを愛していたのだろう。
でなければ、とうの昔に離縁されているはずである。
子爵家を没落寸前へと追いやったのだ。
通常であれば、一方的に離縁を言い渡し、泣いて喚いたとしても家を護るために、妻を無一文で叩きだしたとしてもおかしくはない。生家へ賠償金請求だってするだろう。
それをしなかったということは、つまり、そういうことなのだ。
「お前の従兄弟たちもまた、この事実を知っていようがいまいが、一族としての恥をその身で償う義務がある」
キャサリンには三人の男児がいる。
彼等はガーネットよりも年上だ。
両親が罪を犯したとはいえ、逆恨みの如くガーネットに害成す可能性がある。
あの母の子どもたちだ。
絶対にない、とは言い切れない。
人身売買に関与した者は全員、斬首刑に処される。
裁判もなく、弁解など許されない。一方的にその首を斬り落とされるのだ。
「お前は、その場で、その手に剣を持ち、断頭台で縄を切る……と?」
「はっ」
少なからず、それでもガーネットは彼等を愛してはいたのだろう。
彼女が胸に抱いた「見返してやりたい」その思いは、逆を言えば「認めてもらいたい」になる。
強くなれば彼等もガーネットを見下すことなく、今度は本当の家族として迎え入れてもらえるのではないか。そう彼女が幼心に思ったとしても不思議はない。
子供とは、愛を欲する生き物だ。
愛を注がれてこそ成長が出来る。
義母の、伯母の。
愛情が欲しかったのではないだろうか。
ジルフォードは、ガーネットの口からマイアス家を責め立てるような言葉を聞いたことがなかった。
マイアス家の貴族名簿に名を連ね、既にあの家の者ではなくなったが、そのことを恥じている様子は、今もない。
「――それで、お前の心は癒されるのか?」
「…………」
「お前はそれで夢を叶えられるのか」
「…………」
「答えよ、ガーネット・シュヴァリエ卿」
長い事、ガーネットは口を開かなかった。
血で濡れたドレスを身に纏ったまま、髪にも手にも、どす黒く変色した返り血を浴びた姿のままで、ジルフォードの前に跪いて許しを乞い続ける。
「……ガーネット」
ジルフォードは王太子としてではなく、恋人として今度は尋ねた。
「本当にそれで、お前は満足なのか……?」
そう口にした時、やっとガーネットが顔を上げた。
その瞳は、どこか切なそうでもあり、苦しそうでもあり、だが真っすぐな志を目指す騎士のようでもあった。
「はい」
短くそう答える。
グラリエスを前にし、発狂したときの彼女はそこにはいない。
いたのは、最後まで愛してくれなかった家族を、せめてもの愛の証としてその手で葬ろうとしている、かつて一族に名を連ねた娘の顔をした十九歳の少女だった。
「断頭台にて、死刑執行人として、最期に花を手向けたい。それが私にできる、彼等への最後の慈悲です」
「……やはり、お前は強いな。ガーネット」
強く咲き誇りながらも、実ることのなかった愛を求めたその徒花は、実る可能性がなくなったと知った今も尚、それでも地に強く根を張り大輪の華を咲かせている。
「強くなければ、あなたの婚約者など勤まりませんから」
やっとガーネットが微笑んだ。
ジルフォードはそんな婚約者のどこか晴れやかな表情に安堵し、そして顔を引き締めた。
「――許そう」
「はっ、寛大な御心に、心よりの感謝を。このガーネット・シュヴァリエ。謹んで刑を執行させていただく所存にございます」
ガーネットはもう一度頭を下げた。
そうしてから、そっと立ち上がる。
「ありがとう。ジルフォード」
にっこりと微笑むガーネットの笑顔には一遍の曇りもない。
リュクスメディア王国騎士団最強の彼女は、どこか吹っ切れたような面差しでジルフォードへと微笑みかけていた。
「これで私は身も心も、あなたに捧げることができます」
「――その格好で、愛を囁かれてもな」
ふぅ、とジルフォードは息を吐き、今のガーネットを金色の瞳で眺めた。
「あぁ……。ステラ様に見立てて頂いたドレスが台無しですね」
ガーネットも改めて自分の今の姿を見降ろし、微苦笑を零した。ドレスは返り血でどろどろで、ステラを護ろうとして間者とやり合った際にスカートの縫い目が破けてほつれてしまっている。
「でも、これでよかったんです」
「何故だ?」
さすがにあんまりな姿であるというのに、ガーネットはどこか嬉しそうだった。
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この任務のためにジルフォードが選んだものは、彼女のためにこっそりと仕立てておいたものだ。
だがそれを選ばなかったのは、戦場と化すであろう王女誘拐の現場で、そのドレスを汚したくなかったからなのである。
「あなたとの思い出は、たとえドレス一着だとしても、血で汚したくはありません。私は騎士ですが――、あなたの恋人として、あなたとはずっと笑顔でありたい」
「……そうか」
ガーネットはいつも真っすぐだ。
大切なものを護るため、夢を叶えるため、愛する人との思い出のため、いつも後悔のない未来を選んでいる。
「でもさすがに着替えますね」
言いながら、ガーネットは部屋続きになっている個室用の浴室へと行こうとする。
「待て」
「何か?」
長い銀色の髪をなびかせて振り返ったガーネットは、思いの外すぐ傍までやってきていたジルフォードを見上げ、きょとんと純粋な瞳で男を見上げている。
「お前のためにひと騒動起こしたんだ。そんな俺に、褒美をくれてもいいんじゃないのか?」
「褒美……ですか?」
でも何を? と考え込んでしまうガーネットの腰を抱き、ジルフォードは自らが着ていた騎士長を示す正装の上着を脱ぎすてた。
「俺が、洗ってやる」
「えぇ!?」
ガーネットから素っ頓狂な声が上がる。
ぎゅっ、と腰を抱き寄せたジルフォードは、自分のシャツが汚れるのも気にせず歩き出した。
ガーネットは慌ててその手を解きにかかる。
「ちょ、待ってください! 汚れますし、そんな恐れ多い……」
「何を言う。お前の母は、一度は隣国王家に名を連ねた王族だぞ。恐れ多いもクソもあるか」
「いえ、それは母であって、私はただの――」
「公爵令嬢だろ。しかも強国と謳われるリーゼリック王国の貴族階級第一位だ」
「…………」
「お前は先ほどをもって、しがない没落寸前の子爵の妾腹の子ではなく、隣国の公爵令嬢となった。恐れ多くも、というのであれば、それは俺の方だ」
ぐっ、と押し黙りながらも、ガーネットはぐいぐいと腰に回る手を突っぱねようとする。
「それとも、リュクスメディア王国の王太子風情では、今のお前に相応しくないか?」
「馬鹿なことを!」
違う、と口を開いたその赤い唇に、ジルフォードは掠め取るようなキスをする。
「どうせこれから、もっと色々なことをふたりで経験するんだ。別に良いだろう」
一体これから何をされるんだ、と自分がリーゼリック王国の公爵家に名を連ねたことを内心後悔しながらも、ガーネットはずるずるとジルフォードによって浴室へと連れ込まれてしまった。
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